1
『父さん、僕がんばるね、絶対に優勝するね!』
父さんのがさついた手が、僕の頭をガシガシと撫でた。僕はこの手に撫でられるのがとても好きだった。
『では只今より、小学生の部、決勝戦を行います』
相手は父さんの道場で空手を習っている友だちだった。友だちだからって手加減しないよ。だって、父さんが僕にみっちり稽古をつけてくれたんだもん。
『やぁっ!』
僕の放った蹴りが、相手の頬をかすめた。相手は動揺し、動きに隙ができる。
今だ! 僕は右拳を突きだした。相手はさせじと腕で僕の拳を払いのける。
その時……汗で足が、滑った。
僕の体は前のめりになる。僕たちは絡まりあって、床に倒れこんだ。審判がいったん試合を止める声がした。
『ごめんなさい! 大丈夫⁉』
僕は跳ねるように立ちあがった。そして、友だちの体を起こそうと、手を差しのべた。
『いたい……』
『大丈……夫……?』
『足が……』
友だちは膝を抱えこんで動かない。試合は中止になり、大人たちが集まってきた。友だちが運ばれていく中、僕は腰を抜かしたまま呆然としていた。
神様、助けてください。あの子の足を治してください……!
怖かった。僕は何のために戦っていたの? 父さんに喜んでもらうため? あの子に怪我をさせるためなんかじゃないのに!
僕は必死で神様にお願いした。……だけど、あの子は医務室に行ったまま帰ってこなかった。そのまま僕は優勝した。
医務室へ運ばれていったあの子は……僕を涙目で睨んでいた。
神様なんていない。
その時に決めたんだ。もう二度と……戦うもんか。
*****
「う……悪夢だ……」
あれは小学五年生の夏休み。あの日のことが夢に出てくるなんて。
夏に窓を閉め切って昼寝するもんじゃないね。クーラーをつけて寝たはずなのに、いつの間にか電源が切れていた。誰が切ったんだろう、妖精さんかな?
今日は一日、家で寝転がっていた。宿題でもしてみようか、と思い机に向かってみたものの、いろんなことが頭の中で渦巻いて、ちっとも捗らなかった。……いえ、嘘です。単に問題集の内容が全然分からなかっただけです。
問題集を脇に追いやった後、瞳のことを考え。昼飯のオムライスを食べながら玉井のことを考え。その後、ベッドで寝そべって、天井と睨めっこしながら今後の僕のことを考え。……気がついたらそのまま寝てしまっていた。
夢のせいで完全に目が覚めてしまった。それにまたあの嫌な夢を見てしまったらと思うと、もう一度ふて寝する気にもなれなかった。
「五時、か」
家にいてもさっぱり考えがまとまらない。日も傾きかけているし、外も涼しいかもしれない。
「散歩でもするか」
行先は適当。僕はサンダルを履いて外に出た。足は自然と、三人で過ごした場所へと向かっていた。
蝉の鳴き声がする。確か、これってオスがメスを呼んでるんだよね。違ったっけ?
僕も隣に誰かいてほしいなって、そんな気分だよ。