19
さすが、お金持ちの車は何から何まで違う。
まずはその香りが違う。安っぽい芳香剤なんかじゃない、今までに嗅いだことのない香り。
そして座席が違う。革張りのシートは僕の体を包み込むようにフィットした。うっかりしていると話を聞く前に寝てしまいそう。
それに天井の明かりも違った。きらきらとしたガラスの細やかな細工に明かりが反射して、見てるだけでセレブリティ。
僕がうっとりとしていると、運転席の高遠さんがクスリと口元を緩めた。
「お気に召していただいたようで何よりでございます」
「あ、いや、すみません、くつろいじゃって……」
僕は即座に姿勢を正した。なんとなくはしゃいでしまった自分が恥ずかしい。
「いえいえ、遠慮なさらないでくださいませ。私が瀬野様を強引にお誘いしたのですから」
高遠さんは一呼吸置くと、静かに口を開いた。
「瀬野様はご存じないとは思いますが、お嬢様には一人、いとこがおります。ですが、お嬢様はその方とお会いしたことは一度もないのです。そして、そのいとこの方は……おそらくお嬢様のことを存じ上げないでしょう」
「それは、なぜですか?」
「ありすお嬢様のお父上様――康之様には姉君がいらっしゃいました。みちる様とおっしゃいます。私もまだ今よりほんの少しばかり若い頃でしたが、みちる様にもお仕えしておりました」
肩を濡らす程度だった雨が、次第に強さを増していった。雨の粒は大きくなり、分厚いガラス窓に激しく打ちつけた。
西園寺はどこにいるんだろう……この大雨に濡れていなければいいけど。
「みちる様が十八の時、みちる様は西園寺家をお出になられました。将来を誓った男性がいると言い残して、西園寺のすべてを捨てられたのです」
湿気をはらんだ空気が重かった。たぶん、重いと感じたのはそのせいだけじゃない。
「康之様は西園寺の唯一の跡取りとして厳しく躾けられてはおりました。しかし、みちる様がいらっしゃらなくなったことで、さらにその厳しさは増しました。あの頃の康之様は……相当お辛いと感じておられたことでしょう。それでもそれを表に出さず、次期当主として誇り高く、気丈に振る舞っておられました。そして、先代の喜美代様が亡くなられ、西園寺家当主となられた康之様は、イギリスの大手商社のご令嬢と結婚され、一人娘のありすお嬢様がお生まれになりました」