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「瞳、来てたんだ」
なっちゃんと呼ばれた彼女は静かに首を傾げた。どうやらお互い知り合いみたいだ。瞳は僕に彼女を紹介した。
「優人くんはクラス違うし、教室も離れてるから知らないかな? この子、四月からあたしのクラスに転入してきたの。玉井那智ちゃんだよ」
薄茶色でウェーブがかった、腰まである長い髪。同じく薄茶色の瞳をした小柄な子だ。まるでお人形さんのようにふわふわとしている。瞳に同級生だと言われなければ、幼女と間違えてしまうところだった、あぶないあぶない。
四月に転入生が入ってきた、っていう噂は聞いていたけど、実際に見たのは今日が初めてだ。もうちょっと成長したら、きっと美人になるんだろうな……と思ったけど、よく考えたらこれ以上は大きくならないのかな、残念。
「そうなんだ。初めまして、僕は三組の瀬野優人。よろしくね」
僕は玉井の側に歩みより、右手を差しだした。玉井は僕を睨みつけ、それからぷいっとそっぽを向いた。握手を求めたつもりだったんだけど……僕、何か変なことでもしたかな?
「なっちゃんは小さい時、この町に住んでたんだよ。去年まではお母さんの仕事の都合で、東京で暮らしていたんだって。あと……なっちゃんのお家はここなの。要さんがなっちゃんのお父さん、夕子ばあちゃんはなっちゃんのおばあちゃんなんだよ!」
「えぇ⁉ 要さん、結婚してたんだ」
どうだ、知らなかっただろう! と言わんばかりに得意げな瞳。
僕は驚愕のあまり、つい要さんの方を振り返ってしまった。相変わらず要さんは黙々と大判焼きを焼いている。そうだ、このダンディズムあふれる背中に惚れない女性なんているのか、いやいない!
「ばあちゃん、言われたもの、買ってきたよ。これで全部揃ってる?」
「ああ、ありがとう、那智」
玉井は僕の存在をまるっきりすっぱりと無視し、スーパーの袋をテーブルに置いた。中身を取り出して片づけ始める。あずきの入った袋を片手に、唐突に玉井は瞳に問いかけた。
「瞳、そいつと付き合ってるの?」
「ななな、何言ってるの、なっちゃん⁉ ああああたしと優人くんはそんなんじゃないって!」
別に否定されるのは構わないけど、そこまで全力で否定されるのも微妙に傷つくかも。
「だよね、彼氏だったら、男の趣味悪すぎ」
玉井さん、ふわふわした見た目と裏腹に、性格はたくましいんですね。僕、なんだかちょっとショックです。
滝のように滂沱と汗を流しながら、瞳は玉井の腕を引っ張った。
「そ、それよりなっちゃんも一緒にお茶しない? かか、買い出し行って喉乾いてるんじゃない?」
「遠慮しとく。お店の片づけも手伝わなきゃだし。瞳が一人の時に誘って」
僕も一緒じゃだめですか⁉ だめなんですか!
玉井は僕を一瞥すると店の奥へと消えていった。瞳は落ちつかないのか、やたらと視線を泳がせている。
「なっちゃんったら、変なこと言ってさ。ごごごごめんね、優人くん」
瞳はすとんと丸椅子に座り、スプーンを器用にくるくると回し始めた。かき氷の器からは水の粒が滴り落ちていて、中のかき氷は半分溶けてしまっていた。