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聞くべきか聞かざるべきか……僕は迷った。花野も何か大切なものを失ったの? って。
瞳と玉井の顔が一瞬脳裏に浮かんだ。急にあの二人のことが現実味を帯びて、僕に迫ってくる。
「……私、大事なもの失ったの。あの神社のことを知ってから、ずっとお参りに行ってる。もしかしたら神様が見つけてくれるかもしれないって」
「何を失くしたんだ?」
僕は聞いてしまってからハッとした。関係ないでしょ、そう花野に言われてたのをすっかり忘れていた。ぶしつけだと言った玉井の言葉がそっくりそのまま、頭の中でこだまする。
「瀬野くん、あなた、人のプライバシーとかそういうの、考えたことある? 図々しい質問が得意なのね」
「すみません」
僕に対する花野の好感度は、スカイダイビング並みに急降下したに違いない。花野の言葉が僕の心にクリティカルヒット。まったくもってその通りです、はい。
「時計よ」
「へ?」
「何度も言わせないで。私が探しているのは母から預かった大事な時計よ」
「ふ、ふ〜ん……へぇ〜」
「どんな時計なんだって聞きたそうな顔してるわね」
さすがです。花野さんったら鋭いんだから。
「まあいいわ。アンティークの懐中時計よ。きれいな赤い石がちりばめられていたわ。時計も鎖も金で……そこそこの価値があるんじゃないかしら、たぶん」
花野はカバンからハンカチを取りだし、ほんのり浮いた首筋の汗をぬぐった。
赤と白のチェック柄のかわいらしいハンカチ……なんだか花野っぽくないな、と勝手に思った。
「私の母の家、厳しかったんだって。なんでも大金持ちのお嬢様だったらしいわ」
僕はレモンティーをすすった。スゴゴと耳障りな音がする。いつの間にか紙パックの中は空になっていた。
「母は……私の父と道ならぬ恋に落ちたんだって。父はどこにでもいる普通のサラリーマン。出会いのきっかけは知らないわ。母には婚約者もいたんだけれど、婚約者も家も全部捨てて……駆け落ちして私の父と結婚したのね」
……なんだかちょっと、重くなってきました。僕は空の紙パックをモジモジいじる。
「祖母は母と父の関係を反対したわ。でも、母が父についていくと決めた時、陰ながら支援をしていてくれたらしいの。やっぱり娘には自分の決めた人と一緒になってほしかったのね。祖母は母が出ていくとき、自分が肌身離さず持っていた懐中時計を母に手渡したの」
こんな話、聞いていてもいいのかな……。
僕の戸惑いに気づいたのか、花野は何食わぬ顔で言ってのけた。
「私、初めてこの話を母から聞いた時、確かにびっくりしたわ。だからといって、それ以上のことは何も思わなかった。母は私が戸惑うんじゃないかと思っていたみたいだけれど。母が幸せになるためにそうしたのなら、私には何も言うことはないわ。だから瀬野くんもびっくりするかもしれないけれど、悪いこと聞いてるんだって思わないでほしいの。私が勝手に瀬野くんに聞いてもらっているだけなんだから」
いつになく花野は饒舌だった。もしかしたら誰かにずっと聞いてもらいたかったのかもしれない。
花野が失ってしまったものがどれほど大切なものだったのか……花野の様子を見れば一目瞭然だ。