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ワイヤーが巻き取られる勢いで、僕の体もベランダに引き寄せられる。タンッと足で壁を蹴り、手すりにしがみついた。右足をなんとか壁に引っかけ、ベランダによじ登る。そぅっと、レースのカーテン越しに僕は部屋を覗きこんだ。
白と薄いピンクを基調にした、女の子らしい部屋だ。ベッドの上には巨大なクマのぬいぐるみがある。
ここにかわいい女の子が寝てるんだなぁと思うと僕はあのベッドにダイブしてもふもふしたくなるよ。……おっと、いけない、女の子のこととなるとついシリアスになりきれないのが僕の悪い癖。
壁にはクレヨンで描いた絵が何枚も貼ってあった。その中の一枚に「おにいちゃん さな」と書かれた絵もある。
「ここからは座標交換の力を使う。机の上にある色鉛筆……あれと指輪の位置を入れかえる」
黒猫の指ししめす先、机の上には赤の色鉛筆が一本。黒猫は静かにするように、と人差し指を唇に当てた。そのしぐさにちょっぴりドキドキしながら、黒猫を見守る。
「座標交換」
あの時……僕たちが出会った時と同じように、黒猫の手の平に光の粒が集まりだした。そこにある指輪の輪郭がだんだんぼやけてくる。
こんなに間近で見たのは初めてだ。見れば見るほど不思議な気持ちになる。……これが、神様に与えられた力。
「消えた……」
指輪は黒猫の手の平から完全にその姿を消した。その後、再び光の粒が集まる。それは光の棒を形作ると、パッと霧散した。
そこに現れたのはさなちゃんの赤い色鉛筆だ。色鉛筆があった場所にはおもちゃの指輪がキラキラと月明かりを反射していた。座標交換は大成功ってことかな。
「よし、撤退する」
黒猫は色鉛筆をそっとベランダに置いた。そうだね、早く帰って瞳に報告しないとね。僕は立ちあがろうとした……その時。
「ごちそうさまでした!」
「……っ!」
「わわわっ!」
パッとさなちゃんの部屋の明かりがついた。夕食を食べ終えたさなちゃんが部屋に戻ってきたみたいだ。
僕と黒猫は、団子になってベランダの隅に飛びのいた。
部屋の中からは僕たちのことは見えない……はず。黙ってこんなところにいる後ろめたさのせいか、どこに隠れても見つかってしまう気がしてならない。
さなちゃ~ん、もうちょっとゆっくり食べてくれていいんだよ! なんならデザートもう一品追加してもらってよ!
焦る。パニック。あわわわわ。
ちらりと横目で黒猫を見る。黒猫は非常事態でも冷静さを欠いていなかった。もしかしたら、この程度のことは想定の範囲内なのかもしれない。