タカスギの腹心・政治担当糸使いのシュン
糸が空間の隅々まで支配する白い部屋に拙者とミツバは入る。
そこに居るのは糸で女の人形を編んでいる一人の男。
黒いハットをかぶり、スーツ姿でメガネの装いが洒落たこの男はタカスギの腹心の一人、シュン。
拙者のいた世界では伊藤俊輔と呼ばれ、高杉晋作の周囲で外国との通訳係や政治的な働きをしてたとされる男。井上聞多と最も仲の良い人物だったと聞く。この世界でも、そうらしいでござるな。糸で編んだ女の人形が完成し、ウットリしてるシュンは言う。
「どうも俺はシュン。タカスギさんの腹心のシュンだシュン」
ぽ? という唇をしたミツバは拙者に言う。
「何かこの人、名前を二回言ってるよ? しかも、糸人形に話してるし! 頭がおかしいのかも!」
「確かにそうでござるな。しかし、そういう所もあるのが人間でござるよ。自分が普通でも他人から見ればおかしいと思うのはよくある事。だが、この場合は何とも言えぬ」
「だよねー。きっと、現実の女と人形の区別がつかないんだよ。そう! かわいそうな人なのかも!」
「ほーほー。鋭い指摘でござるなミツバ。しかし、そうでござろう」
拙者とミツバは納得し合う。
しかし、ピクピク! とこめかみを動かすシュンはハットを指先で上げ、ようやくこちらを振り向き言った。
「俺は現実の女が好きだ。だからこそ、仮想の糸人形で理想の女を生み出す作業をする。常に理想を追い求める俺、カッコイイからな!」
拙者とミツバは同時に言う。
『ナルシスト……』
「くっ! ウルサイわ! シュシュ。その女、抱かせてもらおうか? 俺も血ートになれるかもしれないから」
「それは無理でござる。拙者とミツバはただならぬ関係。お主は糸人形と戯れているがいい」
「なぬを!」
怒るシュンは、両手を広げて手から糸を放射する。
「物事には旬がある。だからこそこのシュンが旬を見つけて政治的に大局を動かすのよ」
殺気が混じる声に、拙者達は身構える。
すると、シュンは拙者を見て言うでござる。
「アオイのその衣装、動きづらそうだが見栄えはいいな。交渉などに使うと、相手方も一目置くかもしれん。それがこれからの旬かもな」
「戯言はいい。一言言えるのは、お主等は旬になる事は無いと言うことでござる」
スッ……と拙者は刀の鯉口を切り刀を抜く。
そして、ユラユラと両手の糸を操るシュンは口元を笑わせ、
「戯言、嘘、狂言……それを誠にするのが俺の大将のタカスギシンクウだ」
そして、戦いが始まったでござる。
拙者とシュンの攻防が続き、部屋を埋め尽くす糸が揺れる。
シュンの細い糸は魔法で精製されているらしく、拙者の刀でも束ねた糸になると簡単には斬れない。
ミツバは両手に旗を持ち、いつでも援護出来るように応援している。
全く、この娘といると退屈しないでござる。
そして、四方八方から迫る糸に対し、拙者は螺旋の斬撃をかます。
「清流鬼神流・螺旋斬!」
ズバッ! と螺旋の一撃が決まり、シュンまでの距離に邪魔するものは無くなった。
――今が好機!
一足飛びで拙者はシュンに斬りかかる。
「そのスピードは厄介なり」
しかし、異様な魔力を感じシュンの背後を見ると、糸で編まれた女人形がじっ……と嫉妬に狂う女のように拙者を見つめていた。そしてその奏者であるシュンは言う。
「ネットスフィア」
女人形から発した網目の魔法で拙者は拘束された。
動きを拘束すれば得意のスピードは生きない。
それを考えシュンは結界のようにネットスフィアを張り巡らせるでござる。
「やってくれたでござるな……魔力の気配も限りなく絶って女人形に仕込んでたか。戦闘中ではこの程度の魔力じゃ気づかないな」
「アオイ! 大丈夫?」
「問題無いでござる」
「そっか! ならガムバレぃ! ミツバちゃんも踊っちゃうよ!」
あらよ! っとミツバはまた意味不明な踊りをする。
まるでシュンに操られているようで不安でござるな……。
「俺は女好きだが、お前の女は意味不明で好かぬ。いや、これからは意味不明女が旬なのか……?」
「別に拙者とミツバはそういう関係では無いでござるよ」
「そうなのか?」
「そうでござる」
拘束されたまま拙者は言う。
魔力の気配は薄い割に丈夫な魔法の糸からは容易に脱出出来そうにない。
「面白い事をするでござるな。魔法とは奥が深い」
「魔法は永遠の旬だからな」
口元を笑わせるシュンは白い指に魔力を纏わせる。
拙者の前後左右に氷の魔力が生み出された。
その巨大な氷柱の結晶の先端は鋭利な切先となり獲物に狙いを定めるでござる。
「行けよ! ブリザードブロッケン!」
前後左右から放たれた巨大な氷柱は中央にいる拙者を強襲し、互いにぶつかり合い崩壊した。
シュウゥゥ……という冷気の白さが空間に満たされる――刹那。
唇に人差し指をつけるシュンの耳に聞き慣れた声が聞こえるでござる。
「拙者はスピードだけが取り柄ではないでござる」
限りなくパワーをゼロにした状態から一気に力を解放し、爆発的なパワーを生み出した。
閃速の居合い・鬼神光の応用でござる。
その力で強力なネットスフィアを引きちぎり、空いている上空に逃げていた。
ワオ! という顔のミツバはキョマネチ! と言い腰の付近で両手を上下に動かしている……こっちが恥ずかしいからやめるでござるよ。
フッ……と冷気を帯びた微笑みを見せるシュンは、
「それも知ってる。その為の罠だからな」
「何!?」
上空にわざと逃げ場を作ったのはシュンの作戦通りだった。
「これは――?」
拙者は頭上の悪魔に気付いた。
そこには女人形が浮かんでおり、その口から微粒子の氷の結晶が美しいワルツを形成するように展開している。ここでシュンの作戦の集大成が完成する。
「ダイヤモンドダスト」
その結晶を吸い込んだ拙者はむせる。
拙者は身体の内部から微粒子の氷の結晶に攻撃されるでござる。
「ぐうっ!」
「そして縛る! ヘル・オア・ヘブン!」
「ぬおおおっ!」
女人形が拙者に抱きつき、完全に動きを固定された。
今度の糸縛りは非常に厄介だった。
正に天国と地獄を行き来するような責め苦を味わう糸縛りでござる。
「この女人形やけに冷たいでござるな。まるで体温を奪うような……」
笑いつつ、ハットを指で上げるシュンは言う。
「細かい事は気にするな。さて、とどめだアオイ」
「そうはさせ……ぬ?」
動けぬ拙者の瞳に、赤い炎が写っていた。
それは相棒であるミツバの得意な火炎魔法――。
そして、シュンもそれに気付く。
「糸が燃えてる? しかし、氷で加工されている以上は無駄な事よ」
そう、シュンの糸は氷魔法でコーティングされていて、それが拙者の体温を奪っていた。
同時に、ミツバの火炎魔法の効果も半減していて糸を燃やし尽くす事が出来ない。
しかし、ミツバは乳を揺らし微笑み言う。
「無駄で結構よ。貴方は無駄なモノを垂れ流さないでちょーだい!」
「き、貴様! いつの間に!」
「ニシシ!」
いつの間にかシュンの背後に出たミツバはしゃがみ込み、叫んだ。
「デス・カンチョー!」
「ふげぁ!」
ズバッ! とシュンはミツバの強烈なカンチョーをくらう。
悶絶するシュンは倒れ込み、ミツバ勝利のダンスを踊る。
「……あれは痛い。しかしミツバ。魔力無しであのような技を……」
その拙者は尻の穴を抑えるシュンの叫びを聞く。
「貴様! 卑怯だぞ! さっきまで一対一のはずだったのに!」
「ま、貴方も女人形あるからおあいこでしょ! フォー!」
『フォー!』
と、拙者とシュンは返答する。
どうもミツバのペースにはまると、別人になりそうで怖いでござるな。
そして何か嫌な顔をしたミツバは拙者に駆け寄る。
「ねぇ、アオイ。怪我してない? 治療してあげる!」
胸を密着させて抱きついて来た。
ミツバの首筋から血の香りがし、吸血したくなるでござる……。
「タカスギの仲間の敵は厄介だよねー。そう、厄介だよー……」
言いつつ、拙者の羽織の袖で指先を丹念に拭う。
回復魔法を使わないミツバに拙者は疑念を持ち、まさかと思い羽織の袖を嗅いだ。
「く、臭っ! せ、拙者の羽織でふくなでござる!」
「えー、だって助けてあげたしゃない。こんな指を臭くしてまで!」
「知らぬ! 拙者は一人で勝てたでござる!」
「嘘こけ! ミツバちゃんのおかげでしょ!? もう血を吸わせてやらないよ! 今度は乳を吸いな!」
「それは困るでござる! 両方吸いたい……いや、今はそれどころではない!」
「乳を吸いたいんでしょ!? ハッキリしなさいムッツリ男女!」
「拙者は血ート! 血だけを吸うでござる!」
拙者達は喧嘩をした。
ムッツリとか言われたくないでござる。
拙者は正常な男子でござるからな!
そして、頬をつねり口を引っ張り争うあまり、敵であるシュンがこっちを見ている事に気付いていなかった。
「バカ共め。俺を忘れてるな……そのまま死ぬがいいさ!」
そして拙者とミツバは最後のパワーを出した!
『おおおおおおっ!』
「あれ? コッチに来るな! うわぁ!」
そして、いつの間にかシュンは倒れていた。
それに気付く拙者達は無意味な争いをやめ、煙の煙幕に消えるシュンを見つめた。
「あれ? シュン消えたね……次に進もうか!」
「そうでござるな。ミツバ、拙者は男子である以上ムッツリかも知れぬ。そこは認めよう」
「終わった事は、忘れましょ。それより次のステージへゴー!」
アクビをするミツバは歩き出しながら言った。
そして微笑む拙者も後を進む。
ふと、ミツバは立ち止まり言う。
「男なら色々溜まるでしょ。兄貴がいたからそれはわかるわ」
「ミツバ……」
先に進むミツバはピンクの髪を背中に流しながら振り返り、言う。
それは、いつもの少女のミツバと違い、清濁合わせた女の顔のミツバでござった。
「どうしても女を抱きたくなったら、私を抱きなさいよ。アオイなら……構わないから」
「……!」
頬を赤く染めるミツバに驚きつつ、拙者はコクリ……と頷き、頼れる相棒と共に次のステージに向かった。すると、そこにはロコが居たでござる。
「こっちロコ。ここにたつロコよ」
『……』
拙者達はそのロコに促されるまま立った。
すると、地面に穴が空き落ちたでござる!
『あーれー!』
「さいならロコ。キャバクラでくつろぐロコよ」
謎の穴に落ちた拙者達は、怪しげな繁華街に出たでござる。