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八月八日、午後十時。
白河神社の本殿に僕たち三人は集まった。
西園寺邸に向かう前、瞳は僕と玉井にお祓いをしてくれた。ご神体の前で、祓串を持った瞳が神妙な面持ちで祝詞を唱えた。
もしも本当に神様がいて、本当に願いが叶うなら……神様への願い事はたくさんあった。たくさんありすぎてお願いしきれそうにないので、とりあえず万事うまくいきますように、僕はそう祈った。
「二人とも、気をつけてね。無理はしないでね」
お祓いを終えた瞳が僕たちに近づいた。そして、何か白いものですっと僕たちの体を撫でた。
「それは?」
問いかける僕に、瞳は微笑み、手の中にある白い紙きれを見せてくれた。それは人の形をしていた。
「人形っていうの。優人くんとなっちゃんに何かあった時、この子が身代わりになってくれますようにっておまじない。あたしは二人についていけないから、これくらいしかできないけど」
瞳は玉井を抱きしめ、そしてその次に僕をぎゅっと抱きしめた。
普段の僕なら、神前だろうが仏前だろうが、瞳の感触をむっつり確かめるところだけど……瞳が心配でたまらないといった顔で僕を見つめるもんだから、今回は自重しておくことにする。
「心配するな、瞳。私もこいつも、ちゃんと帰ってくるよ」
「……うん、待ってる」
僕と玉井は白河神社に瞳を残し、目標地点へと向かった。
*****
天候は良好。あいかわらず暑いけど、夕方に少し雨が降ったせいか、地面はほんのり湿っていて耐えられないほど暑いっていうわけではない。
僕たちはボディースーツに仮面をつけた潜入スタイルだ。黒猫は頭に例の猫耳をつけていた。僕の頭には何もついてない。僕も獣耳をつけたかったな、っていうのは内緒。
そんな感じで僕と黒猫は西園寺邸の北側にある森に身を潜めていた。仮面のゴーグルを暗視モードに切り替えているおかげで、暗くても視界はある程度保つことができた。暗視カメラ特有の、緑と黒のざらついた視界が広がる。仮面の横のつまみをくるくると回して微調整。カメラをズームさせ、塀の様子をアップで観察した。
「ちょうどあのあたりが監視カメラの死角になっているようだな。私が先に行って一台カメラを止めてくる」
「止めるって……どうやって?」
黒猫は腰のバッグから手のひらサイズの携帯端末を取りだした。液晶画面ではアプリケーションの色とりどりなアイコンが踊っていた。
「これでカメラをハッキングして機能を停止させる。カメラを壊すんじゃなくて、少し前の映像を繰りかえし流しつづけるように設定する。私たちがカメラの前をいくら通っても、私たちの姿は映らなくなる」
黒猫は僕に背を向け、姿勢を低くする。腕時計の針がきっかり十二時を示した。
決行予定時刻だ。
「行く」
そう告げると、黒猫は一気に塀の下まで距離を縮めた。