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意表を突いた質問に、答えが思い浮かばなかった。どんな本を借りたっけ?
図書館では結構いろいろな本を借りていた。そもそも借りるときに受付カウンターにいるのが誰かなんて……いちいち覚えていない。図書委員の女子の顔と名前は全員覚えているんだけどね。
「僕、何借りた?」
「アレクサンドル・デュマのモンテクリスト伯」
「ああ、確かに借りたよ。あの時の受付係、花野だったのか」
本を借りたこと自体は思い出した。結構面白い本だったんだよね。そのあと本屋によって自分で本を買いなおしたのを覚えている。
すべてを奪われた男が、自分を不幸にした人間に次々と復讐していく……そんな話だった。
「あの本、私も好きなの。だから瀬野くんが初めて私に声をかけてくれる前から、私は瀬野くんのこと、知っていたわ」
「え?」
花野の告白に僕は言葉を失った。不意打ちだった。まさか、そんな前から僕のことを知っていてくれていたなんて。
花野にとってはなんてことのない話だったのかもしれない。それでもそんな風に言ってもらえて……すごく、すごく嬉しかった。
交差点の信号が青に変わる。バスが停留所に着き、花野の前でドアが開いた。バスの無機質な案内音声だけが響く。
「瀬野くん、今度はこんな話じゃなくて、本の話をしましょう。レモンティーごちそうさま。じゃあまた始業日にね」
花野は軽やかにステップを上がり、バスに乗りこんだ。プシューと音を立ててバスの扉が閉じる。扉がとじるやいなや、すぐにバスは発車した。さよならの余韻もへったくれもないね。
花野は一番後ろの座席に座っていた。花野のポニーテールがどんどん遠ざかっていく。
僕はほんの一瞬だけ、瞳のことも玉井のことも忘れてその後ろ姿を見送った。
そして……僕は心を決めた。