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「え……あ、ううん、まだ決まったわけじゃないんだよ」
そういえば……玉井家当主が代々《黒猫》って呼ばれてたんなら……夕子ばあちゃんも《黒猫》だったのかな?
「お前さんに那智のサポートなんぞできるもんかい。さっさと記憶を消してもらえ」
「へ?」
優しい夕子ばあちゃんはどこへやら。
……玉井のきっつい性格って夕子ばあちゃん譲りなんだね。二言三言、言葉を交わしただけなのにこの破壊力。いろいろなものが胸にグサッと突き刺さるよ。
「ばあちゃん、『部屋』、借りるね」
夕子ばあちゃんは餡を混ぜる手を休めずに、玉井を見て顔を綻ばせた。
「ああ、鍵はあいてるよ。瞳ちゃん、いらっしゃい」
「夕子ばあちゃん、こんにちは! アイスクリーム、ごちそうさまでした!」
目を細めながら、そうかいそうかい、とつぶやき、夕子ばあちゃんは瞳を愛おしそうに見つめた。
「あの、僕も……アイスありがとう」
いつもの調子で夕子ばあちゃんに話しかける。普段通りに振る舞ったつもりなのに……。
夕子ばあちゃんは勢いよく木べらを振りあげ、僕に猛然と食ってかかった。木べらにこびりついていた餡が飛びちり、僕の頬にベチャリと付いた。山姥に負けず劣らずのすごい形相だ。
夕子ばあちゃん、あんまり興奮したら心臓に悪いよ!
「あちっ! ばあちゃん、そんなもん振り回したら危な……」
「やかましい! いいかい、あんた。那智にもしものことがあったら……ただじゃおかないからね! 二度と店の敷居はまたがせないよ! 分かったかい!」
着物に割烹着姿、淑やかな夕子ばあちゃんのイメージは完全に崩れさった。あれはいわゆる営業用のスマイルだったんだね。
今の夕子ばあちゃんの方が、闇夜で能力を駆使して飛びまわる……というイメージにピッタリだ。僕は夕子ばあちゃんに怒鳴られたにも関わらず、その姿を想像して自然と笑みがこぼれた。
「この若造が! 何がおかしい!」
「いや、おかしいとかじゃなくてさ。そうだよね、それくらい強くないと《黒猫》なんて務まらないよね」
「ば……ばあちゃん、落ち着いて。私は大丈夫だから、な?」
玉井は夕子ばあちゃんを背後から抑えにかかった。さすがの玉井も夕子ばあちゃんの剣幕に気圧されたみたいだ。
「それがどうした! ぐだぐだ言ってねぇで、那智の足引っ張らんように、シャキッとせんか!」
「ばあちゃん! まだあいつ、仲間になったわけじゃないから! それに……いざとなったら記憶を消してしまえばいいんだから!」
その言葉は効果てき面、ピタリと夕子ばあちゃんの暴走が止まった。そして……僕も固まった。
記憶を消す……わかっていたけど、言葉にされるとやっぱり、つらいよね。
僕の様子を見て、夕子ばあちゃんはフンっと鼻を鳴らす。僕をひと睨みすると、黙って仕込み作業へと戻ってしまった。僕の心の声が聞こえてしまったのか……夕子ばあちゃんはもう何も言わなかった。