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「さな、部屋で遊ぶ前に先に風呂に入ってこいよ」
「待って、今描きかけのお絵かきね、もうちょっとで終わるの」
「だめだ、お絵かきの続きは風呂の後にしろ」
吉行がさなちゃんの部屋にやってきた気配がした。さなちゃんとぎくしゃくしていたらしいけど、二人の会話はそんなこと、微塵も感じさせなかった。
なんだ、結構しっかりお兄ちゃんやれてるじゃないか。お兄ちゃん歴の長い僕からしてみたら、吉行なんてまだまだだけどね。
今度、僕が先輩お兄ちゃんとしてレクチャーしてやってもいいんだよ? お代は夏休みの宿題のノート貸してくれるだけでいいからさ。……まあ、吉行がさなちゃんのこと、しゃべってくれたらの話だけど。
「待ってよ~、お兄ちゃん。……あれ? あ……指輪、あった~!」
指輪を見つけたさなちゃんの声はとてもうれしそうだ。うんうん、ここまでしたかいがあるってもんだね。
「お兄ちゃん、指輪、机の上にあったよ!」
「ん? ほら見ろ、部屋のどっかに落ちてるはずだから、よく探してみろって言ったろ」
「違うもん、お友達とケンカして取られちゃって……。ううん、とにかく、なくなっちゃってたんだよ!」
「探し足りなかったんだろ? 結局部屋にあったじゃないか」
吉行のやつ……こんなかわいい妹の言葉を疑うとは言語道断!
「違うもんっ! でもね、この前、神社で神様にお願いしたの! 木の板にお願い書いたんだよ!」
「木の板……絵馬?」
「えま? ……分からないけど、貯金箱のおこづかい、ぜ~んぶ使ってお願いしたの!」
「お前……そんなことしなくても。言ってくれたらまた買ったのに」
「だめだめ。この指輪がいいの! これじゃなきゃ……お兄ちゃんに初めて買ってもらったのじゃなきゃだめなの!」
さなちゃん……なんていい子なんだよ。初美にも爪の垢を煎じて飲ませたい……切実に。僕は非常事態にも関わらず、不覚にも感動して泣いてしまった。だっていい話じゃないか!
僕の隣にいる黒猫も、なんだか少し口元が緩んでいる。その目は優しかった。
「そうか、よかったな、見つかって」
吉行のその声があんまり暖かかったから、僕はそっと中を覗いてみた。吉行はさなちゃんの頭をポンポンと撫でている。さなちゃんは天使の笑みで吉行を見つめていた。
よかったよかった。これで一件落着だね。さあ、さなちゃん、そろそろお風呂に入ってこようか。そうしてくれないと僕たち逃げられないからね!
「でも、今度は色鉛筆なくなっちゃった。赤いの」
「どこに置いたか覚えてないのか?」
「机にあったんだけど……」
……それ、気づいちゃう? まずい。盛大にまずい。
赤鉛筆はベランダにあるんだな、これが。でも……今ベランダに来られると困るんだよ!
黒猫もさすがに予想だにしていなかったのか、目つきが険しい。
「あ、ベランダに落ちてる! なんでかなぁ?」
さなちゃんがトタトタとベランダに近づいてくる足音。見つかるのは時間の問題だ。
どうする、僕たち!