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「は? お前がなんだ」
「僕の過去を見ることはできない?」
俺は瞳に詰め寄った。瞳は驚いた目をして、僕から距離を取る。
「ゆ、優人くん、急に何?」
「変態、それ以上瞳に近寄るんじゃない」
玉井が僕と瞳の間に割ってはいった。まるで瞳のボディーガードだ。僕から瞳をかばうように、自分の背後に瞳を隠した。
「変態はやめて、変態は」
玉井は僕が言葉を発すると余計に身構えた。
どれだけ僕を変態扱いしたいんですかっ! 僕はそんなに変態行動に走ったりしてないよ! 少なくとも僕の記憶の中では。
僕は気を取り直して、本題へと移った。
「花野の懐中時計が盗まれたっていう日、僕も図書館にいたんだ。空調が故障した日って言ってたから間違いない。本当に暑かったんだ……よく覚えてる。僕の過去から犯人を見つけることはできないのかな?」
犯人の顔をちゃんと見たわけじゃない。ただ知らないうちに犯人とすれ違っているかもしれない。
たとえ犯人の顔がわからなくても、僕の記憶から有力な手がかりを見つけ出せる可能性だってある。
「それなら……わかるかもしれない」
瞳は右手の人差し指をあごの下に添え、ぽつりと呟いた。瞳の顔つきはすっかり《白犬》のそれだ。
「その時間に確かに優人くん、図書館にいたんだよね? 優人くん自身が覚えていなくても、優人くんの意識が覚えているはずだよ。あたしたちは思っている以上にいろんなことを記憶しているんだって」
瞳は僕の手を優しく包みこむように握った。そして、自分の顔の前に近づけ、目を閉じる。
「亡くなったお母さんが言ってたの。覚えていないことがあっても、意識がきっと覚えていてくれる。だから忘れてしまったことを悲しまなくても大丈夫だよって」
「瞳……」
僕はゴクリと息をのんだ。瞳の長い睫が触れるほど、瞳は僕の手を引きよせていた。
今は瞳の手のぬくもりに胸が高鳴っている。ほんの昨日、花野にドキッとしたはずなのに。
「変態、いつまで瞳の手を握ってるんだ」
玉井は僕の隣ににじり寄り、僕の太ももを強くつねった。
瞳とくっついて欲しがったり、いい感じになったら邪魔しにきたり。僕はどうしたらいいんでしょうか、玉井さん。手を握ってきたのは瞳のほうからなんだけどなぁ……反論したらきっとさらなる一撃を食らわされるに決まってる。お口はチャックだね。
「瞳、いけそう?」
玉井が瞳の顔を気づかわしげに覗きこんだ。瞳は大丈夫、と玉井に微笑みかける。
「優人くん、あたしの隣に座って、力を抜いて。あとなっちゃんも、あたしの隣にきてもらっていいかな」
瞳は自分の隣の座布団を指さした。玉井は静かに移動する。
「優人くんも、なっちゃんも、机の上に手を置いて……今から優人くんの過去に行くよ」
瞳の両隣に僕と玉井が陣取っている。瞳は右手を玉井の手に、左手を僕の手にそれぞれ重ねた。
「深呼吸して、目を閉じて、あたしに見せてね、優人くんの過去――」
瞳の言葉がだんだん遠ざかっていく……頭の芯がしびれるように熱い……瞼がどんどん重くなってくる……。
目の前が真っ暗になった。