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「絵馬の願い事しか叶えられないけど、犬と猫は奪われたものを取り戻す神様になったの。これでも一応、あたしたちは神様の力を受け継いでいるんだから」
「……えらく限定的な力なんだね。神様になったんだったら、いろんな願いを叶えてくれる力をくれたっていいのに」
「まあ、日本には八百万の神様がいる、って言うしね。どの神様にも得手不得手はあるよ。縁結びの神様がいたり、学業の神様がいたり……それと一緒だよ」
瞳は人差し指を口元に添え、秘密めいた感じで言った。そう言われれば、なんだか納得。
「さっきの昔話が白河神社の始まり。この場所は、娘と二匹が住んでいた場所の名残」
すると、唐突に瞳はごそごそと胸元を探り始めた。
「ちょ、瞳、こ……こんな白昼でっ」
僕はあたふたと慌てながら両手で顔を覆った。もちろんちょっぴり指の隙間から覗いているのはお約束……。瞳って、意外と大胆さん!
「おい、そこの変態。何期待してるんだよ」
「え?」
僕は頬をほんのり桜色に染めながら、顔を覆っていた手をおろした。
よくよく見ると、瞳の首元にぶら下がっていたのは、チェーンでつながれた鉄製の古めかしい鍵。どうやらその鍵をペンダント状にしていつも持ち歩いているようだ。胸元に手を突っ込んだのは鍵を取り出すためだったのか……なぁんだ。
瞳は本殿を閉ざしている、黒い大きな南京錠にその鍵を差し込んだ。重く鈍い音を立てて鍵が外れ、扉は軋みながらゆっくりと開いた。瞳は大またで本殿の中へと入っていく。
瞳は手招きして僕たちを本殿の中に招き入れた。瞳に続いて玉井、そして僕が入る。薄暗くてはっきりと中の様子はわからなかったけど、しばらくすると目が慣れてきたのか、ぼんやりと構造くらいは見えるようになった。
そんなに広くもない本殿。奥にある神棚にはご神体らしき鏡があった。
古い木のにおいと、締め切った場所特有のかび臭いにおいがする。人は立ち入るべきじゃない……そんな神聖な感じ。俗世の欲望に染まりきった僕なんかが入ってもいいのかな。お邪魔します、神様。僕はペコリと頭を下げた。
「あれが白河神社のご神体、『八重之鏡』。昔話で娘が持っていたもの……犬と猫が商人の手から取り戻した鏡よ。あたしたちのこと、ずっと昔から見守っていてくれてるの」
瞳は鏡を手に取り、僕に手渡した。こんなキーアイテム、僕なんかに触れさせていいの?
ちょっと戸惑いながらも、僕はその鏡を受けとった。
鏡の直径は二十センチくらいで、金で縁どられている。鏡の裏は漆塗りで、大きな椿の模様があしらわれていた。一見派手な椿とは裏腹に、目を凝らすととても細部まで繊細に描かれている。
「シンプルだけど、いい代物だよ、この鏡。人をだますってのは最悪だけど、商人の審美眼は確かだったんだと思う。あまりご神体っぽい感じはないけどな」
玉井は僕が思っていたのと同じようなことを言った。
「でもさ、あくまで昔話だよね。単なる言い伝えだよね? それ以上でもそれ以下でもないじゃないか」
僕は瞳に鏡を返す。瞳はきれいな布で丁寧に鏡を拭き、神棚にそれを戻した。