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愛玩ファントム 〜真夏の夜のエトセトラ〜  作者: 山石尾花
遭遇! 【七月三十日 火曜日】
8/100

7

 黒いボディスーツに身を包み、目元は黒いマスクで覆われている。頭の上にはちょこんと、これまた黒い猫の耳がついていて、腰には分厚い単行本サイズのバッグをぶらさげている。

 すらりとした幼さの残る体つき。少年のようでもあり、少女のようでもある。後ろで束ねた大きなポニーテールのおかげでかろうじて少女だってことがわかった。光に透けた髪は月と同じ、優しい黄金色をしている。

 もしかしてコスプレイヤーさんかな。比較的平和な地域だったのに、夜中にコスプレして徘徊する子が現れるなんて……時代だね。

 こんな幼い子が夜中にコスプレなんて危険すぎる。隙を見ては襲いかかってくる狼さんは世間にごまんといるんだ。


「え……っと、お家はどこかな? こんな夜中にそんな恰好で出歩いちゃ、危ないよ?」


 猫耳さんはキッと僕を睨んで、さらに思いっきり僕の脛を蹴りとばした。


「うわわ……わわ~~~!」


 その衝撃で、僕は後ろ向きになってすべり台から滑りおちる。すべり台の下の砂場に豪快にしりもちをついた。もうもうと砂埃が舞いあがり、僕はむせ込みながら叫んだ。


「僕は変なことするつもりで声をかけたんじゃないよ! もう遅いし、君を家まで送ってあげようと思っただけだよ……いってて」


 知らない人にはほいほいついていっちゃだめって、お母さんの言いつけに違いない。ここは大目に見てあげないと。落ち着け、僕。

 僕はお尻をさすりながら、立ち上がろうと砂場に片手をついた。


 グニャリ。

 ん? グニャリ? 手の平にやわらかな感触。嫌な予感がする……。


「あ、あ、あああああ~~~~~!」

 

 おそるおそる、地面についた手を裏がえす。

 手の平の下、あんぱんの無残な姿が、そこにはあった。僕の数少ない楽しみが、こんな形で奪われてしまうなんて!


「楽しみにしてたのに……」


 僕はあんぱんの前でがっくりとうなだれた。夜が明けたら、アリさんが狂喜乱舞しながら、このあんぱんを食べてしまうんだろうなあ。それを思うと切なくて、涙すら出てきてしまう。本来なら、このあんぱんは僕の血となり肉となるはずだったのに。


「あ……ごめんなさい……」


 悲しみに打ちひしがれる僕の様子を見て、明らかに猫耳さんはうろたえていた。でももういいんだ、時間は戻らない。あんぱんは帰ってこない。


「怒ってないよ。また買えばいいんだし。それより猫耳さん、早く帰らないと、パパとママが心配するよ」


 僕は猫耳さんを驚かせないよう、紳士的にふるまった。


「ちょっと待って」


 猫耳さんは僕を制止すると、両手を胸の前にかざした。

 何するの? もしかして僕の目の前で変身シーンでも披露してくれるんだろうか? お詫びならコスプレパフォーマンスよりも、お兄ちゃんって一回呼んでほしいな。

 そんな僕にはお構いなし。猫耳さんがそっと小声で何か呟いた。


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