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今日も要さんは辻屋の店先で大判焼きを焼いていた。僕の気配を嗅ぎつけて、店の奥から夕子ばあちゃんが僕をにらんでいた。
「要さん、大判焼き一つ。外で食べるよ」
ここで初めて玉井と会ったんだよね。
第一印象はあまりよくなかったけど。夕子ばあちゃんに怒鳴られて、要さんの研究室を見せてもらって……ただの甘味処じゃないって知った。秘密基地みたいでちょっとわくわくしたっけ。
僕は紙袋に包まれた大判焼きを要さんの手から受け取り、それをチビチビと食べながら、白河神社にやって来た。
なんとなく、今は鳥居をくぐりにくい。ここで二人の正体を知ったんだ。今でもちょっと信じられない。でもあれだけ僕の秘密を暴露されたら、嫌でも信じなきゃいけないって気になるよね。
神社の前を通りすぎ、今度は公園に足を運ぶ。
黒猫にあったのはここだ。玉井じゃなくて黒猫。あの時、また会えたらいいなって思ってたんだ。まさか不法侵入って形で再会できるとは想像もしてなかったけど。
思い返せば思い返すほど、僕は何も決められなくなった。この数日間、本当は楽しかったんだ。厄介だって言いながらもね。
僕は紙袋をクシャクシャと丸め、ポケットに押しこんだ。面倒なこと全部、こんな風に丸めて片づけてしまえればいいのに。
「帰ろう……」
僕は来た道を引き返すことにした。
「ん?」
白河神社の前にさしかかった時、遠くから学園の制服を着た人影が近づいてきた。向こうは僕に気づいていないようだ。彼女は腕時計を見ながら鳥居を真っ直ぐくぐり抜けていこうとした。
「やあ、花野」
彼女――花野は僕に名前を呼ばれて、はっとした様子で立ちどまった。ポニーテールがゆらりと揺れる。花野は僕と目を合わさずにうつむくと、無言で踵を返した。
「え、お参りに来たんじゃないの?」
僕に会ったことが気まずかったんだろうか。
終業式の日に花野と交わした会話……あの時、僕のぶしつけな一言で、花野の機嫌を損ねてしまったのは確かだ。神社に参ることなく帰ろうとする花野の後ろ姿に向かって、僕は大きな声で謝った。
「この間はごめんね。僕が無神経なこと言ったから怒ってるのかな」
花野はピタリと歩みを止める。でも僕を見ようとはしなかった。
「別に。怒ってなんかないわよ。今日は学校帰りにたまたまここを通りかかっただけで、お参りにきたわけじゃないわ」
その言葉は嘘だ。
制服姿ということは、図書委員の仕事が終わってからここにきているんだろう。それなら、この時間に出くわすのも納得だ。だけど、確か花野の家はこの神社とはまったく別の方角にあったはずなんだ。
どうして知ってるのかって……別にストーキングしたわけじゃないよ。今年来た年賀状の差出人欄を見たんだ。よかったら年賀状送ってよ、って仕事中の花野に僕の住所を教えたのは去年の十二月。一枚くらい女の子から年賀状、欲しいって思うのは普通だよね? 律儀な花野はしぶしぶ僕に送ってくれたわけ。
学校の帰りに、わざわざ遠回りしてここまで来ているに違いない。あの終業式の日からずっと。もしかしたらもっと前からかもしれない。
花野には何か願いごとがあるんだ……。何度も祈るほど、切実な願いが。