異世界バクーフと謎の男タカスギ・シンクウとの出会い
それから一週間。
ミツバにこの異世界バクーフの様々な言葉、文化、生活などを学び大体の意味を理解したでござる。
今は何とか使えるものは使うでござるよ。
でも、ござる言葉は抜けぬでござるな。
異世界バクーフ大陸の全容はこうだった。
南にスザク・西にビャッコ・東にセイリュウ・北にゲンブ都市がある、四方を海に囲まれた四つの大きな大国がある大陸でござる。
中央都市を妖怪達が多数支配していた為、今はキリン都市として地名を与えられ妖怪達とは共存共栄を目指している途中でござった。
「昨日はあまり眠れなかったでござるな……」
そう、眠れぬ理由はミツバにあった。
ミツバの身体にムラムラするとか、豊満な胸にうずもれたいとか、また血を吸いたい……とかでは無いでござる。
そう、ミツバのイビキは凄い!
これはかなりの地響きでござる……。
国王の勅命で郊外にミツバ専用の魔法研究所が建てられた理由は確実にイビキが五月蝿いからでござろう。しかし、ミツバの鼻に洗濯バサミをしておけば大丈夫!
「さて、キッチンに行くか」
机にある洗濯バサミで腰まである長い髪を纏めた。
「紐よりも、髪留めは洗濯バサミがいいでござる」
愛用の浅黄色のダンダラ羽織をハンガーにかけ、一階に降りた。
これは普段には着ずに、重要な戦いの時に着用するでござる。
魔法研究所のキッチンに行くと、すでに起きているミツバが朝食を作ってくれていた。
今日はパンに具沢山のシチュー。それにキャベツ炒めがあるでござる。
「おはようミツバ」
「おっはーアオイ。キャベツ炒め作ったけど食べてみて」
「ほーほー。いつも拙者の口に合うものを作ってくれてかたじけない。にしてもミツバの料理は美味いでござる」
箸で口元に差し出されたキャベツのツナ炒めを食べた。
……うむ。
キャベツのシャキシャキ感と、ツナの旨みがマッチして最高でござる!
「料理なら何でも出来るよ。私、食いしん坊だから」
拙者はミツバの料理には関心する事が多い。
魔法少女であるミツバは国王直々の魔法研究依頼がある為に、新しい魔法の研究をしなければならない。
拙者といると戦いがあり、そこでの新しい刺激が新しい魔法を生む可能性がある。
しかし冒険と研究の両立は中々難しいのも事実。
「冒険したいけど、魔法研究の仕事もあるからね……何せ国王直々だし。お金も貰ってるしねー」
「そうでござるな。まぁ、血ートモードにならずに勝てるよう努力するでござるよ」
「そうそう。血が必要だから、食事から血を生むものを食べればいいと思って、レバーを準備したよ!」
パッ! とミツバは皿に乗るちょっとグロテスクなレバーという肉を出してきた。
それをじっくり観察する拙者は、
「これがレバーでござるか……さっそく戴くでござる」
「どーんと食べちゃいな!」
拙者は血が多く生まれるレバーとかを食べる事になった。
……!
拙者の舌に、初めての衝撃波が走ったでござる!
まさか調理したのにここまで血の味を感じるとは……。
「この肉の味は独特でござるな……新選組では豚肉を食べていたから同じつもりでいたが、これはちょっと苦手でござる」
「ま、確かに癖はあるよね。アオイのいた世界は質素な食べ物が多くて元気にならないよ。やっぱ肉でしょ肉!」
「このレバーというのは馴染みが無いが、他にも血になる食べ物はあるでござろう。むしろ拙者よりもミツバが血になるものを食べるでござるよ」
「私の血を吸わずに血ートになれたら楽なんだけどね。血を吸われるのは快感だから吸われるのは嫌じゃないけど!」
「ほーほー。嫌じゃなくて良かったでござる……?」
ふと、横を見ると一匹の白猫がレバーを咥えて逃げたでござる。
一体どこから浸入したのか?
「あ! 泥棒猫! 捕まえて!」
「ぬ? 泥棒猫?」
ほーほー。
ここには泥棒猫がいるでござるか。
ミツバのイビキ攻撃に耐える猫がいるとは凄いでござるな。
そんな事を思っていると、白猫は消えたでござる。
火炎魔法を放とうとしていたミツバを止める拙者は言われる。
「逃げちゃったじゃない……あの泥棒猫はこの研究所のどこかに住み着いてるからお仕置きしなきゃダメなのよ! 無銭飲食に、家賃不払いなんだから!」
「猫に無銭飲食も家賃不払いも無さそうでござるが?」
「確かにそうね……ま、いっか」
と、ミツバは納得する。
基本的にミツバは大雑把な性格なのでちょっとまともな感じで言えば納得するでござる。
そこがミツバの良い所でござるな。
より良き未来を築き上げるには、多少の事は忘れなければ生きては行けぬのを良く知っている。
この娘と居ると、闇に染まり易い拙者の心を晴れ渡る大空のように清むでござるな……。
「感謝するでござる。ミツバ」
「ん? 何が?」
……当たり前のように鼻をほじっているでござる。まぁ、これもミツバの良い所……? 気をとりなおし、血を作るにいい食材を聞いた。
「まー、後はほうれん草とかじゃない? 私はあまり食べないけどね」
「ほうれん草も血を作るには良いでござるか? なら、これからはほうれん草を毎日食べるでござるよ」
拙者はほうれん草を毎日食べる事にした!
ほうれん草はこの世界でもよく栽培されていて安く売られてるので、家計にも優しいでござる。
ミツバは肉食なので、上手く野菜を付け合わせで出しておけば勢いで食べてくれて健康にもなり一石二鳥!
そして、拙者は魔法図書館に向かうらしいミツバを見送り、洗濯をするでござる。
ちなみに拙者は洗濯が得意でござる。
鬼の副長である土方殿のふんどしは拙者が洗っていたでござるからな。
あの人のは綺麗でござったが、ミツバは少し汚れているでござるな。
先に茶色い汚れを落としてから洗うでござる。
そして青空のさわやかな風と、太陽の暖かな日差しを浴びて洗濯物が生き生きと乾いていくでござる!
ほーほー。
拙者の心もこの天のように澄み渡る……。
「さて、拙者もそろそろ行くでござるか」
ミツバが作った昼食を済ませ、拙者はミツバがよくいる魔法図書館に向かったでござる。それにしても、昼食のサンドイッチというものはスカスカしてて腹持ちが良くないでござるよ。味は良いから沢山食べればいいのか……食費の事もあるので悩み所でござる。やはり米を食わねばならぬ。
魔法図書館までの道のりで一週間勉強した、この異世界バクーフの歴史を振り返る。
バクーフには四つの大都市があり、人間側の魔法都市と妖怪側の妖怪連合との二代勢力に分かれているでござる。魔法都市と妖怪連合はもう三百年以上も敵対関係にあり、バクーフ大陸の覇権を争って過去、三度の大きな戦争があった。
にしても、敵の妖怪……。
拙者のいた日本にも書物にて出て来ていたり、言い伝えであったりしたが本当に存在するとは……異世界とは恐ろしいものでござるな。
しかし〈血ート剣客〉である拙者も妖怪の力がある半妖の吸血鬼。
現状でわかっている血ートの力は魔力や妖気の耐性はあるが使う事は出来ず、身体能力が異様に高いとう事ぐらい。そして、ミツバの血でしか血ートになれぬという事。
この一週間で、ミツバにも頼み病院で怪我をした人間の血や動物の血を飲んだが、血ートに覚醒する事は無かった。それは何故かはわからぬが、相性とかそういう問題でござろう。
にしても、ぬらりひょんに言った台詞は自分で言ったとは思えぬ台詞でござるな。
「俺の異世界最強伝説に貢献しろ!」
は、我ながら恥ずかしい台詞でござる……。
ほーほー。
そして、このスザク魔法都市のカツラ国王を思い出す。
男である国王は茶髪で拙者のように髪が長く、女顔でござった……が。
カツラ国王は女装国王だった!
「ぴょ! 我は工事済みじゃ!」
「!?」
魔法の国とは恐ろしい……。
「国王ではなく、カツラちゃんと呼びなさい!」
国王は拙者だけには何故か名前で呼ぶ事を望む。
男だが工事魔法ですでに女性らしい。
年も五十近いはずだが、見た目は二十代でござる。
新選組でも男色が流行った事はあったが、まさか本当に女子になれるとは凄いでござる。
そして、工事魔法を完成させたのは拙者の相棒だった。
「サガラミツバ最大の汚点かも知れない……」
ピンクの髪をグチャグチャにし、頭を抱えるミツバを思い出した。
しかし、国王カツラに拙者は血ート剣客として特権を与えられたでござるよ。
この世界で悪がいれば自由に動き、自分の判断で倒していいと言われたでござる。
「……」
そして、拙者は自分の元の世界での最後を思い出す……。
時代は徳川幕府の終わり――幕末の蝦夷地・五稜郭。
そこでは幕府軍と官軍が新時代へ向けての最後の合戦を繰り広げていたでござる。
「つぇああっ!」
青い閃光のようにバッサ、バッサと拙者、葵は斬り込みをかけて官軍の本営へ肉薄する。
すでに仲間の大半は死に絶え、新選組の残党や会津藩の生き残りしか戦闘をしていない。
前方から降り注ぐ弾の雨を拙者は行く。この弾丸の雨により、戊辰戦争という戦は鉄砲主体の戦いに変貌したでござる。恐ろしい事に、こんな修行も必要無いものが十数年の血の滲むような鍛錬を経た剣術家を鬼籍に入れ続けたでござる……。
友の、仲間の、幕府の無念を晴らすべく拙者は駆ける。
そして、二人を斬り伏せるが銃弾を二発浴びてしまった。
「ぐっ! ……流石にもう厳しいでござるな。陸軍奉行並のあの鬼が死んでしまっては、もう勝ち目は無い……しかし!」
拙者は叫んだ。
鉛色の天を切り裂くような声で叫んだでござる。
「まだ戦は終わっておらぬ! たとえ拙者は悪しき徳川幕府の賊軍として扱われ死のうとも、貴様達の作る新時代の糧として貢献するでござる!」
そうだ……。
拙者はこの幕府軍に全てを賭けて来た。
土方副長直属の新選組の闇部として雇われ、京都より勃発したこの戊辰戦争に参加してもう一年間……闇から光が差す表舞台に出たと思いきやその場所はかつての闇以上の凄惨な戦場だったでござる。
しかし、拙者は新選組に忠義を立て貢献して来た道を後悔しない。
一度は死んでいた身――。
遊郭である島原育ちの拙者は幕府の権威が落ち出した黒船来航以来の荒くれ者客が暴れ、花魁を守った。しかし、心臓を一突きされ死ぬ寸前に客として来ていた新選組の副長が拙者を助けてくれたでござる。
この恩は返せたでござるか副長?
……拙者ももうすぐあの世へ行く。
そこでまた、話をしましょう副長!
「うおおおっ!」
駆ける拙者に官軍は銃隊を構えさせた。
その照準は全て拙者一人を捉えている。
撃てー! という号令と共に、凍てついた空気を切り裂いて無数の弾丸が飛んでくるでござる。
「つおおっ! つえぁ! はぁ!」
その全ては拙者を嫌うように外れ、銃隊を斬り伏せた。
すでに二十人以上を斬っている。
疲労と出血で目も霞み出し、黄泉が見えるような錯覚さえ覚える……まだ、まだ拙者は幕府に貢献する。
そして、独特の風切り音が聞こえ拙者はその黒い砲弾に突っ込んだ。
「清流鬼神流・鬼神光!」
スパッ! と飛来したアームストロング砲を斬った。
そう、幕末三大兵器の一つを切り裂いたでござる。
「見ているか新選組の皆! 拙者は敵の主砲さえも斬る鬼でござる!」
しかしその喜びは、すぐに絶望へと変わった。
ゴロゴロという音と共に、新たなアームストロング砲が現れたでござる。
そして官軍の兵も増える。
「ほーほー……アームストロング砲は一門ではないでござるな。と、ほーほーなどと言ってると、また土方副長にシジイくさいと言われるでござる」
背後の仲間を振り返り、大きく息を吸い込む。
「土方副長の屍を超えるでござる! 新選組進めーーー!」
拙者は幕軍進めとは言わなかった。
新選組進めという言葉が自然に出た。
それはこのダンダラ羽織の背中に描かれた〈誠〉こそが拙者の大義だからでござる。
拙者は誠一文字を貫き、剣に生き剣に死ぬ。
そして周囲の仲間は全て散り、幕軍最強の陸軍部隊も砲煙と共に消え失せた……その光景を冷めた瞳で眺める。
「……」
負けを前にして、全身から力が抜けるでござる。
誠の旗が一本だけ折れずにいたが、それは一人の巨漢に折られたでござる。
そこで拙者の折れそうな心に再度の焰が灯った。
この男だけは許せない。
幕府に味方するフリをしつつ、裏では犬猿の中の薩長の仲を取り持ち、坂本龍馬を使い連合まで結ばせた稀代の狸――。
示現流という単純明快な剣技とは真逆を行く政治活動によりこの徳川幕府に終焉を打つ諸悪の根源。
「久しぶりでごわす。葵」
そして、官軍大将・西郷隆盛が現れたでござる。
ごつい身体に黒い制服が似合わぬ男は無精ひげが生えるアゴをかき言う。
「戦術の鬼才・土方歳三も死んだ。もう幕府に勝てる術は無い。ここで降伏するでごわす。新時代は、もう目の前にある」
「その新時代に、貴様の誠は本当にあるでござるか?」
「おいどんではない。民衆の誠がある」
「なら、戦争はこれで終わりにしておくでござる。民衆が人の生き死にがかかる騒動でどれだけ苦しんでいたのかがこの戦争を通してよくわかった。約束を違えるなよ」
「わかった。では、降伏するでごわす葵」
しかし、拙者はこの背中の誠に賭けて降伏は出来ない。
それは、新選組の鉄の掟があるからでござる。
「新選組隊規第一条。士道に背くあるまじき事。故にたとえ一人になっても拙者は逃げも、降伏も無い。新選組にあるのは剣に生き、剣に死ぬのみ」
「……剣に生き、剣に死ぬ。時代遅れの異物でごわす。これ以上の話はもう無用。半次郎どん、アームストロング砲装填」
西郷は腹心の中村半次郎に幕末三大兵器の一つ、アームストロング砲を装填させた。
一騎打ちの居合抜き対決。
抜刀から納刀までの軌跡が見えないと言われる拙者の鬼神光を見せる時でござるな。
人生最後の技がこれになるのもまた、運命でござるか。
閃速の型・鬼神光。
意図的に心臓を止めて身体活動を弱め、そこから爆発的に高まる力を利用して斬る。
才が無ければ心臓を止めた時点で死んでいる。
(副長、貴方から教わったこの技を貴方に返す時が来た見ていて下され……これが、最後の――)
そして拙者の鬼神光は外れ、首が飛び十八年の人生は終わった。
※
「……着いたか」
そんなこんなで、魔法図書館に着いたでござる。
中へ入り、書架がたくさんある室内を歩いて行くと、ミツバは一つの机の上で地図を広げ、ぬらりひょんの隠れ家を探していた。
大妖怪であるぬらりひょんが死ねば妖怪の勢力図が変わる。
バクーフ大陸中央都市の妖気の張られた結界の綻びを地図から魔法にて探していた。
「そんな簡単に見つかるでござるか? この方法は他の誰もやっていないでござる」
「このミツバちゃんが人真似で妖怪探しをすると思う?」
「結界はまだ完全に解除されてはいないが、妖怪は降参しキリン都市という名前も受け入れている。そうまでして何故、ぬらりひょんの腹心の残党を探すでござるか?」
「おそらく、そこにアオイが言ってたタカスギシンクウがいるわ。ぬらりひょんと関わり合いがあったタカスギがね」
拙者がぬらりひょんを倒した時、タカスギは影から拙者を見ていた。
故に、タカスギという男が人妖戦争に関与していた可能性は否定出来ない。
ぬらりひょんの住処に攻め込むのを拙者は了承した。
「恐らくこの滝……この滝は怪しい。ここだけ結界も無くてやけに森が深いわ」
「滝……か。もしかしたらその滝の裏側に敵の本拠地があるのであろう」
「そだね。なら腹ごしらえしてから攻め込むか!」
「おー、でござる」
数多の妖怪がいる場所は結界がまだある。
しかし、この滝のある場所はまだ攻めていない。
怪しいポイントを発見した拙者達は軽く腹ごしらえをしてから攻め込む事にしたでござる。
魔法居酒屋キキョウにて食事を楽しんでいると、外から騒がしい音が聞こえた。
そして荒々しく店の扉が蹴破られ、紫の着流しの男が煙管を吸い現れた。
静まる店内は誰もがその男に見入る。
『……』
男の煙管の煙幕が店内の入り口を包む。
魔法居酒屋キキョウに、ぬらりひょんを倒した岩場にいた謎の男。
拙者の世界の長州藩士・高杉晋作に似ている男、タカスギシンクウが現れたでござる。