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「ちょっと、そこのあんた、早く盗るなら盗れ!」
玉井は受付カウンターの上に飛びのり、西園寺にに指さしながら叫んだ。
なんて横暴な……そんなこと言っても仕方ないよ。
そう言いたいのは山々だったけど、叫びたくなる気持ちは僕も同じ。
「崩れるよ、もうもたないよ!」
瞳が涙声で叫んだ。西園寺はもう花野のカーディガンの目前まできている。あと少し……ほんの少しで手が届く距離だ。
「西園寺……」
西園寺は堂々とした態度で……その手を伸ばした。カーディガンのポケットに手を入れ、伸ばした時と同じようにゆっくりと手を引きぬく。その指先から金色のチェーンがこぼれた。
「きゃっ!」
「瞳! つかまって!」
その時、瞳の足元の床がガラリと抜けた。暗闇に落ちていきそうな瞳の手を、すんでのところで玉井が掴む。
二人分の重みに耐えきれないのか、避難するために玉井が乗っかっていたカウンターにもひびが入った。二人が落下するのも時間の問題だ。
「やっと取り戻しましたわ……」
西園寺の声はほとんど聞きとれないほどの大きさだった。でも僕は確かに聞いたんだ。
取り戻した? どういうこと? この時計は花野のものじゃなかったのか?
急に僕の視界が斜めに傾いた。西園寺のつぶやきに意識を奪われ、自分の足元が半分崩れかかっていたことに今気づく。
「瞳!」
「なっちゃん!」
玉井の足元も限界だった。玉井の体が傾いだ……と、次の瞬間にはもうそこには二人の姿はなかった。
「瞳! 玉井!」
とっさに床の縁から暗闇に身を乗りだす。瞳と玉井は豆粒ほどの大きさになり……暗闇の奥底に吸いこまれていった。
「くっそ……」
僕の足元も限界だった。音を立て、一気に床が崩れる。
「わっ」
僕は暗闇の中に放りだされた。
記憶の中は無重力のはずなのに、記憶が崩れた途端、僕の体にはしっかりと重力がかかっていた。
落ち際、ふっと影が僕の体を覆った。影の主は……西園寺だ。
「もう絶対に手放したりしませんわ」
「お前……!」
西園寺が僕に気づくわけない、それはわかっている。
だけど、僕は西園寺と目があった気がしたんだ。
「西園寺っ!」
僕の体は加速度を増し、どこまでもどこまでも落下した。