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「うあああああ!」
「うるさい、黙って戻ってこい」
バシッと僕の後頭部に衝撃が走る。その程度じゃ僕の後頭部はビクともしないよ。なぜなら花野に鍛えられているからね。
それでも僕の意識を現実に引き戻すには十分な威力だ。目を開くと、そこは白河邸の和室だった。僕の後ろには丸めた新聞紙を握りしめて立っている玉井の姿。
「なっちゃん、あんまり叩いちゃだめだよ。まだ今日の新聞、あたし読んでないんだから」
僕の隣で、瞳がおっとりと玉井をたしなめた。
僕じゃなくて新聞紙の心配? 僕の記憶にはまだまだ手がかりが残っているかもしれないんだぞ! と言ってもあまり説得力はないけどね。
「ここは……瞳の家?」
体中の力が一気に抜けた。僕の体はガチガチに緊張していたようで、こわばっていた筋肉が急速に緩むのがわかった。
「うん、おかえり、優人くん。お疲れ様」
瞳は僕に微笑みかけると、そっと温かい紅茶を出してくれた。
「お前がダラダラ過去に居座ってる間に瞳が淹れてくれたんだから。ありがたく飲めよ」
玉井がこのお茶を淹れたわけじゃないのに……やたらと偉そうだ。
「ありがとう、あといろいろごめん」
僕は紅茶を口にした。温かい紅茶が胃に落ちていく。真夏なのに温かい紅茶にほっとした。緊張のせいで体の末端がすっかり冷え切っていたけど、じんわりと僕の体に体温が戻っていく。
「僕の記憶からわかるかも……なんて息巻いてたくせに、オチが寝てました、なんてね。無駄に疲れさせちゃったね」
二人ともすっかり僕に呆れかえっているだろうな。玉井に至っては完全に軽蔑のまなざしだ。
でも眠たくなるのは生理現象だよ、こればっかりは仕方ないよね。謝っても許してもらえそうにないなら、もういっそのこと開き直るしかない。
「あたしの見間違いじゃなければ……あれは西園寺さんだよね?」
瞳がチラリと僕を見る。西園寺と僕、仲がいいことを知っているからか、西園寺の名前を出しにくかったようだ。西園寺自身は僕と仲良くしているなんて思ってもいないだろうけどね。
僕はゆっくりと、でも確かな口調でそれを認めた。
「うん、中等部の西園寺ありすに間違いないと思う」
そうだ、紛れもなくあれは西園寺だった。西園寺がつぶやいていたセリフまではっきりと思い出した。
「やっと取り戻した……西園寺はそう言ってたんだ。どういうことなんだろう。あの懐中時計は花野のものじゃないのかな」
僕はカップに沈んだ紅茶の茶葉をじっと見つめた。
西園寺の言葉が頭の中でグルグルと渦巻いている。本当の持ち主は誰なんだろう?
玉井はじっと考えこみながら腕を組んだ。瞳は口をつぐんでいる。
「……お腹すいた」
「は?」
ふいに玉井が空腹を訴える。この非常時にいったい何を言ってるんだ!
「さっきクッキー食べたばかりじゃないか」
「甘いものは別腹、って昔から言うだろ。もう昼時だし、お腹がすくのも当然だ。とにかく、ここでダラダラしてても仕方ないし、腹ごしらえでもしよう」
「じゃ、じゃあ、クッキー食べようよ!」