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どれくらい気を失っていたんだろう。僕はリビングのソファに横たわっていた。
確か、瞳のクッキーを食べて……それから先は覚えていない。舌先がまだ少しピリピリした。唐辛子も入ってたのかもしれない。
「お加減はどうですか、ごみお兄様」
「あ、うん……もう大丈夫みたい」
僕は体を起こしてリビングをグルリと見回した。
西園寺以外の姿は見当たらない。僕が気づくまで、西園寺は合宿の計画でも立てていたんだろう……テーブルの上には紅茶と書きちらされたメモ、合宿場のパンフレットなんかが無造作に置かれてあった。
「みんなは? どこに行ったの?」
西園寺は手元のパンフレットから目を逸らさない。
「初美は道場へご両親を呼びに行かれましたわ。玉井さんと白河さんはドラッグストアに必要なものを買いに行くと。わたくしはここに残って、ごみお兄様についているように言われましたわ」
「そっか。心配かけてごめんね」
「わたくし、微塵も心配などしておりませんわ」
そんなこと言いながらも、ちゃんと看病していてくれたのはすぐわかった。僕の額に当てられていた濡れタオルは冷たかったから。
「うん、ありがとう」
西園寺は僕の言葉を無視する。西園寺の耳が赤く染まっていることは、気づかなかったことにしておくね。
カチカチカチ……時計の秒針の音だけが響いていた。
そういえば、西園寺と二人きりで話したことはなかった。たいてい初美か高遠さんが側にいた。
メモに何かを書きこんでいる西園寺の横顔を観察する。端正な顔立ち、上品なたたずまい。どこからどう見ても深窓の令嬢。生粋のお嬢様だ。
それなのに、なぜあんなことをしたんだろう。聞いてみたい、という衝動に駆られたけど、僕は必死でそれを抑えこんだ。
「合宿、どこに行くの?」
「隣の県ですわ。山の中にある民宿に、道場が併設されていますの。毎年、わたくしたちはそこでお世話になってますわ」
去年、合宿の話を初美から聞いていたから大体のことは知っていた。とは言え、合宿のことくらいしか西園寺との会話が続かない。
無理矢理にでも会話してないと……図書館での出来事ばかりが頭の中でちらついてしまうんだ。
「昼間は道場で練習、夜は花火や肝試し……最終日は遠出して海に行きますわ」
「そ、そっか」
そこで会話は途切れてしまった。
僕はソファの上で、かけてもらったタオルケットの柄を指でなぞりながら座っていた。背筋を嫌な汗が伝う。沈黙が痛い。
話をしようにも僕は西園寺のことをほとんど知らないと言っても過言ではなかった。知っている情報も、初美から聞いたことがほとんど。嘘か真か……盛大に脚色されているのは確かだ。
西園寺自身のことを知りたい、僕はそう思った。またデリカシーないって言われるかな。
「西園寺は……兄妹いるの? 一人っ子?」
「わたくし、兄妹はいませんわ」
「西園寺の家って大きいからさ、親戚付きあいも大変そうだよね。僕はそんなに親戚多くないんだけど、それでもお正月なんか大忙しだよ。あ、でも親戚が多いとお年玉たくさんもらえるね、ははは……」
黙々と作業を続ける西園寺。僕の乾いた笑い声がリビングを満たした。
「そういうことは父と母が処理してくださってますわ。わたくし自身はあまり親戚の方々とお付きあいはありませんの。存じ上げない方々の方が多いくらいですわ」
西園寺ももしかしたら沈黙が苦痛なのかもしれない。ごみ虫がわたくしに質問するなんて、って言われると思ってたのに。