煙突掃除のアル
昔々ある街に、アルという煙突掃除の少年がいました。アルは、毎日朝早くから夜遅くまで仕事をするとても働き者の少年でした。
毎朝毎晩仕事をする彼は髪も服も顔も真っ黒です。貧しい彼は、毎日お風呂に入ることができないので煤は全くとれません。
皆、そんなアルの姿を馬鹿にして笑っていました。
「煙突掃除の仕事は自分だけの仕事。僕がしないと皆が困るんだ。」
真面目なアルはそう言いながら毎日仕事に精を出しました。
そんなある夜のことです。
仕事から帰ってきたアルは不思議な夢を見ました。とても美しい女の人の夢です。
「私はこの街の女神です。」
今日は貴方にお伝えしたいことがあって来ましたと、アルにお辞儀をして言いました。
「貴方は毎日毎日、仕事を怠けずにしていましたね。お陰でこの街はどの街よりも綺麗になっていますよ。働き者の貴方に取って置きのお礼を致しましょう。」
そこで夢は終わりました。目を覚ましたアルは辺りを見回して誰もいないことを確認すると、
「不思議な夢を見たものだなぁ。」
とまた眠りについてしまいました。
その次の日、アルは目を覚ますと街が何やら騒ぎが起こっています。
「なんだ、なんだ?一体どうしたんだろう?」
アルは急いで服を着て、家を飛び出しました。
家を出て広場に出ると、やはりたくさんの人が集まっています。
「おい、一体どうしたんだい?」
アルが聞くと街のおじさんが言いました。
「なんでもこの国のお姫様が女神様の夢を見たんだと。そして、その夢にはこの街にお姫様のお婿さんになる男がいるとあったらしい。だから、はるばるここまでやって来て、男を一人づつ見て回っているんだそうだ。」
そう言っている間にも男の人が悔しがりながら人込みの中から出てきます。
「姫に会う次の者は誰だ?」
兵士がキョロキョロと見回したあと、アルに目を止めました。
「お前か?さあ、早く姫のもとへ行くがいい!」
アルは断る暇もなく、兵士に手をひかれ人込みの奥へと行きました。
人込みの真ん中に連れ出されたアルを見て、街の皆は大笑いです。
「お前なんかがお姫様のお婿さんになれるわけあるもんか!」
そう言われても仕方ありません。アルは兵士に引っ張られるまま姫の前に座りました。
しかし、お姫様の反応は皆の予想と違うものでした。
「まあ!貴方は……」
お姫様は汚らしいアルを見て手を叩いて言いました。
「貴方はアルですね。女神様が言っていました。貴方はこの街の誰よりも働き者で国の王様にぴったりだって。ぜひ、私のお婿さんになってくださいな。」
街の皆はまさか小汚ないアルが、耳を疑いました。
こうしてアルはお姫様のお婿さんになったのです。
王子さまになったアルは毎日幸せに過ごしました。
もともと真面目なアルは政治のことを大変よく学び、王様の手伝いもしました。
「いい息子をもったものだ。」
王様は働き者のアルに大変、満足していました。
そんなある日のことです。
アルが外を歩いているとどこからともなく声が聞こえてきました。
「おや、何の声だ?」
耳をすまして聞いてみると、何やら困っているようです。
「うーん、どうしたことだ。」
「どうしましょう。」
何を困っているんだろうとさらに耳を澄ませてみると、こんな会話が聞こえてきたのです。
「ごほっごほっ、今日も煤がひどいなぁ。一体どうにかならないものか。」
「やぁねぇ、おじいさん、無理ですよ。だって煙突の掃除の仕方はアルしか知らないんですもの。」
目を凝らして見てみると、声がするほうは黒い雲が浮かんでいます。方角は西の方角から。風に乗って黒い煙が城にもやって来ています。
アルは慌てました。
自分が王子になったために、あの街の煙突をする者がいなくなってしまったことに気付いたからです。
「これは大変だ!急いで街へ戻らないと!」
アルは走って王様の元へ相談をしに行きました。
しかし、王様は首を縦にふってくれません。
「そんな汚ならしい仕事を王子にさせるわけにはいかん。そもそもお前に頼りきりだったあの街の者共が悪いのだ。ほうっておけ。」
王様は立派になったアルを手離したくかったのです。
願いを聞き入れてもらえなかったアルは自分の部屋にこもり、深く悲しみました。
涙を流している間も、あの街の人々が苦しむ声が聞こえてきます。
「ああ、どうしたらいいんだろう?」
それからアルは耳を塞ぐようにベッドに潜り込んで出てこなくなりました。
アルが引きこもってしまって数日がたったある夜のことです。
アルは布団の向こう側から扉が開く音を聞きました。そして、誰かが入ってきたのでしょう。足音が静かな部屋に響いたのです。足音はどんどんとベッドの方に近づいて、そしてアルの後ろのほうで止まりました。
(こんな夜更けに誰だろう?)
アルは布団の中でそう思っていると、
「あなた、起きていますか?」
と懐かしい声が彼の上から降ってきました。
顔を出してみると、お姫様が立っていたのです。驚くアルにお姫様は言いました。
「城の抜け穴を教えます。一緒に街へ戻りましょう。」
アルはそれを聞いて、さらに驚きました。姫は続けて言います。
「綺麗な服を着て国を動かしているあなたに厭きたわ。」
彼女はアルの手をひき、
「だから、今度は私も一緒に汚れて誰かを幸せにしたいと思ったの。」
階段を目指す足を止めてアルに振り向き、微笑みました。
「煤だらけのあなたも嫌いじゃないわ。」
その夜、国の王子とお姫様がいなくなりました。
街に戻ったアルとお姫様はすっかり汚くなってしまった街の煙突を掃除し始めました。
しかし、アルがいなくなってから一回も掃除をされていない煙突の汚れは何回擦っても綺麗にはなりませんでした。
ようやく街中の煙突が綺麗になり、空の曇りも取れた頃にはアルとお姫様の体はお風呂に入っても取れないくらいに真黒になっていました。
でも、街の人々はアルを馬鹿にはしません。皆、アルの大切さに気付いたのです。街の皆が皆、煙突を綺麗にしてくれる彼に心から感謝しました。
ちょうどその夜のことです。
街の煙突を綺麗にし終え、眠りについたアルは不思議な夢を見ました。そう、またあの女神の夢です。
「アル、街を再び綺麗にしてくれてありがとうございます。」
そして、あの日のように言いました。
「あなたにとっておきのお礼をしましょう。」
しかし、アルは首を横に振って言いました。
「いいえ、女神様。お礼はもう結構です。」
その言葉に女神は驚きました。
「まぁ、何もいらないというのですか?こんなに疲れてしまっているのに……」
アルは答えました。
「確かに汚れて疲れてしまうけれど、今が一番幸せなのです。」
そうアルが言い切ると、途端に夢は終わってしまいました。そしてそれからアルの夢の中にあの女神が現れることはありませんでした。
夢に女神がやって来ることも、綺麗な服を着て美味しい食事をとることもそれからのアルにはありませんでした。しかし、真っ黒な煙突掃除屋のアルはいつまでもいつまでもお姫様と街の人々と共に幸せに暮らしたそうです。
お目を通していただき感謝します。