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愛玩ファントム 〜真夏の夜のエトセトラ〜  作者: 山石尾花
体験! 【八月三日 土曜日】
32/100

6

 公園にあるブランコ。二つ並んだそれに僕と黒猫はそれぞれ腰をおろした。


「粒あんとこしあん、どっちがいい?」

「どっちでもいい。……そのあんぱん、外見じゃ、どっちの側につぶあんかこしあんが入ってるか、区別できないだろ」

「そうだけど、好みがあるなら聞いておこうと思って」


 僕は黒猫に手渡されたあんぱんを真ん中で二つに割った。

 どうやらこのあんぱんは、僕の初仕事に対する報酬らしい。僕の大好きな「たっぷり二色あんぱん」。


「ほら、お茶」


 黒猫はバッグから紙パックのお茶を出す。いったいそのバッグ、何が入ってるの? 未来の猫型ロボットもびっくりだね。

 一仕事終えてすっかり空腹を覚えていた僕は、早速あんぱんにかぶりつく。あ、僕のはこしあんだ。


「初めてにしては上出来だと思う。よくやった」


 黒猫からのお褒めの言葉。まさかそんな言葉をかけてもらえるとは思ってなかった。

 だって今日の僕は超絶にどんくさかった。本当はもっとかっこいいところを決める予定だったのに。


「そうかな? 僕は焦って……黒猫の足を引っ張ってるだけだったよ」

「気にするな。私も最初はそうだった」


 もぐもぐと黒猫はあんぱんをかみしめた。


「最初の仕事って何だったの?」


 聞くつもりなんてなかったのに、自然と質問が口をついて出ていた。


「最初か……。確か借金のかたに奪われた婚約指輪を取り戻すこと、だったかな。その道の人の事務所に侵入して家探ししたな。結局、事務所にはなくて、まぁ……会長って呼ばれている人の家にお邪魔した」


 ………聞かなきゃよかった……。

 今回の仕事がたまたまイージーモードだったんだね……。


「その次の仕事はある会社に機密文書を……」

「もういいです」


 やばいヤマだってのは聞かなくても察しがついた。


「まあ……神様の眷属だ、なんて言ってるけど、やってることは泥棒だよ。胸を張って言えることじゃない」


 黒猫は自嘲気味に言った。

 泥棒。こそ泥。不法侵入者。

 神様の眷属だとか、みんなの願いを叶えているとか……飾りたてたことを言っても、結局誇れることなんて何一つない。

 誰に言われるまでもなく、黒猫が一番痛感しているのかもしれない。


「たまにわからなくなる。どうしてこんなことをしているのかって」


 そうつぶやく黒猫はとても痛々しい。だけど、僕は今日確かに人が喜ぶ顔を見たんだ。

 さなちゃんはあんなに嬉しそうにしていたじゃないか。

 吉行だって、さなちゃんが指輪を……いや、違うな、吉行のことを大切にしているって知ることができたじゃないか。


「……神様黒猫よりさ、怪盗黒猫の方がかっこよくない?」


 我ながらなんの慰めにもなってない。……説得力皆無だね。

 誇れることをしているわけじゃない……。それでもそうやってみんなの気持ちを救ってきたのは確かなんだから。ちょっとくらいかっこいい言い方してみたっていいじゃないか。

 黒猫は目をまんまるにして僕を見た。茶色の瞳の片隅に、月が映りこんでいた。


「ふっ……ふふふっ」


 どうしちゃったんですか、黒猫さん。急に笑い出して……変なの。


「それもそうだな。神様の眷属だなんて肩書き、とっとと捨ててしまえばよかったんだ」


 あれ、意外と元気になった? 僕のフリートークも捨てたもんじゃないね。

 黒猫は笑いながら立ちあがると、僕に手を差しのべた。


「帰ろう。瞳が心配して待ってる」


 僕はその手を取る。

 まだまだ結論はでないけれど、とりあえず今日はもう考えるのはやめよう。


 怪盗黒猫の手はあたたかかった。

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