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「これ」
そう言って、玉井は僕の目の前に黒いボディバッグを放りなげる。おそるおそるバッグのジッパーを開けると、中には細々とした道具がいくつか入っていた。試しに適当な道具を取りだしてみる。
何の変哲もないアナログ腕時計だ。ベルト部分はラバー素材で、かなり軽い。文字盤の横にあったボタンを押すと、文字盤のガラス部分がパカッと開いた。ガラスの中心には狙いを定めるための印がついている。
「こ……これはもしかして……時計型の麻酔……」
「違うから」
「じゃあ、蝶ネクタイ型の変声器は?」
「ないって」
玉井がすかさずツッコミを入れる。僕と玉井の掛けあいを聞いていた瞳がくすくすと笑っていた。
だって要さんのデスクの本棚にあるのは、頭脳は大人な小学生探偵が主人公の漫画全巻セットじゃないか! 例のあの麻酔銃だって勘違いしたって不思議じゃないよね!
「これは時計型ワイヤー」
玉井は時計を自分の左手首につけると、天井に向けてボタンを押した。シュルルと小気味よい音を立ててワイヤーが飛びだす。むき出しになっている天井の金属柱にワイヤーは勢いよく巻きついた。
「す……すごいっ!」
スパイみたいだ! これにときめかない男は男じゃない!
「当たり前だ、私の父さんが作ったんだから」
玉井は臆面もなく要さんのことを自慢した。聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらい誇らしげに。
「もう一度ボタンを押すとワイヤーが自動で巻きとられる。この力を使えば体を移動させることができる。あまり高いところは無理だけど、普通の塀くらいなら余裕で越えられる」
おお、と僕は感嘆の声をあげていた。素人レベルの発明なんてたかが知れている……そう思っていたけど、結構本格的だ。
「これは暗視マスク」
次に玉井はバッグの中からマスクを取りだした。薄型のそれをペタリと僕の顔に張りつける。確かこれって……玉井が黒猫姿の時につけていたものと同じだ。
「スイッチ一つでカメラが切りかわる。暗いところでもこれで視界を保つことができるんだ」
僕はマスクをまじまじと見つめた。しかし、ほんっと、よくできてるなあ。
おもむろに玉井は本棚から分厚い本を選ぶと、投げつけるように僕に手渡した。表紙には『説明書』の文字。
「バッグに入ってる道具の使い方、それ読んで覚えておけよ。明日、あんたも私の仕事についてくるんだからな。そんなに難しい仕事じゃないから安心しろ」
明日の仕事? そんなこと僕、初めて聞きましたよ?
「えと……僕も行くの? 玉井の仕事に?」
「そうだよ~。だって、この五日間考えているだけじゃ、あたしたちの仕事わからないでしょ? いろいろ体験してもらって、それから結論を出しても遅くないんじゃないかな」
「む……無理無理っ! いきなりなんて無理だよ~!」
この人たちはいったい何を言ってるんだ! 僕みたいな初心者が一緒に行ったら……それこそ国家権力、警察機構に一発で捕まっちゃうじゃないかっ!
「難しくないって言ってるだろ。あんたはただ遠目に見てるだけでいい」
僕たちが大揉めに揉めていると、部屋の扉が急に開いた。扉の向こうには坊主頭にバンダナを巻いた見慣れた立ち姿が。
「か……要さん!」
要さんは強面でズンズンと僕の方に近づき、懐を探りだした。そこから飛びだすのはいったい……どんな拷問道具なんですか⁉
僕はギュッと目をつぶった。
「わあ~~~! ごめんなさい、すみません! 消さないで~~!」
「採寸するだけだ」
ダンディズムあふれる甘いボイス。僕はゆっくり目を開けた。要さんの手には、採寸用のメジャーが握られていた。かわいいピンク色だ。
「腕を水平にあげて」
僕は言われるがまま、なすがまま。要さんはてきぱきと僕の体のすみずみまで測っていく。
「か……要さん?」
「瀬野くん用のボディースーツを作る。防弾、防水、耐衝撃。明日までには間に合うから心配しなくていい」
要さんに心配しなくていいって言われると、なんだか安心するなぁ……じゃなくて。
僕には同行を拒否する権利は皆無なんですね。僕はガクリと肩を落とした。