公爵令息は厭いている
日差しの良い庭先にて。
「あとは若い二人で。」などと言われて置き去りにされ。捨て置くという選択肢を選べないのが現状なので。当たり障りのない会話を暫く続けて、相手の緊張をほぐすことが出来てから。俺としては、本題の話に入る。
「例えばの話。私が市井のしがない農夫であったなら。貴女は今と同じように私と会話してましたか?」
内緒話でもするような表情で、そう、問うてみた。しかし今まで、これで『まともな答え』を得たためしがない。さて、今回は如何だろうか…。
「まぁ!可笑しな事を問われるのですね。」
俺の目の前で座る着飾った令嬢は、ほんの少しだけ考える。
瞳に浮かぶのは打算。そして、彼女は綺麗な笑みで答えた。
「…ええ、そうですわね。貴方がどのような職に就いていようとも、わたくしは貴方をお慕い致しますわ。」
なんともはや、思った通り。紋切り型の答えだ。思わず、笑ってしまう。
令嬢の綺麗な顔に、怪訝そうな表情が浮かぶ。
「いや、失礼。実はね、このところ同じ質問ばかりしているんですよ。そして、皆さん同じ答えばかりなんです。」
芸が無い。言外にそう告げると、白い頬が赤く染まる。羞恥じゃなく、憤りで。
「で、では。貴方が最近目を掛けていらっしゃる『灰眼の戦鬼』は。如何なお答えを致しましたの?」
隣国において、2年程前。5年に及ぶ内戦の末、暴君であった前王を倒した『英雄王』の率いた軍があった。その一翼たる英雄の一人で、特攻を主とする『鬼の軍勢』を治める少年めいた娘。近隣諸国に『最強』と知れ渡る武人。それが『灰眼の戦鬼』。
そいつを俺が、三日とあけずに隣国へ渡って追っかけまわしている話は有名だから。彼女は悔しげにそう言うが。その問いまでもが全く同じで、俺はまた笑ってしまう。
「彼女は、先ず私のその姿を想像して、『らしくない』と噴出してました。それから、真面目な顔して言ったんですよ。」
『そうだな…地位とかなんか如何だって良いけど。お前がその態度の侭だったなら。私はきっと、やっぱりお前を嫌うだろうよ。――というか、普っ通ーに、お前みたいな仕事の邪魔しに堂々とやって来るストーカーは大ッ嫌いだがな!!書き上がった書類パーにしやがって!さっさと帰れバカ「王族」っ!!』
「それは……『好き』と『嫌い』が逆転しているだけで、内容は全くわたくしと同じではありませんか!何が違うと言うのです?!」
笑い交じりに答える俺へと令嬢は言い募る。最後のあいつの叫びを華麗にスルーしているのは面白いのだが、それぐらいでは到底無理だ。
「大違いですよ。」
そんな彼女へ向けて俺は、素の表情で嗤う。猫被りしてたキラキラしい笑顔しか知らない彼女は、少し怯えた表情を見せた。気絶しなかったのは評価できるが、まぁそれだけだ。
「貴女は、打算の上でそう答えた。俺が、『ヴォルフレイ=ティフラウス=ガーフィルレード』だから。数居る王弟の中では割と有力株の『ガーフィルレード公爵家』へ取り入る為に、そう答えたに過ぎない。」
我が国ソリュエレィーズの国王陛下にはお子が居ない。だから王位継承順位が高い王弟の血筋がもてはやされる。ガーフィルレードでは俺が唯一未婚だから、こうやって見合いの令嬢が多々送り込まれてくるわけだが…。
――嗚呼、全く。俺がそんな事も見抜けないと思っていたのだろうか。否、思っていたのだろう、令嬢は顔色を変えた。
「でも、あいつは違う。本気でそう言っていたんですよ。あいつにとって俺は、只の『バカ「王族」の、ストーカー』なんです。」
あの灰色の瞳は、昔から、何の打算も無い。いつも怒って(怒らせて)ばかりだけれど、俺を見るその感情は真っ直ぐで、決して裏切ることは無い。あの軍で『最凶』と名高い参謀の命令に従ったり、敵方へ先陣切っての突撃だったり特攻だったり、ウチの国軍の悪巧みに振り回された果てに二回奴らを壊滅させたりと、屈折しそうな人生経験積んできてるくせに、未だに変わらずあの灰眼が灯す感情の火は真っ直ぐだ。
7年、目を離してしまったんだ。これからは絶対に、目を離す気はない。嫌がられても、抗われても、諦める気はない。
「だから。『家』を背負って此処に臨んだ貴女には悪いけど。このお話はお断りさせて頂きます。」
これで、何件目だろうか。俺はやっぱり、同じ科白で、彼女を送り出したのだった。
此処まで読んでくださってありがとうございます。しらそのさほと申します。
今回は自サイト掲載の『へペペ軍しりーず』に出てる『バカ「王族」のストーカー』の、お国での一場面を書いてみました。
『へペペ軍』の面々に関わってくる『やんごとないヒトども』の中で一番突き抜けてるのがこのヴォルフレイです。我ながら、何でコイツこんなんになっちゃったんだろう…と思わなくもないです。今更変わりようがないですがね(汗)。何故コイツに先陣切らせた私よ……。