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僕が逃げるよりも早く、瞳の手が空を切る。瞳の右手が僕の額にかざされ、それと同時にかざされたところがじんわりと熱を帯びてきた。
……もしかして、今、過去を読んでる……?
「優人くんが一番最近買ったえっちぃ本のタイトルは『旅は道連れ、世はマダム ~全国巨乳めぐり~』」
ひ……ひゃああああああああああああああああああああああああああ!
「ひひひひ瞳さん、君はいったい何を……!」
「近所の本屋さんで顔ばれしちゃうと嫌だから、わざわざ電車で一時間かけて買いにいったんだよね?」
ななな、なんで! なんでばれてるの!
「その本、今は優人くんのコレクションが入ってる引き出しに大切にしまってあるんだよね。ちなみにその引き出し、普通の教科書が入った引き出しなんだけど、教科書を全部取り除いて底板を外すと、実はまだ収納スペースがあって……」
「え! あ、あそこか! 忍びこんだ時見たけど……気づかなかったぞ!」
「や……やめてえええええ!」
ら、らめえええええ! もう優人くんのライフはゼロよっ!
「信じます、信じます、瞳さんの話、信じますから~!」
瞳はしてやったりという表情で、ふんっと鼻息を荒くした。
「瞳……どS」
「そこっ! なっちゃん、ちゃんと聞こえてるからねっ!」
ビシィッと瞳は玉井を指さした。僕……瞳の知られざる一面を見ちゃった気がするよ……。
「え~と、あたしの話を信じてくれたのならそれでいいの。ちょっと手荒なことしちゃったね。ごめんなさい」
瞳は素直に頭を下げて、僕に謝った。
「それで、ここからが本題。優人くんには二つの選択肢が与えられます。一つは《白犬》と《黒猫》に関して聞いたこと、見たことをすべて忘れること」
「すべて?」
「そう、白河瞳の存在も、玉井那智の存在も含めて、全部」
「ちょ……ちょっと待って。瞳や玉井の存在を忘れるってどういうことだよ!」
「あたしが優人くんと出会ったところから……今日までの思い出をすべて。あたしたちはまったく顔も知らない、赤の他人同士になるの」
「そ……そんな簡単に忘れるなんてできっこないだろ! 瞳、何言ってるんだよ!」
「あたしたちは自分たちの力のこと、自分たちがしていること、今まで秘密にしてきた。秘密を知っている人がいると……困るのよ」
瞳の目も声も冷たかった。瞳が遠く、手の届かない存在になった気がする。
こんな瞳、僕は知らない。僕はぎゅっと下唇を噛んだ。
「記憶を奪う方法ならいくらでもあるわ。ずっとそうしてきたんだし、これからだってそうしていくつもりよ」
瞳との思い出が現れては消えていった。走馬灯っていうのかな? 楽しいこともあったし、喧嘩したこともある。どれも本当にいい思い出で、大切だ。
だから余計に許せなかった。どうして簡単にそんなことを言ってしまえるんだよ……!
「だから最後まで聞けって。瞳、選択肢は二つだって言っただろ」
そうだ、まだ道があるっていうことか。今までのことを忘れずにいられるのならなんだっていい!
僕は食いつくように瞳を問いただした。
「も、もう一つは? もう一つの選択肢って何なんだ!」
「もう一つの選択肢は……あたしたち二人の共犯者になることよ」
え……? 僕はたまらず聞き返した。バカな質問だってことは百も承知。
「あのさ……僕、誰にも言わないよ? だから今まで通り……みんなで仲良く、ってわけにはいかない?」
瞳は僕と目を合わせようとしない。
「できない。私たちのことを忘れてもらうか、共犯者になるか。どちらか一つだよ」
そして瞳は口をつぐんでしまった。これ以上僕に言うことは何もないと言わんばかりに。