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愛玩ファントム 〜真夏の夜のエトセトラ〜  作者: 山石尾花
過去! 【八月六日 火曜日】
55/100

8

「ちょっと、そこのあんた、早く盗るなら盗れ!」


 玉井は受付カウンターの上に飛びのり、西園寺にに指さしながら叫んだ。

 なんて横暴な……そんなこと言っても仕方ないよ。

 そう言いたいのは山々だったけど、叫びたくなる気持ちは僕も同じ。


「崩れるよ、もうもたないよ!」


 瞳が涙声で叫んだ。西園寺はもう花野のカーディガンの目前まできている。あと少し……ほんの少しで手が届く距離だ。


「西園寺……」


 西園寺は堂々とした態度で……その手を伸ばした。カーディガンのポケットに手を入れ、伸ばした時と同じようにゆっくりと手を引きぬく。その指先から金色のチェーンがこぼれた。


「きゃっ!」

「瞳! つかまって!」


 その時、瞳の足元の床がガラリと抜けた。暗闇に落ちていきそうな瞳の手を、すんでのところで玉井が掴む。

 二人分の重みに耐えきれないのか、避難するために玉井が乗っかっていたカウンターにもひびが入った。二人が落下するのも時間の問題だ。


「やっと取り戻しましたわ……」


 西園寺の声はほとんど聞きとれないほどの大きさだった。でも僕は確かに聞いたんだ。


 取り戻した? どういうこと? この時計は花野のものじゃなかったのか? 


 急に僕の視界が斜めに傾いた。西園寺のつぶやきに意識を奪われ、自分の足元が半分崩れかかっていたことに今気づく。


「瞳!」

「なっちゃん!」


 玉井の足元も限界だった。玉井の体が傾いだ……と、次の瞬間にはもうそこには二人の姿はなかった。


「瞳! 玉井!」


 とっさに床の縁から暗闇に身を乗りだす。瞳と玉井は豆粒ほどの大きさになり……暗闇の奥底に吸いこまれていった。


「くっそ……」


 僕の足元も限界だった。音を立て、一気に床が崩れる。


「わっ」


 僕は暗闇の中に放りだされた。

 記憶の中は無重力のはずなのに、記憶が崩れた途端、僕の体にはしっかりと重力がかかっていた。


 落ち際、ふっと影が僕の体を覆った。影の主は……西園寺だ。


「もう絶対に手放したりしませんわ」

「お前……!」


 西園寺が僕に気づくわけない、それはわかっている。

 だけど、僕は西園寺と目があった気がしたんだ。


「西園寺っ!」


 僕の体は加速度を増し、どこまでもどこまでも落下した。

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