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「西園寺なら、だいぶ前に体調が悪い、って帰りましたよ。もう二時間以上は経つと思います」
「体調が優れないですと? ありすお嬢様、お一人で……? お嬢様はまだ屋敷に帰られておりません」
僕の言葉に高遠さんは目に見えて狼狽していた。
そりゃそうか、大事なお嬢様が体調不良の挙句、いまだにお屋敷に帰ってこないときたもんだ。……って、え、まだ帰ってないの⁉
今更ながら、僕にもじわじわと事の重大さが飲みこめてきた。
「た、高遠さん、僕も探すの手伝いますよ!」
「おぉ、瀬野様、なんとお優しい。お力をお借りしてもよろしいでしょうか」
高遠さんはまたもや僕に恭しく頭を下げた。さすが執事の鑑、誰にでも紳士な態度を崩さない。
心配する高遠さんを見て、僕は昼間の西園寺とのやり取りを思い出した。
念のため、言っておいた方がいいのかもしれない。あれから西園寺の様子がおかしくなったんだし。
「あの、高遠さん。実は日中、西園寺と口論になってしまって……それからちょっと様子がおかしくなった、というか」
「口論、ですか? またお嬢様が瀬野様に失礼な発言でもされたのでしょうか?」
僕の肩を持ってくれるんだ、なんだか意外。てっきり僕に原因があるって叱られると思ってたから。
お嬢様一筋だけど、お嬢様のわがままにも苦労してるのかな。毎日お疲れ様です。
「いえ、たぶん、僕が悪かったんだと思います。悪気はなかったんですけど、西園寺の気に障ったみたいで。いとこの話をしたんです、僕の」
その瞬間、高遠さんの表情が硬くなったのがわかった。
ああ……やっぱりあの話、地雷だったんだね。
「瀬野様は何も存じ上げないのですから、ご自分を責めないでくださいませ」
高遠さんは僕に背を向け、リムジンへ向かった。後部座席のドアを開けると僕に向き直り、どうぞとそっとドアに手を添えた。
「お嬢様のいらっしゃる場所の見当はついております。お話の続きはこちらでいたしましょう」
僕は緊張の面もちで頷いた。歩くときに右手と右足を同時に出してしまうくらいには緊張していたみたい。
何の話だろうというよりは、こんな高級車に僕なんかが乗ってもいいのかなって緊張の方が大きかったけれど。