『ドラグーン』
「ふぅ、ここまで来れれば何とかなるかな?」
俺は、肩に担いでいた巨大な木箱の荷物を青草の映える地面に下ろすと、額の汗を拭った。
まだ朝方だって言うのにこんなに汗が出てくるのだ、やはり夜の内に森を抜けておいて良かった。
俺はそう思いながらうんと伸びをしてみせた、微かに開いたまぶたから眩しい太陽が覗く。
空はまるで俺の仕事の成功を祝福するように雲も殆ど無いような快晴っぷりだ。
うーん、どうせこのペースだったら昼過ぎくらいまでには目的地につけるんだもんな! 少しくらいは休んでも問題ないよな?
俺は、今自分が立っている丘の上から小さく見える街を見下ろして心中言い訳をしていた。
こんなに綺麗な草原があるのがいけないんだよな、俺だって昨日は寝ずにずっと荷物を運んで来たんだし、依頼主だって多目に見てくれるよな?
俺は、そんな風にまた自分に言い訳をすると、ゴロンと草原に寝転がった。
う~ん、草のいい香りが鼻孔をつく。
俺は、今自分が着ている皮鎧の留め金に手を掛けた。 やっぱコレ着たマンマは眠りにくいんだよな~
流石に夜の森の中とかだったら着けて眠るけど……ここは街も近いし、日も高いからな……
ほんの数十秒後には草原に俺の寝息が響き渡っていた。
☆
俺は、この時完全に寝入っていた。 そりゃあ、昨日夜通し森の中を走った疲れが出たんだろう。
まぁ、要するに……
俺は爆睡していた、多分夢も見ていなかったと思う。
が……俺の目覚めは唐突だった。
「ぐるあああぁぁぁ‼‼」
うぉ!
俺は、そんな昼寝時の平和な静寂を壊す声に叩き起こされた。
目覚ましにしては悪趣味なダミ声だな……
俺は、若干の寝不足と気持ち良く眠って居たのを叩き起こされたのとで多少不機嫌に成りながら身体を起こした。
むくりと起こされた上半身には至る所に青草がくっついている。
ちくしょう! 人が気持ち良く眠ってるってのに誰だよな!
俺は、俺を起こした奴を確認しようとして辺りを見渡した。
すると……
「ハァ……ハァ…… 誰か……!」
おいおい、マジかよ、勘弁してくれ。
俺の視界の先には、ついさっき咆哮をあげたと思う人型の怪物……魔物と、その魔物に剣を斬りつける同年代の少女の姿が有った。
魔物はそこまで巨大では無いが少女はもちろん、俺なんかよりも2回りほどでかく、4本の腕が生えていてそこから拳を突き出していた。
少女はそんな拳の応酬に自分の持つ剣を構えることでギリギリ直撃を免れていた……けど、長くは持たないだろう。
「はぁ~…… 厄介なやつにエンカウントしちまったなぁ……」
俺は、いまだ半分寝ぼけている頭でその魔物のことを考える。
確かあの魔物“女王級”だろ? くそ、あのお嬢ちゃん厄介なモン連れて来てくれたよな……
一瞬、依頼を受けて倒しに来たのか? と思ったがそれにしては様子がおかしい。
辺りを見渡しても少女の仲間らしい者たちはどこにもいない。 それに、“女王級”と言えばあの子が持ってる剣程度では傷1つつかないだろう。
となると、まだ駆け出しかなんかのお嬢ちゃんが運悪くあの“女王級”に遭遇しちまったてところかな……?
と、俺は取り敢えずの当たりをつけた。
……あの女の子には悪いが俺も次依頼を失敗したら解雇されちまうだろうからな……
俺は、さっきまで寝るときの為に外していた鎧を再度つけ、枕にしていた荷物を肩に抱え直し、少女達に背を向けた。
目指すはあの丘の下の街。
俺は其処でこの荷物を無事な形で運べばそれで依頼は完了で……
そうすれば俺もこれ以上解雇だとかそうじゃないとかで形見の狭い思いはしなくても済む訳で……
その瞬間、鈍い、何かを殴りつける様な音と、軽い何かがこの草原に落ちる音がした……その瞬間!
「誰か……誰か助けてよぉーー‼‼」
だあぁ~! ちくしょう‼ やっぱそんな簡単に見捨てれるかよ!
☆
「なんとか……間に合ったみてぇだな……?」
「え……?」
俺は、俺の背中の方でキョロキョロとしているお嬢ちゃんを見て苦笑しか出来なかった。
「なぁ、良かったら其処どいてくれねぇか? このままこいつの腕抑えるの辛いんだけど? 」
そう、今俺は魔物の腕を抑えている。
あの時、この少女が吹き飛ばされ、そしてこの魔物がこの子にトドメを刺そうとしていた所……俺は間一髪、止めることに成功した。
もう一瞬遅かったらマジでヤバかったな。
あ……それと。
「そこの木箱の荷物もさ、一緒にどっか安全な場所に行っててくんない?」
なんたって俺の首がかかってるんだからな、命を守った対価としては易いだろ。
「えっ…… あ、ハイ!」
俺の言葉に素直に返事をして、木箱を大事そうに胸に抱えて走るお嬢ちゃん。
うーん、転ばなきゃいいけど、あの子ドンクさそうだからな~
と……いい加減腕も辛くなって来たし……
「でりゃ! 」
俺は掛け声と共に思い切り上に魔物の腕を跳ね飛ばす。
それのせいで魔物がバランスを崩した隙に俺は大急ぎで間合いを取った。
「流石に……人間体のまんま“女王級”を相手に為るのは無理っぽいな……」
俺は自重を込めて苦笑を浮かべ、そして周りを確認した。
さっきのお嬢ちゃんは……いた。
木陰で俺の事を心配そうに見つめている。胸には律儀に俺の荷物まで抱きかかえられていた。
はぁ……しょうがない、人がみている所であんまりこれはやりたくなかったんだけどな……鎧も無駄になるし。
が、ここまで来てはそう引き下がれない。相手は仮にも“女王級”だしな、そう易々とは逃がしてくれないだろう。
俺は、ストンと、静かに覚悟を決め、そして解放した。
☆
「竜人……」
お嬢ちゃんの驚愕する声が小さく聞こえて来た。
性格には半分なんだが……
はぁ……やっぱビビるよな……
俺は自身を竜人形態にした為隆起した筋肉のせいで砕け散り、地面に四散した皮鎧を見つめた。
先ほどまで重たくのしかかっていた魔物の重圧が徐々に消えて行く事を肌で感じる。
腕には僅かづつ、薄っすらと鱗が浮かび上がってきてきた。
きっと、お嬢ちゃんの側にすれば、重圧が1つ増えたことになるんだろうけどさ……
ま、それは……
「命を救う為だ、堪忍してくれ!」
俺は、砕け散った鎧を吹き飛ばし、幾分か太く成った脚で大地を蹴った。
人間体の時では考えられないスピードで魔物との間合いを埋める。
俺が通ったあと、一瞬遅れて青草が散る。
「きゃあ!」
巻き起こった暴風のせいか、後ろの方からお嬢ちゃんの 悲鳴が聞こえてくるがこの際は無視だ。
俺と魔物の体が激しくぶつかり合った、今では完全に鱗の鎧が全身を覆っていて魔物の拳など恐怖の対象にはならなかった。
「ぐる……?」
魔物も、さっきまで人間体であった筈の俺が突如として竜人に成ったことに驚いている様だ。
俺は、自分の右腕を振り上げて……落とした。
☆
「大丈夫か?」
俺は、自分の姿が人間体に戻ることを感じながらお嬢ちゃんの方へ向かって行った。
あぁ〜完全にビビってるな……
俺は、腰を抜かした様におれのことを見上げるお嬢ちゃんの顔をみて思った。
ま、そりゃそうか……今までだって失神されたり、ひどい時には攻撃だってされたこともあるからな……
彼女は武器こそもってはいるが、どうやらそれを俺にむかってきりかかるつもりは無い様だ。
それに、今回、このお嬢ちゃんは目を背けないでみているだけずっと良いだろう。
俺が、お嬢ちゃんの足元に転がっていた木箱の荷物を拾い上げ、肩に担ぎ、お嬢ちゃんに背をむけた、その時。
「あ……ありがとうございました!!」
――ッ……!?
今まで、人を助けてお礼をいわれたのは……始めて、だな……
俺は、そんな初めての事に驚きを隠せず後ろを振り返った。
其処には、しっかりと立ち上がり、俺の事を見つめる少女の姿があった。
「えっ……と、ふもとの街まで行くんですよね?」
さらに予想外の言葉に俺は目を丸くしながらも首を縦に降る事で答えた。
「あ…あぁ……」
俺が半ばうめき声の様な声で返事をすると、少女は戸惑いがちに。
「よ…良かったら、わたしも一緒に行っても良いですか?」
俺は今度こそ参ってしまった。
い、一緒に行っても良いか。だって? コレまで生きてきてそんな事を言われたのは初めてだった。
だから、俺はその言葉に暫く返事が出来ずにいると、彼女は……
「あ……ゴメン、なさい……ダメだったら良いんです」
悲しそうに目を伏せながら俺に言ってきた。
だあぁ~! ちくしょう‼ そんな顔されたら連れてくしかなくなるじゃねぇか‼
「はぁ〜……しかなねぇな」
「ほ…本当ですか⁈ 」
「俺は嘘はつかねぇよ」
まぁ、どうせ今まで一人旅だったし、あのふもとの街までだしな。
人間の足で2日間くらい、がまんしてやんよ。