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「でね、部長ったらすごいの! 三人がかりでかかっても、全っ然敵わないの~!」
初美のマシンガントークはとどまるところを知らない。一緒に登校する時はだいたいこんな感じだ。
「おはよう~」
「おはよう!」
僕たちの通う北野山学園の門が見えてきた。
夏休み直前の、朝の校門前はいつにも増してにぎやかだ。友達とすれ違いざま挨拶を交わす声であふれかえっている。少し汗ばんだ首元、薄い夏服、うっすら見える下着の線……夏って生命力に満ちてるよね! 夏万歳!
「あ、部長だ! おはようございます!」
隣にいた初美が、僕たちの前を歩く金髪頭に駆けよった。背筋を伸ばして歩くその姿はまさに威風堂々。金色の髪が夏空にふわりと溶けた。
「あら、初美、ごきげんよう」
「初美様、おはようございます」
彼女は北野山学園中等部三年、空手同好会主将の西園寺ありす。
日本経済を牛耳る西園寺コーポレーション次期社長、生粋のお嬢様だ。外国人である母親譲りの金髪と薄い青色の瞳が、より一層この学園での西園寺の存在感を大きなものにしていた。そして隣にいるグレイの髪、ピンと整った口髭をたくわえた老紳士は西園寺家筆頭執事の高遠さん。
西園寺は後輩である初美のことをとても可愛がってくれている。……思わず百合展開を期待してしまうほどに。
初美にとっては強くて優しくてかっこいい、憧れの先輩なんだって。逆に僕に対してはこの上なく冷たい。
極度の男性嫌いだって初美は言ってたけど、いつかデレてくれるんだって僕は信じてる。
「高遠、もうよくってよ。お下がりなさい」
「はっ。ではお嬢様、下校の刻にお迎えにあがります。いってらっしゃいませ」
セーラー服のスカートから伸びた、長く白い足。黒いハイソックスが西園寺の足をより一層引きしめて見せている。でも、僕はどちらかというと、夏は白ソックス派なんだ。試しに一回履いてみてほしい。
「西園寺、おはよう」
「初美、明日から夏休みね。しばらく部活も休みだし……あなたに会えなくてわたくし、とてもさみしいわ」
西園寺は初美のあごにそっと手を添え、耳元で熱く囁いている。その青い瞳にはどうやら初美しか映っていないようだ。僕はめげずにもう一度声をかける。
「西園寺、おはよう」
西園寺は力いっぱい迷惑そうに眉をひそめ、冷ややかに僕を一瞥した。
「あら、初美のごみお兄様。蚊に全身の血を吸い取られて干からびてしまえばよろしいのに」
可愛い後輩の兄をごみ虫呼ばわり。氷点下の視線も、慣れたら癖になってくるんだよ。
一方、初美は実の兄をごみ虫扱いされたにも関わらず、満面の笑みで西園寺にまとわりついて離れない。
「初美に近づく男はすべてごみ虫ですわ。お兄様も例外ではありませんことよ」
西園寺にとって初美は純粋そのものであるらしい。兄であろうが男を近寄らせたくないんだって。西園寺の潔癖ぶりはまさに徹底していた。
「ではお兄様、わたくしこれから初美と朝のお茶をいただきますの。ごきげんよう」
「じゃあね、お兄ちゃん、また後でね!」
お茶の時間っていっても、もう始業のベル鳴っちゃうよ?
そんなことはどうでもいいのか、西園寺と初美は中等部の校舎とはあさっての方角へと遠ざかっていった。