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番外編・後編

 マックスが酒場に赴くと、店内は重苦しい雰囲気に包まれていた。

 看板娘であるアンナの姿も見当たらない。

 常連客と店主は店内のカウンター近くで何やら話し合っている。

 どうやらアンナが攫われたという噂は本当らしい。

 マックスは彼らに声をかけた。


「連中からの報復だそうだな」


 常連客の一人がマックスを見て、嫌みたらしく返す。


「あぁ、お前さんが余計な真似をしたからだよ。おかげであの娘が被害を被ったってわけさ」


「責任追及は後でいくらでも受ける。現状を教えてくれ」


 非難の視線にも構わず、マックスは淡々と説明を要求した。

 有無を言わせない様子に気圧され、常連客と酒場の店主は事態の一部始終を話し始める。


 今朝、シレヴァード・ファミリーが酒場を強襲してきた。

 相手の数はおよそ三十。

 その場にいる冒険者たちでは太刀打ちできなかったという。

 彼らはアンナを捕らえると、一枚の文書を残して去っていたそうだ。


「シレヴァード・ファミリーとは何だ」


 マックスの質問に対し、中年の店主が嫌悪を隠さず言う。


「この中立都市のスラム街を牛耳る犯罪組織さ。犯罪特区と呼ばれる地下空間で闇市や違法な事業を展開している。あまりの勢力の大きさに、治安当局も手出しができない」


「そうか……で、残された文書というのはどこにある」


 店主が一枚の羊皮紙をマックスに差し出す。

 罵倒に塗れたそれを要約すると、以下の内容が書いてあった。



・三日以内にマックスが一人で犯罪特区まで来ること。

・彼の身柄と交換でアンナを解放する。それまでは彼女に絶対に手を出さない。



「連中は俺を八つ裂きにしたいようだな」


 文書を読み終えたマックスは、やはり調子を崩さずに言った。

 恐怖などは少しも感じていないようだ。

 そんな彼に戸惑いつつも、常連客の一人は問いただす。


「どうするんだ? シレヴァード・ファミリーは約束を違えないことで有名だが、期限が過ぎればどうなるか分かったもんじゃねぇ」


「アンナを助けに行く。元は俺が余計なことをしたせいで起きたことだ。自分の不始末は自分で処理すべきだろう」


 やり取りもそこそこに、マックスは酒場の出口へと向かう。

 彼の背に店主が心配そうに声をかけた。


「……死ぬぞ。奴らはきっとお前を許さない」


「文書の内容では、俺がそこに行くことだけが要求されている。早い話、返り討ちしてやれば済むことだ」


「正気か? 相手は一大組織だ。それをたった一人で……」


 その場にいた人間が訝しむ間に、マックスはさっさと姿を消してしまう。

 去り際に見えた彼の横顔は獰猛な笑みを浮かべ、瞳はぎらぎらとした狂気を帯びていた。

 まるで何かを期待しているかのような気配。

 常に冷静だったマックスからは想像も付かない表情だ。

 酒場には数分前とは異なる沈黙が下りていた。




 ◆




 酒場を出たマックスは、道行く人間に犯罪特区の場所を尋ねた。

 彼は文書の指示に従うつもりなのだ。

 自分の不手際でアンナが誘拐されたのだから、それは当然のことだと思っている。


 犯罪特区の場所はすぐに判明した。

 この中立都市でも特に有名で、スラム街の奥にあるそうだ。

 マックスはさっそく目的の場所へと移動する。

 道すがら、彼は思考を巡らせた。


(これが終われば町を去らなければいけないな……)


 居心地がよかったのに残念だと、マックスは苦笑する。

 それでも今回の出来事で死ぬつもりは微塵もないらしい。

 彼に悲壮感はない。

 酒場から出る時に見せたあの表情。

 表面上は理性を保っているものの、彼の中では渦巻く衝動が暴れ狂いそうになっていた。

 それはある種の本能と言うべきものである。

 マックスという男は、殺戮の予感にこの上なく期待していた。



 件の犯罪特区には一時間ほどで到着した。

 マックスは少し離れた位置から様子を窺う。

 昼間でも薄暗いそこには、地下へと続く大きな入口があった。

 観察する間にも多くの人間が往来しており、その活気は表通りにも劣らない勢いである。


(確か、最下層にシレヴァード・ファミリーのアジトがあるんだったな……)


 マックスは噂で聞いた情報を振り返った。

 文書の指示ではこれより先について触れられていなかったが、彼にとってはどうでもいいことだ。

 もう、やることは決まっていた。

 二丁の魔銃を携えたマックスは犯罪特区の入口へ歩を進める。

 そのまま通り抜けようとしたところで、二人の男が彼の進路を遮った。


「おう、お前がマックスだな」


「こっちへ来い。ボスのところまで案内してや――」


「断る」


 二人の男が背中を見せた瞬間、マックスが魔銃を発砲した。

 撃ち出された弾丸が頭蓋を粉砕する。

 飛び散った骨片と脳漿が地面を濡らした。

 その場にいた人間は呆然としている。


「案内は、いらない。俺だけで出向くからな」


 マックスはそれだけ言うと、静かに犯罪特区の中へ入っていった。

 溢れんばかりの人垣が割れて彼の通り道を作る。

 中には止めようとする者もいたが、神業的な速度で放たれた銃弾の餌食となった。

 くるくると魔銃を弄びつつ、マックスはひたすら奥へ進む。


 犯罪特区の浅層は闇市が中心だった。

 多種多様な露天が並ぶ最中を、マックスは駆け足気味に抜けていく。

 何度も妨害を試みる人間が現れたが、やはり犠牲者の数が増えるのみであった。

 人混みを進むマックスは、敵対者となり得る者だけを正確に撃ち殺している。


 そうして地下へ潜ること暫し。

 前方に厳重な警備の施されたゲートが見えた。

 たくさんの人間がそこを守っている。

 どうやらこれより先は関係者以外立ち入り禁止のエリアらしい。

 シレヴァード・ファミリーの私有地かもしれない、とマックスは検討をつける。

 ゲート付近から叫び声が聞こえてきた。


「止まれ!」


「あいつを殺せッ」


「魔法爆撃、開始しろ!」


 刹那、色とりどりの飛来物がマックスを襲う。

 複数人の魔術師の放った魔法だった。

 人間一人を倒すには過剰な密度の攻撃。

 しかし、彼らの努力はいたずらに地面を削るだけであった。

 魔法で舞い上がった土煙から影が飛び出す。

 僅かに焦げたダスターコートを翻しながら、マックスは魔銃を構えていた。


「甘い」


 凄まじい速度で魔銃が火を噴く。

 行く手を遮る者達は次々と倒れていった。

 誰一人として彼の銃撃に反応できない。

 あっという間にその場の障害を退けたマックスは、ゲートに飛び蹴りをお見舞いした。

 鎖と錠前が砕け、門そのものが吹き飛ぶ。

 けたたましいサイレンを耳にしつつ、マックスはさらに進んだ。


(この先に気配が固まっている……もうすぐか)


 マックスの優れた察知能力が決着が近いことを知覚する。

 その間も両手の魔銃はせわしなく獲物を仕留めていた。

 銃弾は例外なく心臓か脳を破壊しており、生き延びた者は一人としていない。

 それとは対照的に、マックスは未だに無傷だ。

 迫り来る遠距離攻撃の尽くを躱し、接近を試みる人間を撃ち倒している。

 帽子の鍔から見え隠れする双眸は凶暴な輝きを宿していた。






 百数十の人間を撃ち殺したマックスは、ついに最下層にまで至った。

 息一つ乱していない彼は、涼しい微笑を張り付けている。

 アンナを助けるという目的の元、一方的な蹂躙を楽しんでいたのだ。

 見る者が見れば、そこに圧倒的な狂気を感じたことだろう。

 殺人鬼としての本性が剥き出しとなりつつあった。

 それでもボーダーラインは弁えているようで、マックスは落ち着いた歩みで暗い通路を行く。

 この先にある扉の向こうからアンナの気配を感じるのだ。


 油断なく魔銃を構えながら、マックスは扉に突進して室内に侵入した。

 直径数十メートルほどの円形の巨大な部屋。

 相手をおちょくるような低い声が彼を歓迎する。


「おうおう、えらく暴れてきたようじゃないか」


 マックスは発言者に目を向けた。

 そこには数百の部下に囲まれた初老の男がいた。

 オールバックの赤髪に仕立てのいい黒い服。

 皺のある顔には邪悪な愉悦を浮かべている。


 彼こそがシレヴァード・ファミリーのボス、ダリル・シレヴァードだった。

 シレヴァードの隣にはアンナが捕まっている。

 彼女の瞳には驚きと期待、それに悲しみと怯えが滲んでいた。

 ここまで来たマックスに対して嬉しく思うと同時に、この状況に絶望しているのだろう。

 自身を包囲する犯罪者たちを横目に、マックスは気軽な調子で言う。


「約束通り会いに来た。彼女を解放してもらおうか」


「そうはいかないな。まず武器を捨てろ」


 シレヴァードは即座に返答する。

 当然の話だ。調子に乗って部下を追い払った者に報復するつもりが、自らの縄張りで大殺戮を起こされたのだから。

 余裕そうに構えていたが、シレヴァードの心は極度の怒りに支配されていた。

 愚かな偽善者を叩きのめすためには、まず武器を放棄させなくてはならない。

 人質であるアンナの存在を露骨に見せつつ、彼はもう一度促す。


「どうした、早くしろ。武器を捨てなければこの娘がどうなるか……」


「ほら、捨てたぞ。これでいいか」


 マックスは平然と二丁の魔銃を放り投げた。

 回転するそれらは遠く離れた位置に落下する。

 これにはシレヴァードを始めとした犯罪者たちは驚き、そして笑った。

 きっとマックスのことを大馬鹿者だろ心の中で罵っているのだろう。

 事実、この状況において最大の愚策と言えるかもしれない。

 頼りの武器を失ったマックスは為す術もなく嬲り殺される。

 彼らの脳裏には残虐な未来が思い浮かんでいたはずだ。

 しかし、現実はあまりにも不条理であった。


 嘲笑に渦に晒されるマックスは肩を竦めると、数十メール先にいるシレヴァードに向けて手をかざした。

 その手をゆっくり閉じながら、彼は冷たく言い放つ。


「俺が魔銃を使っていたのは……慈悲だ」


 次の瞬間、シレヴァードを含む数十人の犯罪者の頭が破裂した。

 甲高い音が鳴り響いて血肉が弾け飛ぶ。

 まるで見えない巨人の手が上から押し潰したかのような状態だった。

 頭部を失った死体がぐらつき、一斉にばたばたと倒れ伏す。

 血肉の中央に立つアンナだけが無事だった。

 唐突な現象は彼女の周囲で起きていた。


「攻撃するなとは言われていないからな。約束は違えていない」


 腕を下ろしたマックスは淡々と言う。

 この場にいる者は理解できはいなかったが、今のは彼による重力操作の結果だった。

 多大な重力負荷に耐え切れず、頭部が破損してしまったのである。


 何が起こったのか分からない犯罪者たちは戦慄した。

 自分たちのボスがいきなり死んだのだから当たり前の反応ではある。

 それでも硬直しているばかりではいけないと判断したらしい。

 数人が人質のアンナに近付こうとしたが、瞬時に頭部が吹き飛んで死体の仲間入りとなった。

 犯罪者たちはざわめき動揺する。

 マックスは世間話のように口を開いた。


「ああ、彼女に近付く者はお前らのボスの二の舞にする……さて、そろそろメインディッシュをもらってもいいかな」


 凍り付く面々に構わず、マックスは懐から鉄仮面を取り出した。

 最低限の凹凸しかないのっぺりとしたものだ。

 彼はそれを自身の顔に装着すると、今度はダスターコートの背部を探り始める。

 ほどなくして目当てのものを見つけたらしく、両腕を高く掲げた。

 抜き身のサーベルに全金属製のモーニングスター。

 鉄仮面の奥に覗く瞳には、昏い破壊衝動が渦巻いていた。

 くぐもった声でマックスは宣言する。


「皆殺しにしてやろう」


 弾かれたように駆け出したマックスは、居並ぶ犯罪者の中に飛び込んだ。

 間も置かずに上がる断末魔。

 力任せに振り抜かれたモーニングスターは、軌道上にいた者をミンチに仕立て上げた。

 千切れた手足が宙を舞い、返り血がマックスのコートと帽子に染み込む。

 マックスは素早くサーベルを回転させた。

 巻き込まれた犯罪者の首が刎ね飛ばされる。

 血霧が噴き上がった。

 反撃が来る前にマックスは走り去り、別の場所に躍りかかる。


「遅い遅い遅い……殺る気があるのか」


 縦横無尽に暴れまくるマックスを前に、犯罪者たちは何の抵抗もできずにいた。

 そもそもの身体能力が違いすぎる上、相手は一人だ。

 数百の人間に紛れた一人を殺すのは非常に難しい。

 乱戦によって焦り、同士討ちが多発していた。

 それらを嘲笑うかの如く、マックスは両手の凶器を振るう。


 殺人鬼は欲望の赴くがままに殺し続けた。

 相手が悲痛な声を漏らそうが、血肉がその身に振りかかろうが、凶器が破損しようが関係ない。

 犠牲者は彼の心を刺激するだけで、凶器も周りの獲物から奪い取るだけの話であった。

 室内から出ようとした者は、重力負荷で頭部を破壊されていた。

 皆殺しという発言をしっかりと実行するつもりのようだ。


 時折、犯罪者の攻撃が当たっていたが、マックスは少しも反応せずに動く。

 剣が手足を斬り付ければ、お返しに相手の首を切り裂いた。

 槍が胴体を貫けば、それを掴んで引き抜いて振り回す。

 弓矢が突き立っても、平然と投げ返して射手を殺した。

 魔銃という強力な武器が無くとも、マックスという男は十分に怪物だった。


 生き残りの犯罪者たちは今更ながらに気付く。

 自分たちが途方もない化け物に関わってしまったことを。

 尤も、もはや後悔しても仕方のない領域に達している。

 死の運命からは逃れられないのであった。




 ◆




 犯罪特区最下層。

 散乱する肉塊の中に二人の人間が立っていた。

 一人はマックス。

 彼は拾い上げた魔銃を腰に収め、ぼろぼろの凶器を放り捨てた。

 仮面を外した顔はどこか晴れ晴れとしている。


 もう一人はアンナ。

 彼女にはなぜか返り血が付いていなかった。

 震える両手を組んだまま、呆然と足元を見つめている。

 それが如何なる感情によるものか、彼女自身が理解できているのだろうか。


 ようやく気分の落ち着いたマックスは、彼女を抱えて地上に向かい始めた。

 道中、二人の間に会話はない。

 彼らの進行を邪魔する者は皆無だった。

 或いは無駄な行為だと悟っているのかもしれない。

 命知らずは行き道の時点で死んでいる。


 犯罪特区から遠く離れた路地にて、マックスはアンナを下ろした。

 二人は並んで歩く。

 ここからなら数分後には酒場に到着できるだろう。

 マックスは返り血を拭いながら告げた。


「シレヴァード・ファミリーは壊滅した。これで報復は考えなくていい」


「どうして、そこまで……?」


 アンナが言えたのはそれだけだった。

 冒険者に尊敬を抱く彼女ではあったが、目の前の男の異質さを間近で見てしまった。

 もう、以前と同じように接するのは不可能かもしれない。

 そんなアンナの変化にも動ぜず、マックスはマイペースに述べる。


「これが最善の策だったからだ。禍根の芽は根絶やしにした方がいい。それに……俺は殺人鬼だ。マークスマンという名は知っているか」


「えぇ、『魔銃の災厄』マークスマン。大昔の虐殺者でしょ……って、まさか!」


「そのまさかだ」


 鍔広の帽子を脱いだマックス――否、マークスマンは寂しげに微笑んだ。

 濃紺と暗紅色の入り混じった髪が揺れる。

 瞳は深い月色だった。

 外見は若いはずなのに、どこか老獪な印象すら受ける。

 マークスマンは帽子を被り直しながら呟いた。


「ここを真っ直ぐ行けば酒場に帰れる。達者でな」


「待って!」


 そのまま踵を返した彼をアンナが引き留める。

 酷く真剣な顔だった。

 マークスマンは首を傾げて問う。


「なんだ」


「あの、助けてくれて……ありがとう」


「これは俺の偽善に君が巻き込まれただけだ」


「違う。酒場での時のことよ……奴らの勝手を止めてくれて、すごく、嬉しかった」


 アンナは俯きながら感謝の言葉を漏らす。

 それを聞いたマークスマンは薄く笑い、再び歩を進め出した。

 彼は少し振り向き、目元を濡らす彼女に言う。


「今回の出来事は、悪がそれ以上の悪に負けただけだ。礼は必要ないさ」


 マークスマンは最後に皮肉っぽい笑みを見せながら前を向いた。

 ゆらりと歩く彼の姿は路地の闇に紛れ、やがて跡形もなく消え去る。

 取り残されたアンナは幻でも見たかのような気分だった。

 しかし、この数日間は全て現実だ。

 儚くも鮮烈な記憶を胸に収め、彼女はさめざめと泣いた。

これにて番外編はひとまず終了です。

だだ、いつか別視点でのエピソードも書くかもしれません。

今後は新作や短編の執筆がメインの活動になります。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

今後ともよろしくお願いします。


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