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ぱんでみっ!  作者: 陽碧鮮
第壱章 始まる生活 終わる日常
2/34

大和撫子、あるいは忍

         ☆


 『中二病』。



 それはおよそ30年前に初めて日本で発症が確認されたれっきとした病気である。


 初の中二病患者が確認されてから僅か1年という短期間で世界中に蔓延(まんえん)し、世界を揺るがせたその病気はウイルス感染から起こる感染症とされていたが、肝心のウイルスを発見することができず、長らくその真実は謎に包まれていた。


 しかし、今から約5年前、2045年に通常のウイルスよりも更に小型のウイルスによって引き起こされる病気であることが判明し、さらなる衝撃を全人類へともたらした。


 (中略)


 ウイルスを発見した日本チームはこのウイルスを中二病という言葉の頭文字をとって『C—ウイルス』と命名。


 そのC—ウイルスによって引き起こされる病気、中二病とは身も蓋もない言い方で説明するならば、「自分が特別な存在であると誤認する病気」という表現が最も適切だろう。


 この病気に似た症状は現在に比べれば少数ではあるが2000年以降から確認されており、これも実はC—ウイルスによって引き起こされていたということが研究チームからの発表によって明らかとなっている。

 今回のパンデミックの原因はC—ウイルスが時間をかけ繁殖力、伝染力を強めた為——


 (中略)


 ——発症を防ぐ手段、いわゆるワクチンなどは未だ開発されておらず、思春期に差し掛かる13歳前後で必ず発症する。その発症率は99.9999…(以下略)%となっているのが現状である。


 また、発症してから治す手段も未だ確立されておらず、世界各国の研究チームが日々研究に研究を重ねている。


 唯一の幸いだったのはこの病気は時間が経てば自然治癒する点だろう。個人差はあるが大体18歳から遅くとも成人までには完全に治癒することが判明している。


(中略)


 私の見解ではこの病気を予防する手段が発見されること、引いては絶滅させることは極めて難しいと考えている。今現在、中二病によって中学、高校生の勉強に対する意識が低くなり、社会全体の学力が低下している為、中二病が初めて確認された30年前から世界の科学技術は全くと言っていいほど進歩していないのが現実だ。


 (中略)


 ——自然治癒した後のアフターケアや成人を過ぎてから中学、高校への入学を許可する体制を整えるなど、大切なことは、この病気をどう駆逐していくかよりも、その後にどう向き合っていくかではないだろうか。


             著:面駅(つらえき)理香(りか)



「ふう……」


「どう? これ読んでどう思った?」


 そう聞いてくるのは俺の母であり、この本の著者、面駅理香だ。母はこの中二病を研究する者たちの間では有名な学者でもあり、C-ウイルスを発見した研究チームの一人である。


 そんな母は学者と聞いて思い浮かべるものとは真逆の、柔らかい雰囲気で「褒めて!」とでもいうようにキラキラとした眼差しでこちらを見ていた。


「感想、と言われてもなぁ……」


 今朝、読めと突然渡された資料に一通り目を通したのだがほとんどが知ってる内容なんだよなぁ。

 まあ、適当に取り繕って当たり障りのない返答をしておこう。


「あー、良かったんじゃないか?」


 改めて読むといいおさらいになったし。


「もっとちゃんと意見してよー。なにせ──」


 それはいつも唐突に。コインが表から裏に変わるような──そんなお手軽さで本来の学者の部分が顔を出す。


「──世界中でただ一人の中二病非発症者なんだから。面駅(つらえき)秀勝(ひでまさ)君」


「っ……!」


 そう——俺はそのほぼ100%といってもよい発症率の中で何故か(・・・)発症しなかった、いわゆる0.0000(以下略)1%の奇跡の人間ってやつだ。


 だから研究者の間で俺は特別な人間らしい。


 ……なんかこの発言は中二っぽいのでやっぱり却下だ。例えそれが事実だとしても口に出したら恥ずかしくて見悶えること必死だろう。


 はぁ、まあ脱線した話を戻すが、お陰で中学時代は実験体として研究室暮らし。中二病患者のことは書面の上ではよく知っているが実際に見たことは小学生のときに数回って具合だ。


「そうは言っても本物の中二病患者なんて見る機会がないんだから感想と言われても…」


 思ったことをそのまま伝える。母の先ほどの雰囲気は消えており、いつもの母へと戻っていた。


 一応言っておくが、俺は中二病患者と会いたいわけではない。あんなのとあった日には俺の方のメンタルが持たない。確実に。


「そう! その通りなの!」


 母はその言葉を待ってましたとばかりに反応したかと思うと近くの書類の山から一冊の書類を取り出した。


(ひで)くん、来年は16歳でしょ? だから高校の入学手続き済ませておいたの」


「ほんとかっ!?」


 母のわりには気がきくな。研究室暮らしには嫌気が差してたんだ。高校に行けば否が応でも中二病患者を見ることになるが、ここ暮らしよりは幾分かマシだ。変なやつには関わらなければいい話だしな。


「俺もついに高校生デビューか」


 本来の意味とは大分意味が異なっているが気にしない気にしない。浮かれている時は多少の誤差なんて気にしないし。


「で、どこの高校なんだ? 都内? 地方? どこでもいいんだけど、できればここからなるべく離れてる方が嬉しいというか……」


 都内には都内、地方には地方の楽しみがある。都内のきらびやかな空気を満喫──いや、地方の美しい自然を楽しむのを一興。


 ああ、どんなところなんだろうか。


 だが、そんな気持ちも一時(いっとき)だけ。俺は母がどういう人であったか改めて再確認することになった。


「はい、これ。秀くんの入学する学校の案内」


 母が持っていた書類を俺に手渡す。


 どこなんだ? なになに、えーっと…



「は?」



 その表紙に書かれた高校名を見たとき、俺は固まった。


「…神立(しりつ)…秘密結社学園…だと?」


「秀くんも知ってるでしょ? コネで名門の入学先決めちゃった、てへ」


 可愛くないぞ、というと張り倒されそうなので喉元で止め、俺は高校名が見間違いではないか何度も確認する。

 だが無情にも、俺の目に映るのは神立(しりつ)秘密結社学園の文字だけ。


 神立秘密結社学園。そんな冗談みたいな学園が出来たのは今から二十八年前。


 設立当初はごく普通の学園名だったらしいのだが、初代生徒会長が職権を乱用し学園名を強引に変更。そしてそんな中二全開のネーミングセンスに釣られた全国中二病患者が次々と入学を希望し、現在では日本有数の中二病患者のエリート学園となっている。


 というか中二病患者について書かれた書類のうち、四十%はこの学園の生徒だった。


 噂によると自分は自動車よりも強いと勘違いした結果、走行中の自動車に突っ込んで行って病院送りになったやつや、常に刀を携帯してるやつがいるとか。


 まじでヤバいかもしれない。この学園に関しては良い噂を聞かないし。

 関わらなければいいと思っていたが、これはさすがに駄目だろう。俺の来年の進路先の天秤が先ほどまでとはうって変わり、研究室側に傾いた。


「なあ…これ、今からでもクーリングオフできるか?」


 恐る恐る、母に聞いてみる。


「ん?」


「いや、だからなかったことにできる…」


「ん?」


「なんでもないです」


 母怖ええ……。笑顔って時にはあんなにも恐ろしいものへと変貌するのか。


「はあ、もう何も言っても無駄そうだな」


 しょうがない、どうせ入学することになるのなら高校生活、思いっきり楽しもう。


「なら教科書やら制服やら、色々と用意しないとね♪」


 ここでもう少し引き下がっていれば、この先に訪れる未来も変わったのかもしれない。

 このときの俺は学園の恐ろしさの百分の一もわかっていなかったんだから。


         ☆


 朝焼けの空の下、俺は駅のホームにいた。

 4月だというのに時間帯のせいか、まだ吐く息は白く、人もまばらに見える程度だ。


 研究所から学園まではそこそこの距離がある為、俺は泣く泣く布団に別れを告げてこうして別に見たくもない日の出を拝むことになっている。


「はぁ……」


 何回目かもわからない白いため息が口から漏れて——外気にさらされてすぐに消えていった。


 こんなにも待ち遠しくない日も中々見つからないだろう。


 今日は授業初日。俺が今日から通う秘密結社学園にはいわゆる入学式というものは存在せず、初日から授業を行うらしい。それが更に俺の行きたくない衝動に拍車をかけていた。今でさえ、急に隕石が落ちてきて電車がストップしないか——なんて中二病のような妄想をしているところだ。


 いや、無い物ねだりはもうやめよう。精一杯楽しむって決めたじゃないか。


 そんなことを考えながら、ふと横を見ると同じ学園の制服を着ている女子が目に入った。この辺りで学園に通うやついたんだな。


 いかにも大和撫子という言葉が似合う外見。桜の花の形をしたヘアピンで髪を留めている。桜が舞う木の下で絵になりそうな女子だった。


「……!」


 向こうもこちらに気づいたのか、笑顔を見せて近づいてくる。


 入学初日からこんな可愛い女子とお近づきになれるなんて高校生活捨てたもんじゃないな。むしろここから俺の高校生ライフは始まるに違いない。


 となれば最初に肝心なのは挨拶。緊張しなければ大丈夫なはずだ。


「お、俺は面駅秀勝。その制服、秘密結社学園だろ?これからよろしくな」


 よしっ、何もおかしなところはなかった筈。まずまずの自己紹介といえよう。

 それが合っていたというように、彼女はもう一度微笑み、向こうも俺の自己紹介に応じて——口を開いた。


「拙者、姓は忍田(おしだ)、名は咲良(さくら)という者でござる。以後お見知り置きを」


 自分の中でパリーンと何かが粉々に割れる音が聞こえた。


「ちょうど電車が来たみたいでござるよ。続きは行きながらにでも」


 そう言って彼女は電車に乗り、俺はおぼつかない足取りで何とか目の前の現実を受け入れようと善処しながらその後を追いかけた。


「面駅殿〜! ここでござるよ〜!」


 馬鹿野郎、周りの注目集めてんじゃねえ。


「あ、ああ。今行くよ」


 周囲の目が痛い。明け方で人が少なかったのが不幸中の幸いだ。というか通勤ラッシュの時間帯だったら確実にしばいてた。


「この時間帯なら空席ばかり故、席を確保できて楽チンでござるなぁ」


 確かにいつもならこんなに席が空いていることなんてまずないからな。

 いや、むしろぎゅうぎゅう詰めで、こいつと一旦離れた方が良かったのかもしれない。


 そんな俺の警鐘をさらに感じ取ったのか、彼女はほとんど間を取らずに話しかけてきた。


「ひと段落ついたところで、先ほどの話の続きを。一度名乗りはしたがもう一度自己紹介をしておくでござるよ。拙者の姓名は忍田咲良でござる。三年(みとせ)という儚い時ではあるが、懇意にしてほしいでござる!」


 うっわあああ……。


 という言葉が思わず漏れそうになって必死に堪える。そうかそうか「ござる」かぁ。初っ端からやるじゃないか、秘密結社学園。

 本当に違和感が半端ない。慣れればどうてことないんだろうけど。


「ああ、改めてよろしくな」


 ここで無視するわけにもいかず手を差し出す。それに忍田は驚いたような表情をとった。


 は? 俺何か変なことしたか?


 がそれを見せたのも一瞬で、すぐに何かを決心したようにそれに応じた。


「これからよろしくお願いするでござる。あ、貴方…?」


 は? 貴方? いきなりどうしたんだ?


「ふ、不束者ではござるが、これから一生を共にする配偶者となる故、より一層精進するでござる」


 配偶者? こいつ頭イってるのか? 出会って早々こんなことになるなんて一生に一度あるかないかのことだぞ?


 いや、やっぱり一生に一度も起きないな。あったらそいつは不幸な変人共の学園に通うことになった哀れな世界の住民だ。


「……おい。お前何か勘違いしてないか?」


「だってっ!──」


 その後に続いた言葉は俺の思考の斜め上を行くものだった。角度で表すと89度くらい。


「──殿方と肌を触れ合うと世継ぎができるのでござりんしょう⁉︎」


「ちげぇよ!」


 待って怖い怖い。中二病怖い。なんなんだ中二病って。学園にはこんなのが普通に闊歩してるの?

 あと「ござりんしょう」は忍口調ではなく遊廓の言葉だ。


「ええ⁉︎ だってお父上がそう申していたでござるよ!」


 親父仕事しろよ! いくら何でもこれはないだろ。


「とにかくそんな事実はない!」


 ここは俺が現実を突きつけてやらなければならない。あと訂正しとかないとこの先『くの一と添い遂げエンド』に向かうことになる。


「ならばどうやって世継ぎを作るのでござるか? ふふふ……まさに妙手を打ったでござるなぁ」


 こいつめんどくせえ……。ネットがあるだろうが!男子高校生に何言わせようとしてんだ。


「ふっ! 急に黙り込んだということは、やはり出任せだったでござるか」


 勝ち誇った顔でこちらを見てくる。うぜぇ。早くどっか行けよ。


「いや、あるって。あれだよ、あの、ほら——」


 端から見るとただの知ったか野郎だな、俺。とにかく上手く説明せねば。回れ、俺の頭脳。



「──コウノトリが運んでくるんだ!」



 ……ないわー。


 筋金入りの馬鹿でない限りすぐに嘘だとわかるだろう。


 だが、横目で忍田の方を見ると何やら衝撃を受けた表情を作っていた。は? まさか…。


「な…」


「な?」


「なんだってーーー⁉︎」


 そうか、こいつも本物の馬鹿だったのか。筋金入りの。


「いや、今のは無しでござる。拙者も肌が触れ合う程度のことでできるとは不自然だと前々から思っていたのでござる!」


「今更遅いからね⁉︎」


「上手く隠し通せたみたいでござるな」


 バレバレだし、自分で言っちゃってるじゃねぇか。


「ふぁぁぁ…。春眠暁を覚えずと言うでござるし、それに最近寝不足気味である故、少しばかり仮眠を取らせてもらうでござるよ」


 春眠暁を覚えず、なんて言葉で今更文学少女気取らなくてもいいから。お前が馬鹿なのは知ってるから。


「それじゃあ面駅殿、秘密結社学園前に着いたら起こして欲しいでござるよ。むにゃむにゃ…」


 もう寝やがった。あと本当にむにゃむにゃって言う奴生まれて初めて見たぞ。


 再び平穏を取り戻した俺は、まだ見ぬ学園に怯えながら目的地へと向かうのだった。

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