12
リビングに足を踏み入れた初美が最初に見たのは、ソファの上でふんぞり返り、雑誌を読んでいる玉井の姿。しかもその雑誌は自分の所有物ときた。
「あ、初美ちゃん、おかえりなさい。お邪魔してます」
その場の空気を知ってか知らずか、緊急事態にもかかわらず悠長に構える瞳。
瞳はリビングのドアの前であんぐりと口をあけて突っ立っている初美に、やっほーと手を振った。
「ああ、悪い。邪魔してるぞ」
ケロリとした様子で玉井は初美を一瞥した。
この前のことはすっかり水に流してくれたようだ。あれだけのランチをごちそうしたんだ、むしろ根に持たれていたら困る、主に僕が。
再び雑誌に視線を落とした玉井だったが、初美はどうやらその態度がさらに気に入らなかったみたい。ツカツカと玉井に歩みよると、その手から雑誌をもぎ取った。
「な……なんで泥棒猫がここにいるのよ! お兄ちゃん、二人も家に連れ込むなんてどういうこと⁉ お兄ちゃんのことは変態だと思ってたけど、もっと誠実な変態だと思ってた! 泥棒猫を家にあげるなんて……不誠実だよ。そう、不誠実な変態だよ!」
初美ちゃん、大事なことだから二回も言ったんですか? そもそも誠実な変態ってどういう意味?
「おい、落ち着け。私はただ瞳と遊びにきただけだ」
「落ち着けるもんか~!」
「だから、お前の兄に何の感情も持っていない」
「うそうそうそ~! 発情期の泥棒猫!」
「なんだ、またやろうっていうのか」
「望むところよ!」
「ふ、二人とも落ち着いて……!」
瞳がオロオロと二人の間でうろたえる。この二人は協調性っていう言葉を知っているのかな。
僕はコップを載せたトレイをリビングに運び、わざと荒々しくローテーブルに置いた。ガチャンとガラスが触れ合う音に三人の肩がビクッと跳ねた
「お茶、どうぞ。セルフサービスだよ」
僕が本気で怒っている、二人はそのことを察したみたいだ。一気にしおらしくなった。瞳はホッと胸をなでおろしている。
「……わたくしは帰った方がよろしいのかしら」
初美と玉井の言い争いに集中していてまったく気付かなかった。高らかに響く、生まれながらに選ばれし貴族の気配。
リビングの入り口には……腰に手を当て、モデルのように立つ西園寺の姿があった。西園寺は白いヒラヒラのワンピースに身を包み、金髪をサイドテールに束ねていた。やっぱり素材がお嬢様だからか、ベタな夏の装いもよく似合っている。
「部長! すみません! 帰らないでください~!」
初美が西園寺の足元にすがりつく。今までほったらかしにしていたくせに。
「西園寺……」
「なにかしら、ごみお兄様」
いつも通り毒気まみれの笑顔を僕に向ける西園寺。
だけど、僕はいつも通りになんか振舞うことができなかった。花野の懐中時計を奪った姿が脳裏に焼きついて離れないんだ。それは瞳も玉井も同じなのかもしれない。