魔眼使いの少女
☆
『次は秘密結社学園前〜秘密結社学園前〜。お出口は右側です。The next station is 〜——』
電車に揺られて二時間と少し。長かった電車旅も終わり、ようやく目的地に着くようだ。
「よし、行くか」
「ぐー……ぐー……」
俺は改札口を出てまっすぐ学園へと歩き出す。
忍田? もちろん置いてきたよ。寝て、ようやく静かになったと思ったらイビキがうるさかったし。隣にいた俺も白い目で見られたし。
まあいい、あいつとは今臨在関わる気なんて更々無いからな。おっ、校門が見えてきたな。
「…………」
校門、それは外界と学園を隔てる門。
そこは俺の青春時代の一ページ目となる筈の場所だった。
こんな地獄の門みたいな門じゃなければ。
なんだこれ? オシャレ? オシャレのつもりなのか?
「クハハハハッ! 流石は我が今生世話になる拠り所だ。これこそが我に相応しい!」
「天使である私にこのような門をくぐらせるとは…。なかなか面白い演出をしてくれますね」
なん…だと……もしかして俺の感性ズレてるの?
というかなんなの? 俺たちこれから閻魔大王に裁かれるの?
周りから聞こえてくる会話にいちいちツッコんでいる場合じゃない。
「閻魔の門…。ということはここに俺の親父がいるのか」
……ツッコまない。
とりあえず早くここを離れよう。心の衛生上良くない。
閻魔の門? をくぐり、先へと進む。
「なんで無駄に校門から校舎まで遠いんだよ。って、あれが校庭か。思った以上に広いな」
でもまあ、校庭が見えてきたということは校舎もすぐに見えてくることだろう。
しかし、校舎へと向かう俺を待ち受ける試練はこれだけでは終わらなかった。そこには——
「……魔方陣?」
学校の校庭に引かれるラインは確か消石灰が使われているんだっけ? まあそれで何故か魔方陣が引かれていた。一体なにを行うんだ?
「あの魔方陣の形…! まさか『あれ』を召喚するつもりか⁉︎」
「ここまでの召喚設備を揃えるとは、流石は天下に名高い秘密結社学園だ」
え? まさか俺以外は使い方がわかっているの? 普通は校庭に——というか学校にさえ魔方陣なんていらないだろ。
「あの魔方陣があれば、私の魔力をより一層増幅できる!」
…ツ、ツッコまないぞ。耐えるんだ。
校門と校庭を見た後にこの学園に希望を見出せと言われても無理な話だ。この先も嫌な予感しかしないが進むしかない。
あとは校舎か。前の二つが俺の理解の範疇を大きく超えていた為、校舎がどんなものなのか想像もつかない。
歩いていくと少しずつ校舎の全貌が明らかになっていく。
「これは…!」
そこにあったのは──
「城、か?」
そう。校舎というよりは城。外観はドラキュラ城に似ている。
よくもまあ、こんな建物を建てる金があったものだ。他の生徒たちも流石にこの城には驚い——
「どうしてこの私がこんな埃臭い学園に通わなければいけないの⁈」
「この俺が根城にするには些か地味なのでは?」
ぐっ…………ツッコんだら負けだ。ツッコまないぞ、ツッコむまい。
「……はぁはぁ…た、耐えた。俺の勝利だ」
もうここまでくれば安心だろう。ふぅ、緊張が解けたら尿意が…。トイレはどこだ?
「あれか?」
幸い、入ってすぐのところでトイレは見つかった。
「えーと、こっちが女子便所でこっちが男子便所でこっちが中立便所」
じゃあ早く済ませてしまおうか。俺は男のマークが描かれた方のトイレへと向か——
「いや中立っておかしいだろ!」
俺の心からの叫びは学園中へと響き渡った。
☆
俺が自分の教室へたどり着いたときには既に中は喧騒に包まれていた。
やっべぇ、これ。ここは本当に日本か?超絶カオス空間。
制服改造なんてここでは常識みたいだ。中にはゴシック調ロリータファッションをしている者や何かのコスプレをしている者もいる。
とりあえず俺は指定された席へと向かう。その途中で周りから様々な会話が聞こえてきたが、内容はほとんど理解できない。ここ日本だよな? どうしてユニコーンが〜とか勇者の俺が〜みたいな会話しか聞こえてこないんだ……?
俺、こいつらの輪に馴染める自身がない。入学初日でぼっちになりそうなのだが。
そうやって頭を抱えているうちに朝のホームルームを報せるチャイムが鳴ってしまった。チャイムと言ってもやけに低音部が組み込まれたアレンジチャイムだったけれど。そういうオリジナリティーいらねぇ。
はぁ、結局誰とも話さなかったな。
教師だろうか、外から足音が聞こえる。
その足音は教室の前で止まり、そして勢いよく教室の扉が開かれた。そこには──
「ギリギリセーフでござる!」
「てめぇかよ!」
入ってきたのは途中まで一緒に登校してきた馬鹿だった。
くっそ……金輪際関わらないと思ってたのに。よりにもよって同じクラスかよ。
「あれ? もしやそこにいるのは面駅殿でござるか? 同じクラスであったか」
やめろ、話しかけてくるんじゃねぇ。俺も同類だと思われるだろうが。
「先ほどは危機一髪だったでござるよ。あと数瞬目が覚める時間が遅ければ……。まあ間に合ったので結果オーライでござる」
親指を上げてグッジョブマークを作る忍田。俺にとってはバッドジョブだからな? バカっぽいから口には出さないけど。
とりあえずこいつを追い払うことが最優先。
「ほら、もうチャイムは鳴ったぞ。先生来るから席に着け」
「了解でござる」
馬鹿を追い払ったところでまた扉が開いた。今度こそ教師だろう。この学園の教師……今更何が来ても驚かまい。
「は?」
入ってきたのはフードを被った黒マントの人間。顔にはアノニマスの仮面をつけている。
おいおい、やばいぞ。学園テロってやつじゃないのか?
そいつはゆっくりと、だが着実に教壇へと向かっていく。
そして教壇の前で足を止めると生徒たちの方へ向き直った。
なんだ? この学園は占拠した、とでも言うつもりか?
まさに中二病患者が考えそうな妄想だが、現実に起きているんだから笑えない。
様々な考えが過るなか、その黒マントは口を開いた。
『これから朝のホームルームを始めます。出席を取りますので呼ばれた方は返事をしてください』
教師かよ!
ご丁寧に音声まで変えやがって。そこまでして個人情報秘匿にしたいのか? 帰りに銀行強盗にでも行く気なのか?
黒マントは出席を取り終え、全員が登校したのを確認すると再び口を開いた。
『それでは初顔合わせということで、朝のホームルームと一限を使って皆さんに自己紹介をしていただきます。名前、好きな食べ物、将来の夢、それから保有能力は最低限言ってください』
保有能力? なにそれおいしいの? なんで周りの奴等は常識みたいな顔してるんだよ。ちょっと待て……。
俺の心の声は、なんの能力も持たないこいつらに届くわけもなく、どんどん進行していく。
『それではまず先生から…。私の名前は霧野莉乃です。りのりのって呼んで下さい』
そんな仰々しい格好して女だったんかよ。男か女かなんてさしたる問題じゃあないんだけどさ。
『好きな食べ物はアップルパイ、将来の夢は学校の先生ということで既に叶ってます』
久しぶりにまともなことを聞いた気がする。こんな自己紹介を聞いて感動するのは後にも先にも俺だけだろう。
で、残りの保有能力っていうのはなんだ?
『保有能力は『断罪』。どんなに有能で優れた能力を持っていたとしても何かしらの罪を犯せばその者の能力を強制的に封印し、裁きを受けさせることができる能力です。一年間よろしくね』
要するに「悪いことをしたら怒ることができる」ってことか。本当によくできてるな。
『それでは、出席番号の早い生徒からどうぞ』
それに応じて1番の生徒が立つ。外見はどこにでもいる平凡な女子だ。
だが、外見なんて微塵も参考にならないことなんてこの学園に来てすぐの俺でも理解している。
さて、どう来るか──
「赤坂知恵と申します。好きな食べ物はケーキ、将来の夢は女王様です。保有能力は『命令』。私が出した簡単な命令になら誰でも従わなくてはならない能力です。気軽にエリザベスとお呼び下さい」
保有能力までの下りが全部吹っ飛んだ。なんだエリザベスって。エしか入ってないじゃねぇか。
しかも何でお前ら平然と受け入れてるんだよ。そっちの方が怖いわ。
……エリザベスエリザベス。この平凡な子がエリザベスね。……クラス替えまでに覚えられればいいなぁ。
そんなことを思っている間に次の生徒の自己紹介へと移ろうとしていた。
一応クラスメートになるやつだから、自己紹介くらいは全員聞いておかないと。
「僕の名前は枝野宗介。好きな食べ物も嫌いな食べ物も無い」
まだ何もこいつのことわかってないんだけど。歩み寄る気はあるの?
「将来の夢は世界に名を残すこと」
そうかそうか、そんなやつに凡人の俺が関わるのは恐れ多くてできん。当分は関わることは無さそうだ。
「保有能力は『凍る大陸』。氷を司る能力だ。氷帝とでも呼んでくれ」
痛いな。しかしあれがこの学園内でのスタンダードタイプなのだろう。研究所で目にしてきた資料の内容を実際に目にするとキツいものがあるが、まあ数日もすれば慣れることだろう。
……そう信じたい。
それで、そろそろツッコミにも疲れてきてたところなんだが、次の生徒は——
「はい! 拙者の名前は忍田咲良! 好きな食べ物は羊羹で嫌いな食べ物は人参! 将来の夢は一流の忍になることでござる! 保有能力は『隠密』! 気配を消すことができる能力でござる!最近猫を飼い始めたでござるよ! よろしくでござる!」
お前だったか。全ての文の最後に「!」がついている時点で既に馬鹿っぽいな。
こいつとも関わらないのが吉だろう。
そんなこんなでその後も順調に自己紹介は続いていき、遂に俺の番となった。
「つ、面駅秀勝です。好きな食べ物は甘い物全般。将来の夢は…まだ決まっていません。えーと…保有能力はありません。無能力です」
——ザワワワッ!
俺が自己紹介を終えると同時にクラス中が一斉に騒ついた。
いや普通だったからな? お前らのに比べたら。地味とか言ったら怒るからな?
「無能力だと⁉︎」
「能力持ちに無能力で対抗しようとしているのか⁉︎」
クラスメイトたちは信じられないものを見たという眼差しを俺に向ける。いや、別に嘘つく気なんてさらさらないからね?
「っ! 俺は理解ったぞ。こいつは保有能力を敢えて偽ることによって俺たちの保有能力を把握しつつ、自分の能力を周囲に悟らせないという姑息な手段に出たのだ!」
「「「「「それだぁぁぁぁぁ!!」」」」」
ちげーよ! という言葉が喉元まで出かかったが、何とか飲み込む。なんかもう面倒くさかったし。
そして俺の番が終わり後ろに順番が回っていく。言わずもがな俺の後の奴等は保有能力を隠して自己紹介。当たり障りのない自己紹介が続いた。
「——保有能力はない。よろしく頼む」
ふぁぁぁ。退屈になってきたな。次の奴は…。
そいつは一番前の席を立つとクラスメイトの方に向き直った。
「片方だけ閉じられた眼…まさか魔眼使いか?」
「ここまでの逸材がただの生徒として収まっているとは…。やはりこの学園は粒が多い」
クラスメイトたちも俺の時とは明らかに異なったざわつきを見せ始める。魔眼使い、と呼ばれたその少女はそんなざわつきを掻き消すように口を開いた。
「姫野舞姫。好きな食べ物も将来の夢も無いわ。保有能力は『見切りの魔眼』。よろしく」
整った顔立ちに気の強そうな目。髪は肩のあたりまで伸び、よく通ったその声はクラスメイトたちの耳を釘付けにする。
そして何より特徴的なのは左眼に掛けられた片眼鏡であろう。眼鏡を付けているにも関わらず、何故か左眼は固く閉ざされている。
なんで目を閉じてるんだ? 病気、でもそれなら眼帯だよな。オシャレですか? なんて聞いたらあの氷の目で射殺される気がしてならない。
こいつも関わらないのが吉だな。
姫野と名乗ったその少女は周囲の視線に意に介さず、何てことないように平然と席に座った。
その後も自己紹介は続いたが、姫野のようなクラスメイトたちを沸かせるような生徒は現れず、無事幕を閉じた。