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始点と終点とメリーゴーランド

作者: encore

この世にあった全ての物事が、てんで大したものではなかったかのように、海に飲み込まれては消え去る運命だと、ある預言者が言った。緻密なまでに仕上げられた世界の卵が孵化するかと思いきや、地面に叩きつけられてぐちゃぐちゃになるのではなく、鋭利のような殺傷性のある風か何かが、左右対称に定規で測ったかのように真っ直ぐに綺麗に気持ち良くすぱっと切れて、黄身と白身が流れ出すような壊れ方だ。それはまるで始めからそうすることを予定したように、ある一定の期間を待ってはそれは力の限りしかも静かに一瞬のうちに、工場作業員が慣れた手つきで一個の部品を寸断するように、行われる。それはあくまでこの世界だけの出来事ではなく、他の太陽系の星にまで行き渡る定めなのだ。


ある男がいる。海に向かって歩いている。その足取りは悲哀に満ちている。絶望を表す道程を、自らの足で作り上げていた。彼は死ぬことを決意したのである。月がおぼろげに雲に隠れ、ひんやりとした夏風がさざ波と共に辺りを震わす。紺のスーツの足元は既に冷たくなっていた。五本指が砂に埋れて波際に寄せられた水流が、スーツの裾と共に乾きを一瞬にして奪った。彼もまたその運命を辿る一人である。彼がこれまで生きてきた中で起こった全ての物事は、何ら大したものではない。これまで生きてきた中で、誇れるものも、譲れないものも、思い返すだけの思い出も、何もかも彼を奮い立たせるものはない。彼は無情の人生を歩み、その最期を自ら向かい入れることを望んでいた。


「初めから意味などなかった」


ある星の住人はある星を眺めていた。それは地球である。青々とした地球。地球は1000年を周期に、緑を青が覆い尽くし、全てを無にする特性を持っていた。地球は意志を持ったいきものとしてその星の住人の先祖がバカリズムとそれに名づけていた。バカリズムが起きる理由は憶測であるが、これまで築いてきた全てはとんでもなくダサい代物で、滑稽で、くしゃみも出ないようなアホアホしさであるということの裏返しであろうと、伝記には記されている。一度築かれた文明は綺麗さっぱりなくなって、宗派などという括りも海のそこに沈む。バカリズムは1000年経つ毎に、繰り返し繰り返しその滑稽さを恥だと言わんばかりに、全てを水に流す。何度も何度でも。


「予定は狂うことなく実行される」


男は自ら課したお題に対する答えを膝下まで上がってくる漆黒の洗浄機の中で考えている。私が生きてきた中で、恥だとする出来事が覆いかぶさることが私を死に追いやったのだろうか。他人をあざむいてまで自分の意志を貫こうとする勇気もない自分の根性のなさが私を恥だと認めているのだろうか。そもそも私が恥などいつ知り得たのだろうか。そもそも私は恥そのものなのだろうか。私が生きてきた中で、恥だとする具体的な出来事は…。私は恥なのだろうか…。


「生きている限り何も無くならない」


ある星の住人の先祖はバカリズムはこの星にも訪れる可能性があると危惧していた。地球からのそのそとこの星にやってくるのである。えらい迷惑な話であって、歓迎会を開いて招き入れることにはとことん尽くしてきた彼らだが、それは阻止出来ないものかと小学校の道徳学習くらいの規模の集会を星のお偉方が10人集まって話し合った。ここに国境はない。杯を片手に村の作物の状態であったり、近所で有名な美女の褒めちぎりなど、これまでと同様、有意義な会議になった。バカリズムについての話題は、バカリズムの地球からの転移の恐れと共にどこかに隠れてしまった。


「問題は何事も作らないことだよ」


男は白く可視化した息を吐いては、その息が途切れる運命を死に行く誰かの人生となぞらえていた。口元から吐き出される瞬間は、生き生きとしているのに、息を何秒吐きつづけてもその息は息の届く範囲でしか生きられず、先端部分はふわっと空気と一緒に混じる。眉間にシワを寄せて、染み込んだ水分を乾かすように両手でスーツの裾をパタパタ音を鳴らした。彼はもう一度、白く濁った息を吐いた。


「一つになるということは私が無くなるということだ。そして君も。」


3014年。バカリズムは起きた。預言者の思惑通り、バカリズムの意志通りに予定が狂うことなく一瞬にして起こった。地球人は、自分が死んだことさえも知らずに死んでいった。何もかもが水に流れて、地球は真っ青なビー玉になった。その光景を見ていたある星の住人は、漆黒に漂うビー玉を見て幾らか寂しいような気持ちになった。最愛の人が亡くなっても、最愛であることには変わらないのに、その気持ちすらも無くなってしまうような気持ちだった。それは無くなるのではなく、無かったことになったと言った方がしっくりきた。事実、愛は無くなったのだ。全ては全てになった。


「私が生きている。ただそれだけ。」



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