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「僕は……さなちゃんが喜ぶ顔を見た時、うれしかったんだ。でも……瞳と玉井がしていることに協力しようとまでは思わなかったんだ」
手段はどうあれ、二人は人を幸せにしている。それはよくわかった。
ただ、あの時感じたのは、さなちゃんが喜んでくれてうれしいという気持ち、それだけだった。
「でも花野に話を聞いて、花野の顔を見て、気づいたんだ。なんて辛そうな顔してるんだよって。花野だけじゃない、さなちゃんだって、今までここにお参りしに来た人たちだってみんな……あんな顔してたんだろうなって」
大切で大切で仕方なかったのに。
彼らはみんな、その大切なものを失ってしまったんだ。願いを込めれば叶うと信じて、絵馬に願いを託して。
神様なんて信じない……そう思っている僕には花野の姿は痛々しいとともに、まぶしく映った。そこまで何かのために信じられることが羨ましかった。できることなら、叶えてあげたい。
信じることは無駄じゃないって、花野に教わった気がしたから。それがたとえ茶番だったとしても。
「例外は……認められないわ」
瞳はゆっくりと、諭すように言った。
瞳は、次期《黒猫》である玉井とは立場が違う。なんたって現白河家当主《白犬》だ。
そういうことには厳しいんじゃないかって……思ってたんだ。やっぱりね。
「でも協力者は必要だと思ってるの。要さんだって、あたしのお父さんだって……白河家と玉井家の力を知ったうえで協力してくれてるわ」
「瞳、でも……!」
瞳は右手をあげて玉井の言葉を押しとどめた。
「わかってる。決まりごとは守らなくちゃいけないってこと。絵馬に願い事を書いた人の願いだけを聞く……あたしたちはそれを守ってきた」
「それじゃあ……!」
「優人くん、花野さんの願いは叶えてあげられない。だけど……協力者になってくれるなら、優人くんの願いは叶えてあげられるかもしれないわ」
「それってどういう? ……っ!」
僕は転げるように瞳の家を飛びだす。
神社に続く細い小道を抜け、境内まで一気に駆けぬけた。
絵馬掛所の机の上には、絵馬が無造作に並べてあった。横の小箱には「絵馬 三百円」と書かれた張り紙。僕はズボンのポケットから財布を出し、机に小銭を全部ぶちまけた。
百円玉二枚、十円玉三枚、五円玉一枚、一円玉四枚……そして五百円玉一枚。
そ……そんな! よりによって三百円! 絵馬が一枚三百円!
僕は白金色に輝く五百円玉を空にかざした。こんなに五百円玉が神々しく感じたのは生まれて初めてだよ!
「う~~~! 仕方ない!」
僕は小箱に五百円玉を投入した。
釣りはいらないよ。一度言ってみたいと思ってたけど、まさかこんなところで……返事をしてくれない小箱の前で思う羽目になるなんて。
僕は絵馬を一枚、乱暴につかんだ。近くのペン立てに立てかけてあったサインペンも一緒に。
キュポンとペンの蓋を取り、絵馬に願い事を書きなぐった。
『花野の失くしものが見つかりますように 優人』
「優人くんの願い、確かに聞きいれました」
「まったく……私の足だけは引っ張るなよ」
気づけば僕の後ろに瞳と玉井が立っていた。ご満悦の表情を浮かべる瞳と、呆れ顔の玉井。
今日から僕は……共犯者になるんだ。
「玉井こそ、僕の足を引っ張らないでね」
僕は二人の目を見つめて、クスッと笑った。