~少年の記憶 2~
スィルタイト共和国の川沿いにある小さな町に住み始めてもうじき1年経つ。
僕は礼儀作法や文字の読み書き、計算などを一通り教わった。子供だと思わず一人の大人として扱われ、徹底的に幼さを掻き消された。この1年で昔の自分とだいぶ変わったように思う。ベランダにいる恩人にお茶をお出ししに向かった。
「お師匠様は―――――もう行ってしまわれるのですね」
「はい。この国の暖かい季節はあっという間ですからね。逃すとまた一年待たなければいけないのです」
お師匠様は綺麗な銀髪をなびかせた女性で、黒色のつばが広い帽子をかぶり椅子に座って外を眺めている。テーブルにティーカップを置き、僕は一番聞きたかったことを聞いた。
「お別れする前に一つ質問があります。・・・お師匠様は、魔法使いなのですか?」
この問いにお師匠様は少しの間身動きをせず、ゆっくりな口調で話し始めた。
「わたしは、厳密に言えば魔法使いではありません。魔法と名づけたのはわたしですが、わたしやカズマくんが使う”これ”はお伽噺に出てくる魔法使いが使うものとは別のものです」
「精霊術―――――この言葉も私が考えたのですが、精霊に頼んで何かをしてもらうのでこれが正しい名前だと思います。でも人はわたし達が起こす現象を見て口をそろえて唱えるでしょう、魔法だ!と」
「もう面倒くさくなって魔法ですと答えてますけどね。カズマくんはそう思ったらわたしの弟子失格ですよ?精霊に対して失礼ですから」
長く話して喉が渇いたのかお茶を飲みつつ話は続く。
「まだ疑問に答えていませんでしたね。わたしは魔法使いではなく、カズマくんとも違う。わたしは精霊の仲介屋さんなのです」
「僕とも違うとはどういうことです?お師匠様は僕に精霊と話す術を教えてくださいました。なのになぜ自分と違うと仰るのです!」
僕は声を荒げて叫んだ。お師匠様と同じことが出来るように、明日を生きていけるようにたくさんのことを学んだ。だけど彼女は僕とは違うと言う。今日まで教わってきたすべてを否定されたような気がした。
「カズマくんは雪の精が見えますね。だったら暖炉にも光は見えますか?鍛冶屋のおじさんが鍛える金属には?君は見たことが無いかもしれないが、砂嵐の中にいる小さな光の群れは?」
「・・・僕には雪の精しか見えません」
「つまりはそういうことです。カズマくんは雪の精霊だけが見え、わたしにはいろんな精霊が見える。
会った時にも言いましたが、君は雪の精に愛されている。羨ましいとも思うよ。しいて言うならカズマくんは《白の精霊術師》ですね」
彼女はお茶を飲み干し立ち上がった。重そうな鞄と杖を両手に持ち、僕の前まで来て止まる。
「カズマくん。これから先どんな困難があっても君ならば乗り越えられると信じています。
あなたはいついかなる時も白のご加護があることを忘れないよう心がけなさい」
カズマの頭を軽く撫で、玄関から出て行こうとするのを見て、僕は尋ねた。
「肝に銘じます。これからお師匠様はどちらへ?」
「鉄の国はもう見て回ったし、大陸にある残り2つの国を周ろうと思います。君と同じ境遇の人を救わないと。見て見ぬ振りは嫌いなんです、性分なんでね。
もしかしたら私が救った子と戦う・・・なんてこともあるかもしれません。ですがそれも生きるために必要なこと。恨んではいけませんよ」
そう言い残してお師匠様は僕と別れて旅立った。僕もその後借りていた部屋の鍵を持ち主に返し、生きる糧を得るため次の町へ向かった。
年齢と釣り合わない大人びた少年は町から町へ渡り歩く。よりお金がもらえる場所へと。首都にいる少女と出会うのはまだ先のことである。
~ちょっとした豆知識~
この世界は1つの大陸に4つの国が成り立っている。
その中の1つが白の国<スィルタイト共和国>。
雪の女神を信仰し、白のご加護が自国にもたらされるのを祈る風習がある。