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「おかわりあるからね、たっぷり食べてね!」
「う……」
「あ……」
再び、白河邸の客間に通された僕たちの前に……恐ろしい光景が広がっていた。
「お父さんに、あたしの作ったクッキーも焼いておいてね、って頼んでおいたの。ちょうど今、焼きあがったところだって!」
焼き加減は問題なさそうだ。なんたってお菓子作りの得意な親父さんが焼いたんだから。
問題は瞳が作ったクッキー生地そのものの味だよね。
「さ、さっきクッキーたくさん食べちゃったから、今はいいよ。先に話を済まそう、今後のことについて」
グッジョブ、玉井! 僕もうんうんとうなずき、玉井に便乗する。
瞳はそっか、そうだよね~と言いながらクッキーの器を下げた。このままどさくさに紛れて、クッキーのことを忘れてくれたらいいんだけど。
瞳はコホン、とわざとらしく咳払いをした。
「それじゃあ、懐中時計を見つけ出して、持ち主に返そう作戦スタートッ!」
瞳は威勢よく右手を振りあげ、オ~ッと意気込んだ。玉井は机に肘をつきながら、ため息をひとつ。
「威勢いいのはいいんだけどさ。どうするんだ? いつもと順序がめちゃくちゃだけど」
「順序?」
玉井はそのままの姿勢で、首だけを動かす。難しそうな目で僕を一瞥した。
「そう、普段は瞳が絵馬から過去を見るんだ。持ち主の記憶や、どういった経緯でそれが消えてしまったのか……絵馬からいろいろな情報を透視する。だけど、今回は花野さんの過去を見ることはできない。花野さん自身が絵馬を書いてないからな」
「花野さんが触ったものだとか、あるいは直接花野さんに触れることができたら、過去を見ることができるんだけどなあ」
「じゃあ花野に触って過去を見ればいいじゃない」
パンがないならお菓子を食べればいいじゃない。
マリー・アントワネットもびっくりな、そんな気軽な気持ちで口にした言葉。どうやらそれが二人の反感を買ったみたい。
しれっと言いはなった僕に、玉井は盛大に舌打ちした。
「そもそも私たちは花野さんと面識がないっての。懐中時計の話はお前にしかしてないんだろ? その話をしに行くわけにもいかないし。それに夏休み明けまで学校に来ないんじゃあ、触れようもない。お前がもう来ないって言ったんじゃないか」
確かに……瞳は花野と同じクラスになったことはなかった。玉井に至っては花野の存在すら知らなかったはずだ。それに花野はしばらく病院通いで、学校には顔を出さないんだっけ。
つい二人の能力があれば何でもできるような気になってしまっていたけれど、その能力には限界っていうものがあるわけで。僕は完全にそのことを失念していた。
花野になんとか近づいて瞳を接触させるしか方法はないのかな? あるいは懐中時計が盗まれた日、花野以外で図書館にいた人は……?
「――僕だ」
ボソッとつぶやいた僕を、玉井は不審者をみるような目つきで見すえた。