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僕は数えきれないほどたくさんの紙袋を両手に抱え、駅前行のバスに乗りこんだ。
昼食の後、僕はCDショップでCDを一枚買った。今流行りのアイドルユニットのやつ。
玉井は興味なさげにしながらも、何やらそわそわしていて……僕がCD貸してあげるよって言ったら嬉しそうにしていた。
その後寄った服屋で、瞳が選んでくれた服を何着か試着した。どれにしようかなって僕が迷っているうちに、どうやら二人は勝手に僕の服を選んでしまっていたみたい。
どの服がいいかな……振り返って聞いてみたら、清算済みの服が入った紙袋を押しつけられてしまった。もちろん、支払いは後日でいいからね、とレシートも一緒に。
最後は、また二人は自分たちの買い物に専念してしまい、再び僕は荷物持ち役に徹した。紳士というより、執事な一日だったよ。
「優人くん、ごめんね、たくさん荷物持たせて。大丈夫?」
「甘やかしすぎだ、瞳は。こいつにはこれくらいの扱いがちょうどいい」
玉井さん、よく分かってらっしゃる。飴と鞭ってやつだよね。
玉井は瞳の手からカバンを強奪すると、僕の体がよろめくほどの勢いで押しつけた。危うくカバンを落としかけたけれど、すんでのところで持ち直す。僕の両手にかかる質量が急に大きくなった。
駅前のバス停までまだ三十分はかかる。僕の両手がこの質量に耐えられるか……大いに不安。
「もうすぐ、約束の期限だな」
玉井が唐突に《黒猫》モードに切りかわった。
忘れていたわけじゃない。でも、極力考えることを避けていた。僕はどうするべきかを。
「優人くん、今日はゆっくり休んで。そして……ゆっくり考えて」
「……うん、そうする」
そういえば、ここのところ、瞳と玉井に振り回されっぱなしだった。一人で落ち着いて考えをまとめる時間なんてなかったことに気づく。
その後、二人ともプッツリ黙りこんでしまった。僕はどうしたらいいのかわからず、とりあえず窓の外の景色を目で追う。僕はちゃんと決断できるんだろうか。そんな不安をなんとか打ち消そうとブンブンと頭を振った。
「次は大辻、大辻~。降りられる方は降車ボタンを押してください」
運転手のだるそうなアナウンスが流れる。玉井は座席の手すりにある降車ボタンを、背伸びして押した。
「じゃあ、私ここで降りるから」
「僕、送ろうか?」
「いや、いい。お前は瞳を送ってやって」
楽しかったはずの親睦会。だけど、もう考える時間が残されていないと思うと……楽しい気分はみるみるうちにしぼんでいった。
忘れたくない。でもただの学生の僕が――共犯者になるだなんて。
「悪かったな、私が下手うったせいでこんなことになってしまって。お前には申し訳ないことをしたと思ってる」
玉井はポーチからバスの回数券を取りだし、一枚ちぎった。
「大辻~、大辻~。ご乗車ありがとうございました」
玉井は僕の手から荷物を受けとると、クルリと僕たちに背を向け、バスを降りた。
客を降ろすと、バスは大きく一つ、身震いして発車した。窓から見える玉井の後ろ姿は……なんだかいつもより小さく感じる。
立っている僕の前で座っていた瞳が、僕のシャツの裾を握りしめていた。
「優人くん。優人くんがどっちの決断をしても、あたし、責めないよ」
瞳の声はかぼそかった。シャツを握る手が小刻みに震えている。
「もし優人くんがあたしを忘れても……あたしはちゃんと優人くんのこと覚えてるからね。ずっと」
いつもの元気な瞳とは対照的だ。そんな瞳を見ても僕の心は揺れたままだった。僕は臆病なのかな。
「僕には……まだ決められないよ」
答えなんて浮かばなかった。