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瞳は僕に質問しながら、花野に近づいた。そしておもむろに花野のカーディガンのポケットに手を突っこむ。
「そ……そんなことして大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫。ここは記憶の中だよ、現実世界と違うんだから」
本当に大丈夫なのかな?
心配する僕をよそに、瞳はもぞもぞとポケットの中を探る。しばらくすると、瞳は顔を輝かせながら、ポケットから金色の鎖を引っ張りだした。
「これだよね、きっと。花野さんが探してる懐中時計って」
金の細やかな鎖の先には、手の平におさまるサイズの時計がぶら下がっていた。金時計の蓋の中央には小さな赤い石が五つはまっている。その石を取り囲むように蔦の模様が覆っていた。
「きれいな時計だね……大切にされてるのがよくわかるよ」
瞳は優しい手つきで時計を花野のポケットに戻した。
「今、花野に触れても何も見えないのか?」
「これは花野さん本人じゃない。優人くんの記憶の中の花野さんだもの。ここまでが今わかる限界」
瞳は首を横に振った……その時だった。
花野が受付の席からガタリと立ちあがった。カーディガンを脱ぐと、今まで座っていた椅子にそれをかける。花野はその後、カートに本を積むと、それを押して受付を出ようとした。
「じゃあ私、書棚整理してくるね。受付お願いしてもいいかな」
花野が一声、受付係の女生徒に声をかけた。同じくその女生徒も花野に続いて立ちあがった。
「今日、返却の本多いですし、私も手伝います。どうせ試験期間に入ったばかりですし、本を借りにくる人なんてほとんどいないと思います。受付に人がいなくても大丈夫ですよ」
「そう? じゃあお願いしようかしら」
花野ともう一人の受付係は何やら談笑し、そのまま書棚へと歩いていった。受付には誰もいなくなった。
「いよいよ、だね」
「うん、いよいよだ」
僕はごくりと喉を鳴らし、身構えた。受付の周囲に意識を集中する。もうすぐ花野の時計を盗んだ犯人がここにやってくるはずだ。絶対にこの目で見届けてやる。
僕と瞳は身動き一つせず、緊張しながらその時を待った。呼吸をするのも忘れるほど緊迫した時間だ。
起こってしまった過去にそこまで身構えてどうするんだ、とも思った。でもその決定的な瞬間を、瞬き一つ分も見逃すものかという気持ちの方が大きかった。
そして、それは唐突にやってきた。
ふいに背後に気配を感じた。僕たちから離れたところに、金髪の女生徒が一人――僕の知る限り、この学校に金髪頭は一人しかいない。
「西園寺……?」
西園寺は受付カウンターをじっとにらんでいる。僕たちの姿は見えないはずなのに、まるで僕が睨まれているように錯覚した。
背筋がスッと凍る。いつも僕をねめつけている目つきとは全然違う。西園寺を初めて怖いと思った。
「瞳」
「うん、さっきからずっとこっち見てる。もしかしたら……」
瞳が最後まで言いおわる前に、西園寺は受付正面から足早に向かってきた。花野はどこかの書棚の裏にでもいるのだろう、ここからはその姿は全く見えなかった。
そんな緊張ムードを瞬時に叩き壊したのは、耳をつんざく玉井の悲鳴だった。