第6話
屋敷を出発して街道に沿って進み、吹雪が吹いてきた。日が暮れ外は次第に暗くなる。
野営に適した開けた場所がこの先にあると護衛の人がお父様の馬車に大声で言っているのが聞こえてきた。今日の夜には着くはずだったのに。吹雪のせいで美味しい食事が遠ざかってしまったわ。吹雪ときて次に浮かぶのは・・・カズマ。どうにかならないの?
しかし彼は首を横に振った。人前で大々的に使うのは嫌だったのよね。それに自然に起きていることだもの。何でも魔法で解決するのは良くないと前にカズマに教わっていた。
木を切り開いて作られた野営地に6台の馬車を円形に停めて少しでも風を防ぎ、中央で火を起こして食事の準備が始まった。
「今私、生まれて初めて野宿を経験しているのね。暖炉の火より暖かく感じるわ」
隣にいたカズマは分かりやすく、この些細な疑問に答えてくれる。
「えぇ、暖炉は寒さに耐えるため。この火は生きるためなのですから」
「何が違うの?普通の話し方で教えてくれないかしら」
「シェリ様は・・・んん。シェリは家の中で暖炉が使えなかったらどうする?」
「それはもちろんベッドの中で丸くなってるわ」
「じゃあ、ここでは?」「えーと、ここは無理ね」
「人は昔から火を扱ってきた。それは常に『生きるため』。今は余裕が出てきているから選択肢が増えたということさ」
「なるほど。この火は生きるための”1つしかない手段”というわけなのね」
「そうなるんじゃないかな。違う考え方もあると思うし、温かさが違う理由の一つとして思ってもらえたらいいよ」
そう言って彼は毛布をシェリの背中にくるんでくれた。食事が出来上がるまでまだ時間がある。大人はお酒を飲んで盛り上がり寒さを紛らわしているけど、私はまだ子供だもの。カズマが気を利かせてくれて本当に助かったわ。
暖かい。
でも、何か物足りない。
「・・・カズマもこっちに来てよ」
「えっ。・・・僕で良かったら」
毛布とは別の温かさが右肩から伝わってくる。もっと暖かくなりたい。彼の左腕にくっつくようにして暖を取った。いつかおんぶしてもらった時感じたぬくもりを思い出す。本当に馬車の外は吹雪いているのかしら。
「シェリ。寒くはないか?毛布をもう1枚もらってきても」
「ううん。カズマがいるから大丈夫よ」
「そ、それは良かった」
「もっとくっついてよ。隙間を開けたら寒ーい」
「・・・ちょっと恥ずかしいな・・・」
最後に聞き取りづらい声でカズマは呟くのだった。
メイドが作り配ってくれたシチューの皿をを受け取り、今の状態で食べる。
おイモがホクホクしていてニンジンがほんのり甘く、ベーコンの塩味がバランスを整えている。屋敷の外で食べているからか新鮮に感じる。シチューってこんなに美味しかったっけ?
カズマもまたシチューを黙々と食べていたが口元が笑っている。うん、満足そうでなにより!横で見つめていたら彼の方から私に尋ねてきた。
「おかわりはよろしいので?いつもならしてもいい時間ですが」
「配って回っているメイドがまだ食べていないもの。ちゃんと考えてるわよ」
そう言うとカズマは驚きを隠せないようだ。「お嬢様がおかわりを我慢するなんて・・いたたっ」
「私をなんだと思ってるの!もう、おかわりが普通みたいに言わないでよね!」
「すみません。驚きの余り口が滑りました」
もう、レディに対して失礼じゃないの!
淑女らしくしたのは指で数える程度なので言える立場じゃないのが口惜しい。
今日は早く寝て早朝に野営地を立つ予定だと聞いて、することが無くなってしまった。大人達は酔いつぶれて寝ており、今起きているのは火の番をしている騎士とシェリとカズマくらい。とても、暇だ。火の番の騎士も暇すぎて寝てしまっているほどに。
「暇ね・・・ねぇカズマ。何か面白いことしてくれないかしら」
静かすぎて敬語で話すカズマ。
「面白いこと・・・ですか。そうですね、今なら誰も見ておりませんし、少し野営地から離れたところへ行ってみませんか?」
「いいわよ。エスコートは任せたわ」
森は雪がしんしんと降り積もって二人の歩く跡を掻き消していく。動物たちも動きを止めこちらを見ているような錯覚さえ覚える。野営地が視界に入る距離の場所でカズマは立ち止まって、
「シェリ。この別荘行きは君の13歳の誕生日を祝うためでもあるんだ。だから今から君にプレゼントをあげる」
「えっ!?そんなの聞いてないわ?初耳よ!」
「コラ、動物も大人も起きちゃうから大声はダメ」
うぅ、ゴメン。口に出さないけどうなだれる私。
「じゃあ、始めるね」
彼は両脚を大きく開き、聞いたこともないこの国以外の言葉を用い低い声で歌い上げる。
足元の雪が青白い光になって浮かび上がり空へ昇っていく。見ている景色が日常とかけ離れ過ぎて信じられなかった。
【祖は雪 天から雪はもたらされ 大地に帰る やがて氷に成り 解けて木々を潤す
氷よ 人々を癒す涼しさを 二度と融けぬ 結束の堅さを以て 白のご加護があらんことを】
歌が終わるとカズマの手の平には小さな氷の結晶があった。ちゃんと紐を通せるような穴までついている。用意していたのか丈夫そうな皮紐を取り出し、首に着けてくれた。少しひんやりするけど、ほのかに暖かい。
「この氷は千年氷晶といって、雪の精が作ってくれたものなんだ。優しい精霊の思いが閉じ込めてある。きっとシェリを守ってくれるから」
「あ、ありがと。大事にするね」
余りのことに口がポカーン。初めて見た魔法に驚いて硬直。動かないシェリの手を引いて野営地まで送ってくれた。
でもね。この水晶をもらったことでカズマとの別れが近づいてるなんて思いもしなかったの。
いつまでも、いつまでもシェリのボディーガードでいるって思ってた!
シェリが悪いの?何が悪かったの?教えてよ、神様・・・。
明日で全部投稿してしまいたいので今日はもう1,2つ投稿します。
最終話までラストスパート!