3
「僕、ついさっきお参りしてきたところなんだ。ここの神社、ご利益あるんだよ。僕の妹が大事な指輪をなくしたんだけどさ、毎日お参りしてたら見つかったんだって」
僕も嘘をついた。たまたま頭にさなちゃんのことがよぎって、話をねつ造しただけ。
僕と偶然会ったことで、花野がお参りせずに帰るのが嫌だったんだ。ここに来るのが日課になっているのならなおさらだ。
どうせ冷たくあしらわれるだろうと思っていたけど、花野は意外にも僕の話に興味を示した。
「それ、本当?」
振り向いた花野は今にも泣きだしそうな顔をしていた。
そんな表情を見せたのは一瞬。すぐにいつもの生真面目な花野に戻ると、足早に鳥居をくぐっていった。花野の姿がみるみる小さくなっていく。
僕は花野が戻ってくるのを待つことにした。もしかしたらまた無神経だとかデリカシーがないだとかストーカーだとか変態だとか……けなされるかもね。それでもいいや。僕は花野と話がしたかった。
花野がお参りをして戻ってきた後、今度は僕を避けようとはしなかった。
「瀬野くん、何してるの。帰らないの?」
花野を待っていました! とも言えず、僕は口ごもる。花野は呆れたように深くため息をついた。
「私、今から帰るんだけど、瀬野くんはどうするの」
「あ、僕も、帰るよ。僕は大辻の方なんだけど、花野はどっちだっけ」
「私も大辻の方よ。そこでバスに乗るの」
花野はカバンからバスの時刻表を取りだし、腕時計と見比べた。
「……たった今、バスが出ちゃったみたいね。次にバスがくるのは三十分ほど待たないといけないわ」
「じゃあさ、途中まで一緒に行ってもいいかな?」
僕は花野に問いかけた。花野はしばらく考える素振りを見せ、いいわよとうなずいた。
バス停までは一言もしゃべらずに歩いた。夕方とはいえ、真夏だ。僕の額には汗がにじんできているのに、花野は暑いといった様子は微塵も見せない。
僕は横目でチラチラと花野の顔色をうかがう。僕が見ていることに気づいたのか、花野は僕から顔をそむけた。
バス停に着いた時、バスが到着するまでまだ二十分はあった。花野をほったらかしにしたまま帰るわけにもいかないし……。
僕は近くの自動販売機で冷たいレモンティーを二つ買った。女の子はレモンティーが好きなんだよ、ここ重要。
「暑いね」
そう言って僕はレモンティーの紙パックを花野に差し出した。
「いくら?」
「いいよ。この前のお詫び。僕、無神経なこと言っちゃったからさ」
花野はおずおずとそれを受け取ると、聞こえるか聞こえないかくらいの声でありがとうと言った。
僕はストローでパックに穴をあけ、勢いよく吸った。冷たいレモンティーがほてった体に染みわたる。それを見た花野もストローを取りだし、小さな口を尖らせながら飲み始めた。
「瀬野くんの妹さん、よかったね、大事なものが見つかって」
「あ、ああ。よかったよ、すぐに出てきたって」
いきなり話を振られ、びっくりする。そういえば、僕が設定した話だっけ、これ。
「知ってる? 図書室にある昔の書棚を整理していたら、北野山のことが書かれた本を見つけてね。そこに書いてあったの。白河神社の神様は、失くしたものを見つけてくれる神様だって」
「へえ……」
「失くしてしまった……大切なものが見つかるんだって」