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愛玩ファントム 〜真夏の夜のエトセトラ〜  作者: 山石尾花
過去! 【八月六日 火曜日】
63/100

16

 西園寺は僕と目を合わせようとはしなかったけど、ぽつぽつと自分のことを語ってくれた。僕はそれがなんだか嬉しくて、ついつい饒舌になる。


「僕は毎年年末にいとこのところに遊びに行ったりするんだ……そういうのも楽しいよ。西園寺ももっと、みんなと仲良くしてみたらいいのに」

「いとこ……ですか」


 西園寺は口の端を歪め、自嘲気味に笑った。


「うん、一緒にスケートに行ったりするんだ。初美のやつ、スケートできないんだ。毎年行ってるのにいい加減覚えろよ~って。運動神経は悪くないはずなんだけどなあ」


 僕はまくしたてるようにしゃべった。

 西園寺は黙って、合宿所のパンフレットを見つめていた。気まずいながらも、西園寺とうまく会話できてるんじゃないかってそう思ってた。


 だけど、そんなに物事ってのはうまくいかないんだね。僕はそれを痛感することになる。


「いとこなんて、会ったこともありませんし、会うつもりもありませんわ」


 西園寺の様子が……なんだかおかしい。涼しげな表情、大金持ち特有の余裕。僕の中の西園寺はそんなイメージだ。

 今の西園寺は僕のイメージとはまったくかけ離れた表情をしていた。

 切羽詰っている。じんわりと静かな怒りが滲みでているのがわかった。


「いいですわね、庶民は。何のしがらみもありませんのね。悩むことなんてございませんでしょう? へらへらと……気楽なものですわ」


 西園寺はぎゅっと膝の上で拳を握りしめた。きつく握りしめすぎていて、その拳は白くなっていた。


「親戚だからといって、全員が味方だと思っているのですか。西園寺を裏切った者にまで愛想をふりまけと、そうおっしゃるのですわね」

「ちょっと待って、僕は……」

「裏切り者にかける言葉なんてありませんわ!」


 うつむきながら叫んだ、精いっぱいの思い。

 僕には西園寺の叫び声が痛々しいものに感じたんだ。

 西園寺は自分の怒鳴り声でハッと我に返り、口元を手で覆った。


「ごめん、西園寺」

「いいえ、わたくしが愚かでしたわ。謝るのはわたくしの方ですわ」


 キッパリとそう告げ、西園寺はテーブルの上にあった諸々をカバンに詰めた。それからバタバタと慌ただしくリビングを後にしようとする。


「待って、西園寺、どこに行くの」

「今日は体調が優れませんの。もうお暇させていただきますわ。初美にもそう言っておいてくださいまし。では、ごきげんよう」


 玄関へと遠ざかる聞こえる靴音、そしてドアが閉まる音。僕はソファの上でうつむきながら動けずにいた。

 僕は西園寺を追いかけることが……どうしてもできなかった。

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