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大騒ぎで道場から帰ってきた初美と両親に、心配ないことをわかってもらうのに小一時間。瞳と玉井に回復をアピールするのにさらに小一時間かかった。
初美に西園寺のことを伝えると、晩にお見舞いの電話を入れると張りきっていた。そこって張り切るところなのかな?
西園寺と口論になったことは誰にも言わなかった。瞳にも、玉井にも。
証拠はないけど確信めいたものが、僕の中で形作られていくのがわかった。花野、懐中時計、そして西園寺。
自室のベッドの上でぼんやりと思いを巡らせていると、インターホンの音がした。ピンポーン。
両親は道場で夕方の稽古、初美もそれについて行ってしまった。つまり、この家には今僕一人だ。ピンポーン。
玄関まで出ていくのも億劫だし、雨降りだしたし、濡れるの嫌だし。居留守を決めこむことに……。ピンポピンポピンポピンポーン。
「あ~~~! わかりました、行きますよ! は~い!」
居留守を使おうとした僕が言うのもなんだけど、人の家のインターホンをこれだけ鳴らすやつはどんなやつなんだよ!
僕はわざと乱暴に足音を立てて玄関へ向かった。この足音を聞いたら少しは申し訳なく思うはず。
傍若無人のお転婆娘の初美か、空気の読めない瞳か、気の短い玉井か、はたまた高飛車な西園寺か……って、インターホンを連打しそうな人物に心当たりが多すぎる!
ところが、開け放った扉の向こうに立っていたのは、僕が想像していた人とはまったくかけ離れた人物だった。
「お休みのところ、申し訳ありません」
ピシッと決まった英国執事顔負けのスタイルで、高遠さんはそこにいた。手には西園寺のために用意したであろう花柄の傘。だけど高遠さん自身は傘をさしていなくて、髪の毛と肩のあたりがしっとりと濡れていた。
「高遠さん……。どうしてこんなところに?」
瀬野家の門前に停まっている車には誰かが乗っている気配はない。高遠さん一人でここまで来たんだろう。
と言っても、高遠さん一人が外出するには不似合いな黒塗りリムジンだ。どこかの国の大統領でも乗っけるんですか、っていうくらいの高級外車。
「ありすお嬢様をお迎えにあがりました」
高遠さんは深々と、僕なんかに丁寧にお辞儀した。
今まで僕にこんな風に接してくれた人なんていただろうか、いやいない!
……でも、誠に申し訳ないことに、高遠さんのお嬢様はここにはもういないんだよね。