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ぱんでみっ!  作者: 陽碧鮮
第壱章 始まる生活 終わる日常
7/34

見切りと駆け引き

         ☆


 俺は走っていた。ただ無心に、ただ寮を目指して。

 その途中に何度目かもわからない振り返りをする──よかった誰もいない。とりあえず作戦は順調だ。


 時は姫野が自室へと襲撃してきた事件からすぐ翌日のこと。帰りのホームルームが終わると同時に教室を出た俺は全力で走っていた。今日、授業中必死に考えた作戦を実行へと移す為に。


 走る勢いを利用して寮の階段を二段飛ばしで駆け上がり、少しして見えてきた自身の部屋を一直線に目指す。そして急いで部屋に入ると内から鍵をかけてそのまま寝室のクローゼットへと向かい、息を潜めた。

 作戦の準備は整った。だが、気を緩めるのはまだ早い。脅威はこれから来るのだから。


 今どのくらい経った? 三十分にも一時間にも感じる数分は俺の心を確実に蝕んでいく。だが耐えろ、耐えるんだ。

 そんな永遠に感じるその時間は唐突に終わりを告げた。


 ──コツコツコツ。


 足音。その音が俺のいる部屋へと近づいてくることはすぐにわかった。


 汗が床へと滴る。それは決してここまで走ってきたことだけが原因ではないのは確かだろう。


 緊張からか、自然と呼吸が荒くなる。そんな極限の状態で俺は寝室のクローゼットに身を潜めていた。


 ──コツ。


 足音が410号室、つまり俺の部屋の前で止んだ。


 ──トントン。


 来た。いや、大丈夫だ。落ち着け。

 暗示をかけるように自らへ言い聞かせる。


 ──ドンドンッ!


 扉を叩く音が気持ち強くなる。だが作戦は順調に進んでいるんだ。ここが正念場だ。


 俺の考えた作戦。それは至って単純なものである。それすなわち居留守。単純だが、だからこそ鉄壁の守りとなる。


 ——ドドドドドドドドンッ‼︎


 ……あいつは太鼓でも習ってたのか?


 扉越しの来訪者は怒っているのか楽しんでいるのかもわからない軽快なリズムでノック音を奏でている。


 耐えろ、耐えろ、耐えろ。耐えるんだ。


 俺はクローゼットの中で丸くなってひたすら終わりが来るのを待つ。

 物事にはすべて終わりが来る。そう信じてやり過ごしていると、遂にそれが現実のものとなるときがやってきた。


 ……音が止んだ? か、勝ったのか……?


 俺はクローゼットから出るとドアスコープを覗きに忍び足で玄関へと向かう。


 理由は簡単。来訪者、姫野の悔しがる表情が見たいからさ。


 俺がレンガの家を建てた子豚で姫野(あいつ)は俺を食べに来たが家に入れない狼。ここまで適切な表現が他にあるだろうか? いや、ない。


『こんなときは昨日のうちに複製しておいたあれを…』


 外から姫野の呟きが聞こえたきたが、今更何をやっても無駄なので耳を傾ける気もない。


 そして、例えここで俺がパンツ一丁になっても痛くもかゆくもないのだ。完全に調子に乗った俺は扉の目の前で服を脱いでいく。


『あったあった。これでお先にお邪魔させて──』


 ほらほら、入ってこれるものなら入ってくるがいい。片眼鏡カラコンコスプレ野郎。


 ──ガチャ。


 …………は?


 施錠が解除される音。聞き間違いかと思ったが、それが真実であると裏付けるように扉が開かれていった。


「お邪魔しま──」


「ど、どうも」


 空気が凍った。いつから俺は『凍る大陸(エターナル)』が使えるようになったんだ。


「こ、これには訳がありまして…」


 話せばわかってくれると信じてここまでの経緯を説明しようとする。まあ、それを説明しても半殺しにされそうな予感はするが。


 だが、俺が説明するよりも姫野のとる行動の方が早かった。


「きゃああああぁぁ!」


 姫野の大きな悲鳴が響き渡り──ってちょっと待て!


 ——バチンッ!


 言葉にする間もなく、思いっきり姫野に頬を叩かれた俺は吹っ飛びながら、また周りの部屋に謝りに行かないとな、なんてどうでもいいことを考えていた。


         ☆


 その後土下座をして許しを得た俺は姫野へ事の顛末を説明した。

 最初は土下座しても頭を踏まれてブチキレられてたけど。言っておくが俺にそういう趣味はない。


「ブスッとするなよ。謝っただろ」


「……別にブスッとなんてしてないし」


 してるじゃーねか。ああもう。

 俺は何とか姫野の気を別の方向へ逸らそうとする。そうだな──


「そういえばどうして部屋に入ってこれたんだ? 鍵をかけてた筈なのに」


「ああそれはね、昨日部屋に入ったときに鍵が置いてあったから型を取っておいたの」


 なにその商品があったから盗んだみたいな言い方。やったら駄目だからね?

 俺の表情から言いたいことは察したようだ。多分口に出してたらまたキレられてたんだろうけど。


「別にいいでしょ。あんただって居留守使ってたんだから」


 まあ、そうなんだけどさ。居留守は犯罪じゃないだろ。


「まあ、私にはそんな作戦はお見通しだったわよ。この力があるしね」


 そう言って左目を指す。俺の前では眼を閉じてないんだから急に中二ネタをぶち込むのはやめてもらいたい。顔を赤らめるくらいならやるな。


 ごほん、と恥ずかしさを誤魔化すように咳払いをする姫野。これでリセットされるほど俺は甘くないからな?


「それは置いておいて、本題に入るわよ。ほら、昨日言ったやつ」


 どうやっても場の空気を変えたいらしい姫野は強引に話を始めた。確か……、


「ああ、愚痴らせろってやつか?」


「そうよ」


 ……さいですか。


 というか本当にやるのか。あんまり気が乗らないなぁ。


「でも、ただ愚痴るってだけじゃああんたもつまらないでしょ? 他になにかしながら話しましょ」


 私、配慮できる女。みたいなオーラがすごい。それくらいして貰わなきゃ困る。


「そうね……気分が晴れることならなんでもいいわよ」


「急に言われてもなぁ…。俺はあくまで協力する側だから姫野が案出してくれよ」


 人様の家に乗り込んで脅迫してストレス発散に付き合わせた挙句その方法をも俺頼りにするのは流石にどうなんだ? ……いや、もう今更か。


 そんなことを考えているうちに姫野がいい案を見つけたらしい。単に痺れを切らしただけか。


「じゃああっち向いてホイで負けた方がビンタっていうのはどうかしら?」


 さすが姫野。中々えげつないセレクションだ。というか──


「女子に手を挙げるのは流石に…」


 倫理的に少し、いやかなり問題がある。そこまで俺は追い詰められてない。


 俺の紳士的発言によって別の遊びになる、と思いきや、明らかに俺を見下した顔で言い放った。


「大丈夫よ。あんたが勝つことはないから」


 うっぜぇ。というか聞き捨てならない。


「なんか私が絶対に勝つって言い方だな?」


「ええ、そう聞こえるように言ったもの」


 うっぜええぇぇ。勝ったとしてもビンタをする気はないが、こいつには敗北の味を教えてやる必要がありそうだ。


 研究室暮らしだった頃は暇すぎて職員全員とあっち向いてホイしたこともあるし、じゃんけんの研究もしていた俺に死角はないといっても過言ではない。メタメタにしてやる。


 暇すぎてじゃんけんの研究って……言ってて悲しくなってくるな。


「じゃあ始めるわよ」


「いつでもいいぞ」


「せーの、じゃんけん──」


 開始と同時に姫野の掛け声が聞こえる。ふっ、駄目だな。俺くらいの熟練者(エキスパート)になると掛け声は相手に任せて自分は声は出さない。全身全霊をゲームに込めるのだ。


「ぽん!」


 俺はチョキ、姫野はグー。

 俺の負けか。まあいい、ここから熟練者の華麗なる手捌き、ならぬ顔さばきをご覧入れよう。


「あっち向いて──」


 最初は左かな。顔を左側に向けながら横目で確認すると姫野の指先も左へと向かっていて──


 えっ? ちょっ…!


「ホイ!やったーーっ!」


 無慈悲な結果だけが残る。嘘だろ……?


「やったーー!」


 飛び跳ねて喜ぶ姫野。ストレスなんて微塵もないような表情だ。さっさと出てけばいいのに。


「思い返してみれば私の『見切りの魔眼(シー・スルー)』の『見切り』っていうのもじゃんけんで負けたことがないところから取ったのよね」


 ドヤ顔でそんなことを口にする。すごいすごい、じゃんけん一つでここまでドヤ顔になれるなんて俺知らなかったよ。


「……何か文句でもなるわけ?」


 俺の負の感情を感じ取ったのか、尖った声で聞いてくる。じゃあ言わせてもらうけどさ。


「たった一回勝ったくらいで何そんなに喜んでんの⁉︎」


 なんなの? 言っちゃ悪いけど、たった三分の一の確率が当たっただけだからね。というかまだ俺はウォーミングアップだからね?


 要するに俺が一番何を言いたいかというと──


「やり直しを所望する。今のは無しだ」


 こういうことだ。三分の一で俺が勝つはずなんだ……っ!


「はぁ?」


「異論は認めない。後、次からは俺が掛け声をかける。以上」


 俺は一回深呼吸をして精神を落ち着かせる。こんな単純なゲームだからこそ、読み合いが重要になってくる。ここで心を乱していては相手の思う壺だ。


「なになに? 本気でやるの? じゃあ私も本気でやらせてもらうわ」


 ふん、じゃんけんに本気もクソもあるか。だが、今の姫野は完全に俺を侮っているな。そこに狙う隙がある。勝機見たり。


 先ほどと同じく向かい合い、リビングは静寂に包まれる。


「いくぞ」


「かかってきなさい。せーーっの!」


 自然と拳に力が入る。


「じゃんけんぽん!」


 じゃんけんは姫野の勝ち。だが、まだ勝敗は分からない。勝った気でいるなよ。


「あっち向いてホイ!」


「…………」


 またストレート負け。だが、まだじゃんけんは九分の一の確率。たまたまで済ませられる範囲だ。


「じゃあ約束通り、ビンタするわね」


「……約束は約束だからな。来い」


 痛いだろうなあ。だが、約束した手前反故にはできない。覚悟を決めよう。

 姫野が大きく腕を振りかぶり、俺は覚悟を決めて目を閉じる。


「中二病って訳がわかんないのよおおぉ!」


 姫野が叫ぶと同時に乾いた音が響いた。


「なによ、『エリザベス』って! 関係ないじゃない!」


 赤坂のことか。お前もそれ思ってたんだな。って再び頬に衝撃が!?


「ちょっ…ストップ!」


「ん? どうしたのよ?」


 姫野が不思議そうに俺を見つめる。


「二回連続は違うだろ!」


「え? だって一回だなんて誰も言ってないわよ?」


「じゃあ今から無しだ。一回の勝利につき、一回。じゃないと身が持たない」


「しょうがないわねぇ」


 姫野か渋々、といった感じで承諾する。よし、次だ。


「せーの、じゃんけんぽん!あっち向いてホイ!」


「なにが『魂の盟約を刻みましょう。』よ! どういう意味か説明しなさいよぉぉぉ!」


 頬を叩かれながら姫野の声が聞こえてくる。そんなことがあったとは。俺の知らないところでお前も苦労してるんだな。


「そ、想像以上に痛い…で、お前はそれになんて返したんだ?」


 赤く腫れたであろう頬を擦りながらそう聞くと姫野は握りこぶしを作りながらギリギリと歯を食いしばった。

 やめてね? それで殴ったら泣くよ?


「『その盟約を受け入れましょう。私が龍を抑えているうちに。くっ! 眼が(うず)く…封印されし邪悪龍がっ!』と」


「てめぇも大概じゃねーか!」


 なんだよ邪悪龍って。てか何で盟約がなんたらって話から急に眼の話になってんだよ。

 中二病たちと話すのにそんな言葉知ってないといけないの? お前はバイリンガルか。


「まだまだ吐き足りないから付き合ってもらうわよ」


「望むところだ」


 数撃ちゃ当たるってな。何よりこいつに勝つまで引きたくても引けない。



「せーの──」



「あっち向いてホイ!」


「あっち向いてホイ!」


「あっち向いてホイ!」


「──向いてホイ!」


「──向いてホイ!」


「──向いてホイ!」


「──ホイ!」

「──ホイ!」

「──ホイ!」


「──あっち向いて──」



 姫野の一方的とも言える勝負が行われていた。もう何度頬を叩かれたか覚えていない。


 なんで? 確率ってのは収束するものじゃないのか?

 俺は感覚さえなくなってきた頬を抑えながら勝てない勝負を意地だけで続ける。……惨めだな。


「やったーー! また勝ったー!」


 姫野は両手を挙げて喜んでいた。その姿が俺の心の闇をより一層深くする。くっそ。


「面駅! これ凄くストレス発散になるわ! 次行くわよ、次!」


「あとは両手で頑張ってくれ。自分の手同士でじゃんけんすると脳が鍛えられるらしいぞ?」


 俺のライフは既に零だ。勘弁してくれ。


「えー? 一緒に楽しみましょうよ! たかが運の勝負じゃない」


 お前があれだけビンタをしておいて今更俺と一緒に楽しめると思ってる時点で駄目だ。

 楽しむ? そんな未来は絶対に訪れやしない。


「もう楽にしてくれよ。な?」


 だが、悪魔(姫野)はそう簡単に俺を苦しみの鎖から解放する気はないようだ。俺に一つの提案をする。


「もし、私に勝ったら何でも言うこと聞いてあげるわよ」


「っ!」


 チャンスだ。これでもし勝てれば今臨在関わるなという命令を聞かせることができる。やってやろうじゃねーか。


「好きなだけエッチな命令すれば? 勝てればだけど、ぷぷっ」


「するか!」


 完全に俺のことを舐めてるな。これならハンデくらい付けてくれるか?


「ただしお前は十回連続でじゃんけんに勝たないと負け、逆に俺はあっち向いてホイは無しで一回でもじゃんけんに勝てれば俺の勝利ということにしよう」


 運の要素を引き上げた。今の姫野には高確率で勝てるわけだ。これで何が起こるかわからない。

 まあ、このハンデはダメ元で聞いているし、こんな要求は通らないだろう。最終的にいいところに落ち着けばいい。


「全く問題なし」


 ……なめやがってぇ。絶対泣かせてやる。そうだ、次の勝負は最初はグーと見せかけて最初はパーの掛け声から始めてやろう。これで負けるはずがない。俺を本気にさせた報いだ。


「負けてからやっぱり約束は無し、とか言うなよ?」


「ふん、闘う前から負けたときの事を考える馬鹿がどこにいるっていうのよ」


 そんな軽口を叩き合いながら迎えた最後の勝負。


「せいぜい頑張りなさい?」


「いくぞ。せーの、最初は──」


 その幕が今切って落とされた。

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