20
この車はどこに向かっているんだろう。大辻を越え、学園への坂道を登っていく。
「康之様はお嬢様に英才教育を施しました。それはとても厳しいもので……おそらくみちる様のようにはさせまいとの思いがそうさせたのでしょう。康之様のご意向でお嬢様は屋敷にこもりきりでした。そのせいか、幼い頃からお嬢様はお一人でした」
どんな時でも誇り高く、気丈に振る舞う。西園寺のそんな性格は父親譲りなんだろう。
だけど、幼い頃から張りっぱなしの緊張の糸が切れた時、西園寺はどうなってしまうんだ?
「そんな折、お嬢様はみちる様の存在を知ってしまいました。どのように知りえたのか、この高遠も見当がつきませんが……それでも知ってしまったのです。私はお嬢様に問い詰められました。本当にみちる様は西園寺家を捨てたのか、と」
高遠さんの声は何かをこらえるかのように震えていた。
みちるさんへの思い、西園寺の父親への思い、そして大切なありすお嬢様への思い。全部見てきた高遠さんはどうすればよかったんだろう。いや、きっとどうにもならなかったんだ。
「私はそうだとしか申し上げられませんでした。お嬢様は何もおっしゃらず、そしてそれ以降はみちる様のことを口にすることはありませんでした。お嬢様は責任感の強いお方です。おそらく、みちる様の決断を……それは憎く思っていたでしょう。西園寺の家名にに泥を塗った、と」
「高遠さん。僕……西園寺に言っちゃいけないことを言ってしまったんですね」
「いえ、先ほども申し上げた通り、瀬野様に非は一切ございません。ただ、お嬢様も瀬野様に悪気があって憤ったわけではないということを……理由があったということを知っておいていただきたかったのです。お嬢様のことを悪く思わないであげていただけませんか」
高遠さんはいつもと変わらず優しかった。西園寺への愛情がひしひしと伝わってくる。
「うん、わかってるよ。西園寺は口は悪いけど、優しいところもあるんだよ」
倒れた僕の看病をしていてくれた西園寺。僕が作ったカレーだって、文句言わずに食べてくれたし、初美の面倒だってよくみていてくれる。
「間もなく到着いたします。おそらくありす様はここにいらっしゃるでしょう。辛いことがあると決まってこちらで拗ねておられるのですよ」
「学校?」
車は学園の正門前に停まった。高遠さんは車から降りると、白い手袋をはめた手で後部座席の扉を開けた。
「屋敷でもお一人のお嬢様が唯一逃げられる場所。それがこの学園なのかもしれないと、私は思っております」
あんなに激しかった雨も、小降りになっていた。花柄の傘を持って、西園寺を迎えにいこう。
僕たち二人は学園の門をくぐった。