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愛玩ファントム 〜真夏の夜のエトセトラ〜  作者: 山石尾花
決断! 【八月五日 月曜日】
44/100

3

「僕、ついさっきお参りしてきたところなんだ。ここの神社、ご利益あるんだよ。僕の妹が大事な指輪をなくしたんだけどさ、毎日お参りしてたら見つかったんだって」


 僕も嘘をついた。たまたま頭にさなちゃんのことがよぎって、話をねつ造しただけ。

 僕と偶然会ったことで、花野がお参りせずに帰るのが嫌だったんだ。ここに来るのが日課になっているのならなおさらだ。

 どうせ冷たくあしらわれるだろうと思っていたけど、花野は意外にも僕の話に興味を示した。


「それ、本当?」


 振り向いた花野は今にも泣きだしそうな顔をしていた。

 そんな表情を見せたのは一瞬。すぐにいつもの生真面目な花野に戻ると、足早に鳥居をくぐっていった。花野の姿がみるみる小さくなっていく。


 僕は花野が戻ってくるのを待つことにした。もしかしたらまた無神経だとかデリカシーがないだとかストーカーだとか変態だとか……けなされるかもね。それでもいいや。僕は花野と話がしたかった。


 花野がお参りをして戻ってきた後、今度は僕を避けようとはしなかった。


「瀬野くん、何してるの。帰らないの?」


 花野を待っていました! とも言えず、僕は口ごもる。花野は呆れたように深くため息をついた。


「私、今から帰るんだけど、瀬野くんはどうするの」

「あ、僕も、帰るよ。僕は大辻の方なんだけど、花野はどっちだっけ」

「私も大辻の方よ。そこでバスに乗るの」


 花野はカバンからバスの時刻表を取りだし、腕時計と見比べた。


「……たった今、バスが出ちゃったみたいね。次にバスがくるのは三十分ほど待たないといけないわ」

「じゃあさ、途中まで一緒に行ってもいいかな?」


 僕は花野に問いかけた。花野はしばらく考える素振りを見せ、いいわよとうなずいた。


 バス停までは一言もしゃべらずに歩いた。夕方とはいえ、真夏だ。僕の額には汗がにじんできているのに、花野は暑いといった様子は微塵も見せない。

 僕は横目でチラチラと花野の顔色をうかがう。僕が見ていることに気づいたのか、花野は僕から顔をそむけた。

 バス停に着いた時、バスが到着するまでまだ二十分はあった。花野をほったらかしにしたまま帰るわけにもいかないし……。

 僕は近くの自動販売機で冷たいレモンティーを二つ買った。女の子はレモンティーが好きなんだよ、ここ重要。


「暑いね」


 そう言って僕はレモンティーの紙パックを花野に差し出した。


「いくら?」

「いいよ。この前のお詫び。僕、無神経なこと言っちゃったからさ」


 花野はおずおずとそれを受け取ると、聞こえるか聞こえないかくらいの声でありがとうと言った。

 僕はストローでパックに穴をあけ、勢いよく吸った。冷たいレモンティーがほてった体に染みわたる。それを見た花野もストローを取りだし、小さな口を尖らせながら飲み始めた。


「瀬野くんの妹さん、よかったね、大事なものが見つかって」

「あ、ああ。よかったよ、すぐに出てきたって」


 いきなり話を振られ、びっくりする。そういえば、僕が設定した話だっけ、これ。


「知ってる? 図書室にある昔の書棚を整理していたら、北野山のことが書かれた本を見つけてね。そこに書いてあったの。白河神社の神様は、失くしたものを見つけてくれる神様だって」

「へえ……」

「失くしてしまった……大切なものが見つかるんだって」

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