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番外編・前編

 中立都市リスエア。

 そこでは昼も夜も問わずに活気が続いていた。

 酒場に行けば酔っ払いが跋扈し、通りでは商人の逞しい声が飛び交う。

 また、裏路地に入り込むと暗い事情を抱えた者と遭遇することになるだろう。

 清濁構わず呑み込んだ街。

 それがこのリスエアの特徴であった。


 中立都市の街並みは変化が著しい。

 常に周辺諸国から人やモノが流入し、そして去っていくのだ。

 市場も三日と待たずにラインナップが様変わりする。

 大抵の商人たちは好き勝手に売り払い、新たな品々を仕入れれば街からいなくなった。

 おまけに独自の自治権によって運営されているので、犯罪者集団の潜伏地としてもよく用いられている。

 変化に富んでいると言えば聞こえは良いが、住み心地や治安は悪い。

 相応の理由がなければ定住する価値の乏しい都市である。

 好き好んで居座るのはよほど酔狂な人間だろう。


 孤高の冒険者・マックスはその一人であった。

 彼は一日の大半を酒場で過ごす。

 とはいっても、特筆すべき行動はない。

 決まった席で決まった食事を取りながら室内の喧騒を眺め、夜更けにふらりといなくなるだけだ。

 風貌も大して目立たない。

 薄汚れたダスターコートを身に纏い、鍔広の帽子で目元を隠しているくらいである。

 冒険者の装備は個人によって千差万別。

 ド派手な恰好の魔術師がいれば、ほとんど魔物と見分けのつかないような亜人の戦士もいる。

 それらと比べるとあまりにも大人しいと言えるかもしれない。

 総じてマックスという冒険者は、誰の目にも留まり辛い男だった。





 その日もマックスはいつもの席に座っていた。

 何をするでもなく冒険者たちの馬鹿騒ぎを眺めている。

 彼のもとにウェイトレスが料理を運んできた。

 燻製肉を挟んだ薄いパンにスライスされたチーズ。

 グラスには安物の酒が注がれている。

 テーブルに置かれた品を見て、マックスはぽつりと言った。


「……酒を頼んだ覚えはないのだが」


「新しい常連さんへのサービスよ。それに酒場で酒を飲まないなんて、寂しいと思わない?」


 そう答えたウェイトレスは、自然な動作でマックスの向かいに座る。

 艶のある茶髪を肩で切り揃えた、快活そうな雰囲気の少女だ。

 ベストにワンピースといった出で立ちがよく似合っていた。

 ウェイトレスは上目遣いにマックスを見る。


「私はアンナ。あなたの名前は?」


「……マックスだ」


「マックス、か。いい名前ね、よろしく!」


 にこりと笑ったアンナは手を差し出した。

 マックスはやや釈然としない様子ながらも、その手を握り返す。

 そんな二人の様子に気付いた周りの客は、面白半分に囃し立てた。

 この酒場の看板娘であるアンナは、気になった客の席にしか座らない。

 それは必ずしも恋心というわけではなかったが、事情を知る他の常連客からすれば珍しいことだ。 

 少なくとも酒のツマミにできる程度の話題性はあった。

 酔っ払いたちは、二人のやり取りを見守る。


 複数の視線に晒され、マックスは少し居心地が悪そうだった。

 苦い表情で肉入りのパンを齧り、酒を呷っている。

 彼は溜め息混じりに問いかけた。


「それで、俺に何か用か」


「最近毎日来てくれてるでしょ? ちょっとだけ話してみたいなぁと思ってね」


 アンナはよくぞ聞いてくれたとばかりに返す。

 彼女の目は期待を映していた。

 それに気付いたマックスは、さらに顔を顰めて言う。


「楽しい会話ができる人間に見えるか」


「様々な出来事を味わってきたって目をしているわ。ここで仕事をしていると、そういうことも分かってくるのよ」


 そう言ってアンナは、じっとマックスを見つめる。

 曇り無き双眸は不思議な力を備えているようだった。

 自らの直感に絶対の自信を覚えているらしい。

 マックスは気まずそうに席を立つ。


「そうか。じゃあ、次に話せる機会を楽しみにしよう」


 テーブルに代金を置いたマックスは足早に酒場を去った。

 いつの間にか皿にあった料理や酒が無くなっている。

 あまりの早業に反応できる者はいなかった。

 目の前にいたアンナも呆然と酒場の出入り口を眺めている。

 周りの常連客は、ハラハラとした面持ちで彼女を観察していた。

 マックスの冷淡な態度に傷付いてしまったかもしれない。

 彼らは酔いの回った脳を総動員し、慰めの言葉を考える。

 立ち上がったアンナは――拳を握って叫んだ。


「いいわ、あのクールな年長者の対応! きっとすごい冒険譚を隠しているはずよッ! だって、すごくかっこいいもの!」


 歓喜に震える看板娘は、地団太を踏みながら興奮する。

 彼女の声は酒場全体に響き、喧騒を打ち消すほどの勢いがあった。

 心のダメージなど無きに等しいものだろう。

 常連客は少しでも心配してしまったことを後悔した。 





 ◆





 酒場を後にしたマックスは、通りの人混みに紛れ込んだ。

 歩く傍ら、彼は深い溜息を漏らす。


(なんだあの娘は……)


 アンナの叫びはマックスにも聞こえていた。

 なぜあんなに盛り上がっているのか、彼には皆目見当も付かない。

 彼女を期待させるような言動はしていなかったはずだ。

 それとも、本当に直感的なものが働いたのだろうか。

 まったく面倒なことだとマックスは嘆息する。


 気を取り直したマックスは、通りを進みながら今日の予定を考えていた。

 いつものように冒険者ギルドで依頼を受け、数日分の生活費を稼ぐべきか。

 しかし、アンナとのやり取りのせいでなんとなくやる気が出ない。

 金銭的な余裕もあるので、一日丸ごと休息に当てても問題なかった。

 そこまで思考したところで、彼は前方の店に気付く。


「書店か」


 通りに面したその建物は、室内に本が積まれているのが外からでも分かった。

 昼間にも関わらずかなり薄暗いようで、店の奥がどうなっているかが窺えない。

 どうにも怪しい佇まいだった。

 もっとも、この世界の書店としては比較的標準的と言える。

 膨大な量の書物を扱う関係で、どうしても整理整頓が為されていない場合が多いのだ。

 すべてが本棚に収まっている方が稀なレベルである。


 他にやることも思い浮かばなかったため、マックスは書店に足を踏み入れる。

 店内の埃臭さに眉を寄せつつ、何か面白そうな本を探し始めた。

 適当な本を手に取り、薄くなった背表紙の文字を確認する。

 それを何度か繰り返すうちにマックスは目を引くタイトルを発見した。


 ――――『近代の伝説たち』


 マックスは試しにページをめくっていく。

 書物にはここ二百年ほどの歴史で登場した著名な人物の記載があった。

 勇者や英雄を筆頭に、彼らの様々な偉業が細かに書き綴られている。

 中盤を過ぎた辺りでページをめくる手が止まった。

 マックスは目を細めて呟く。


「ふむ……」


 そのページには二人の人物に関する説明が為されていた。

 マックスは文字の羅列を読み進めていく。




 一人目は稀代の戦士、アルバート・ラウーヤ。

 『復讐王』の異名で有名な彼は、すべての戦士の憧れと言ってもいいだろう。

 異界の怪物とも称される勇者を屠り、大剣一本で一兵団を退けられるほどの力を有していたという。

 斬撃で山を叩き斬ったというのも誇張ではあるまい。


 彼の逸話でも特に強烈なエピソードは、人狼族の根絶だった。

 なんでも若い頃に仲間を人狼族に殺されたらしく、彼は種そのものを嫌っていたらしい。

 旅の末に強くなったアルバートは、周辺諸国を巡って人狼を殺戮し始めたのである。

 そして、ついには人狼の国すらも崩壊させてしまった。

 復讐王という名もこの時期に付けられたそうだ。


 アルバートはその生涯を通して戦闘に出向いていたらしい。

 数多のエピソードからもその姿勢が窺える。

 人狼根絶という荒々しい一面があったものの、彼は大勢の人を救う偉業を幾度もこなしていた。

 今でも感謝の念を込めて銅像や記念碑が建てられている町もあるそうだ。

 死後、アルバート・ラウーヤには『剣仁』の二つ名が与えられている。



 二人目は魔性の麗人、トエル・ルディソーナ。

 短期間だが、前述のアルバート・ラウーヤと行動を共にしていたこともあるらしい。

 彼女への評価は多様を極め、未だに結論付けられていない。


 トエルは歪んだ一貫性を芯に持っていた。

 それはすなわち、その場面における正義の徹底的追求である。

 彼女は常に勝者であり続けようとしていた。

 自身を揺るがぬ正義、または真実に据え置こうとしたのだという。


 ある人物は彼女を『殺戮の精霊』と呼んだ。

 またある者は『平和の礎』と呼んだ。


 端的に言うならば、トエルは自らの信念に恐ろしいほど実直だったのである。

 それと対極に位置する者は、容赦なく殺してみせた。

 暴虐に振る舞う大国だろうと太古のドラゴンであろうと町中の犯罪者であろうと関係ない。

 正反対の異名が付いたのは、この辺りが原因かと思われる。

 立場が違えば、見え方が全く違ってくる。

 トエルの場合はそれが極端だったのだろう。


 五十年前、彼女は大精霊の試練に挑戦し、見事打ち勝ったという話がある。

 なんでも肉体を捨てて上位の存在に成り上がったというのだ。

 それ以降、トエルは歴史の表舞台から消えた。

 しかし世界各地で彼女らしき人物の目撃証言が散発している。

 寿命という概念から抜け出た彼女は、今も自分の意志を貫いて生きているのかもしれない。




 目当ての項目を読み終えたマックスは、くすりと笑って書物を閉じた。

 直接的な交流はほとんど無かったが、二人とも彼の知り合いなのだ。

 時折、噂を聞くことはあったものの自発的に調べようとはしなかった。

 こういった形で知ることになるの予想外だったが、マックスは懐かしい気持ちに浸る。

 口元は微かに笑みを浮かべていた。


 しばらく佇んだ末、マックスはその書物を購入した。

 奥にいた老婆に代金を渡し、書店を後にする。

 その足取りは酒場を出た時よりも軽くなっていた。

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