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番外編・中編

 それから数日間、マックスは酒場で寛ぐことが多くなった。

 持ち込んだ書物に読み耽り、合間に頼んだ料理を食べる。

 看板娘のアンナと話す機会も増えた。

 最初は面倒そうにしていたが、彼女のしつこさに負けたのだ。

 アンナは空いた時間にマックスの席を訪れ、楽しそうに彼の話を聞くのである。

 時には他の常連客も聞き耳を立てることもあった。


 アンナの予想通りというべきか、マックスの語る内容は波瀾万丈の一言だった。

 砂漠にてバジリスクと演じた死闘。

 天を貫く巨塔での蹂躙劇。

 辺境の小村を救うために奮闘した七日間。

 古代の遺跡で見つけた財宝とそれを守る兵器たちとの殺し合い。


 それらがすべて真実であるならば、彼は並大抵の冒険者ではないだろう。

 常連客もにわかには信じられないといった様子だった。

 単に吟遊詩人の歌として楽しんでいる節が強い。


 しかし、アンナだけは真摯な姿勢で話を聞いていた。

 遠くを見据えて語るマックスが嘘をついているとは思えなかったのだ。

 短い付き合いながらも、彼が虚栄を自慢する性格でないのも知っている。

 淡々と話す内容は、アンナが粘りに粘った末に仕方なく教えてくれたものなのだから。


 当のマックスも、酒場の居心地の良さを気に入っていた。

 中立都市リスエアに立ち寄って既に一ヶ月が経過していたが、未だに街を去る目途は立っていない。

 各地を放浪する彼が同じ場所にこれだけ留まるのは滅多にないことだ。

 ひとえに酒場の存在が大きいだろう。

 マックス自身、もう少し滞在したいと思えるほどだった。

 だが、別れのきっかけというものは唐突にやってくる。

 些細な出来事が連鎖的に作用し、思いがけない不運を招くものだ。



 ある日、酒場に数人の男がやってきた。

 毛皮の服を着た彼らは、周囲を威圧するように睨みながら中央付近のテーブルを占領した。

 如何にも柄の悪そうな男たちである。

 周りの客は嫌そうな顔をしながらも、表立って非難することはしなかった。

 微妙に雰囲気の悪くなった酒場で、男たちは好き勝手に振る舞う。


「おぉ、キレーな嬢ちゃんがいるじゃねぇか。こっち来いよ」


 男の一人がアンナを見つけ、下衆な笑みで呼び止めた。

 アンナは蔑んだ目で彼らを一瞥し、無視する。

 嫌悪を隠さない露骨な態度であった。

 腹の立った男は立ち上がり、アンナの手を掴む。


「調子の乗ってんじゃねぇぞテメェ! 俺たちが誰だと思ってやがる!」


 男の平手がアンナの頬を打った。

 乾いた音が鳴り、アンナは床に倒れる。

 これには周囲の客も席を立って男たちを睨みつけた。

 しかし、男の一人は余裕綽々と言った様子で言い放つ。


「そうかそうか、お前たちはシレヴァード・ファミリーに盾突くつもりなんだな?」


 そのセリフには相当な力があったらしく、客は苦々しい表情で黙り込んだ。

 中にはこそこそと酒場から出ようとする者までいる。

 気を良くした男たちはゲラゲラと笑い、アンナを引き摺って席に戻った。

 空いた席に彼女を座らせ、しきりに身体を触ろうとしている。

 アンナは唇を噛んで泣きそうになっていたが、周りに助けを乞うことはしなかった。

 それによって誰かが傷付くのを恐れているかのように。


 陰鬱な欲望に支配された空間。

 明け透けな悪を前に、人々は目を逸らして暴力から逃れようとしている。

 だが、彼らを責めるのは酷というものだ。

 誰だって奮い立つことができるわけではない。

 勇気や力が無ければ、なけなしの決心すらも水泡を帰すのだ。

 場の人間のほとんどが絶望を感じたその時、一人の男が声を上げた。


「静かに食事することもできないのか」


 店内の視線が隅のテーブルに集中する。

 発言者はその傍らに立つ男だった。

 着古したダスターコートに鍔広の帽子。

 やや長めの髪は後ろで結んで垂らしてある。

 昏い目は横暴を尽くす男たちを冷ややかに眺めていた。

 その手には二丁の魔銃が握られている。


 マックスだ。

 現状に見かけた彼は助け舟を出すつもりらしい。

 周りの客は止めようとしたものの、あえて言うような真似はしない。

 迂闊な発言で注目されるのを恐れているようである。

 マックスは落ち着いた様子で男たちの席へ歩み寄ると、感情を抑えた声音で警告した。


「一度しか言わない。早くここから出ていけ」


 言葉には確かな殺意が込められていた。

 今は下を向いている銃口だが、場合によっては即座に男たちを捉えるだろう。

 マックスは殺しすらも躊躇しない性質であった。


 それを察した男たちはたじろぐ。

 マックスの纏う尋常でない雰囲気に当てられたのもあるかもしれない。

 数の暴力を以てしても崩せない何かを感じたのだ。

 本能的なものが目の前の人物が危険だと囁いていた。

 数秒の逡巡の末、男たちは酒場の出口へと向かう。


「ぐっ……行くぞ、おめぇら」


「覚えてやがれ! ボスに報告するからな!」


 捨て台詞を吐きながら、彼らは退散した。

 それを無感動に見届けたマックスは、震えるアンナを立たせる。

 彼女の顔を見つめたまま、静かな口調で問い掛けた。


「大丈夫か」


「えぇ、平気よ……助けてくれてありがとう」


 アンナは微笑んで答える。

 強がっているのは明白だった。

 やはり露骨な悪意に晒されるのには慣れていないようだ。


 酒場に何とも微妙な空気が漂う中、マックスはその場を立ち去る。

 さすがに今日はこのまま居座る気にはなれなかったらしい。

 波乱の予感を感じた彼は、武器屋に向かった。

 そこで買い物を済ませて適当な宿屋を確保する。

 こじんまりとした部屋の中、マックスは独り思考に耽った。

 内容は先ほど追い払った男たちについてである。


(妙な集団だったな……犯罪組織のメンバーか?)


 これで終わりなら楽なものだが、きっと何か報復があるはずだと彼は予測していた。

 長年の経験で培った経験は物を言う。

 準備を整えておいて損はあるまい。

 マックスは特に慌てた様子もなく、武器の手入れを始めた。

 そして、脳裏ではどこから調査を進めるべきかを考える。


 すべては誰のためでもない。

 言うなれば自己満足と表現してもいいだろう。

 彼には『目的』を酷く欲している。


 アンナが誘拐されたのは、翌日のことであった。

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