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黒いボディスーツに身を包み、目元は黒いマスクで覆われている。頭の上にはちょこんと、これまた黒い猫の耳がついていて、腰には分厚い単行本サイズのバッグをぶらさげている。
すらりとした幼さの残る体つき。少年のようでもあり、少女のようでもある。後ろで束ねた大きなポニーテールのおかげでかろうじて少女だってことがわかった。光に透けた髪は月と同じ、優しい黄金色をしている。
もしかしてコスプレイヤーさんかな。比較的平和な地域だったのに、夜中にコスプレして徘徊する子が現れるなんて……時代だね。
こんな幼い子が夜中にコスプレなんて危険すぎる。隙を見ては襲いかかってくる狼さんは世間にごまんといるんだ。
「え……っと、お家はどこかな? こんな夜中にそんな恰好で出歩いちゃ、危ないよ?」
猫耳さんはキッと僕を睨んで、さらに思いっきり僕の脛を蹴りとばした。
「うわわ……わわ~~~!」
その衝撃で、僕は後ろ向きになってすべり台から滑りおちる。すべり台の下の砂場に豪快にしりもちをついた。もうもうと砂埃が舞いあがり、僕はむせ込みながら叫んだ。
「僕は変なことするつもりで声をかけたんじゃないよ! もう遅いし、君を家まで送ってあげようと思っただけだよ……いってて」
知らない人にはほいほいついていっちゃだめって、お母さんの言いつけに違いない。ここは大目に見てあげないと。落ち着け、僕。
僕はお尻をさすりながら、立ち上がろうと砂場に片手をついた。
グニャリ。
ん? グニャリ? 手の平にやわらかな感触。嫌な予感がする……。
「あ、あ、あああああ~~~~~!」
おそるおそる、地面についた手を裏がえす。
手の平の下、あんぱんの無残な姿が、そこにはあった。僕の数少ない楽しみが、こんな形で奪われてしまうなんて!
「楽しみにしてたのに……」
僕はあんぱんの前でがっくりとうなだれた。夜が明けたら、アリさんが狂喜乱舞しながら、このあんぱんを食べてしまうんだろうなあ。それを思うと切なくて、涙すら出てきてしまう。本来なら、このあんぱんは僕の血となり肉となるはずだったのに。
「あ……ごめんなさい……」
悲しみに打ちひしがれる僕の様子を見て、明らかに猫耳さんはうろたえていた。でももういいんだ、時間は戻らない。あんぱんは帰ってこない。
「怒ってないよ。また買えばいいんだし。それより猫耳さん、早く帰らないと、パパとママが心配するよ」
僕は猫耳さんを驚かせないよう、紳士的にふるまった。
「ちょっと待って」
猫耳さんは僕を制止すると、両手を胸の前にかざした。
何するの? もしかして僕の目の前で変身シーンでも披露してくれるんだろうか? お詫びならコスプレパフォーマンスよりも、お兄ちゃんって一回呼んでほしいな。
そんな僕にはお構いなし。猫耳さんがそっと小声で何か呟いた。