第5話
・・・コンコン。
「お嬢様。もう朝でございます。早くお召し変えを」
「・・・まだ朝じゃない。そう、まだ朝じゃないのよ。えぇ、きっとそう。もっと寝てたーい」
「毎回毎回駄々をこねてはいけません。もう朝なのですから起きてください」
「ウソよ。外はまだ暗いわ。Zzz」
「Zzzと口に出さなくてもいいですし、我が国スィルタイトではほとんど曇り空でございます。では、失礼いたします」
メイド長が無理やりシーツを引っ張る。
バッ!グルグルグルー・・・ドテン。
「いったーい!誰よこんなひどいことをしたの・・・・ってメイド長じゃない。どうしたの?」
「お嬢様が一向にベッドから出ようとなさらないと侍女から頼まれたのです。今日が何の日かお忘れですか?」
「えっ?・・・んーと、あっ!今日は別荘に行く日だわ」
急いで着替え始める。櫛で髪を梳かしてっと。私が動き出すのに合わせて、部屋の中で待機していた侍女達が待ってましたとばかりに服の用意をしてくれる。髪を整えるのは女性のたしなみなので、鏡を見ながら確認し、最後に侍女に見てもらって部屋を出る。
今日の服は白のセーターで、山の中腹まで馬車で行くため、いつもより厚手のコートを着る予定だ。廊下にカズマの姿は無い。たしか馬車の車輪を雪道用のに交換するんだとか。見に行ってもいいけど、邪魔になりそうなので自重することにする。
今日の朝食は珍しく別々でとるそうだ。なによ、早く起きた意味ないじゃない。部屋に戻ろ・・・うわぁ、後ろの侍女達がすごい迫力の笑顔。あれはこっちの考えが丸わかりよ、みたいな顔だわ。戻って寝るのは危険ね。
素早く朝食を取り、やることが特に無いシェリはジェド兄様のところへ行くことにした。いつも軍のお仕事で居ないのだし、今日くらいは遊び相手になって欲しいと思うのは兄妹だからであろう。部屋に帰るのも両親のところへ行くのも気分が乗らないので選択肢が少ない。
どこかに外出する際の家の周りの点検、荷物の運び出し等は家族総出でするのが普通だが、貴族はやらなくてもいい代わりに暇だというのは贅沢な悩みである。
兄の部屋の前に着き、扉の前で深呼吸を、
「――――別荘――――だから――――警戒せよ――――」
「――――はい――――隣国――――――――」
何の話をしているんだろう。お父様とジェド兄様の声がかすかに聞こえてくる。
あっ、こっちに近づく足音が。どこかに隠れなきゃ・・・
こっそり左隣の衣服室に入り、たくさんのハンガーでかけられている服の間に埋もれるようにして隠れる。この部屋は服を傷めないよう常にカーテンで光を遮るため真っ暗だ。ギィッと衣服室の扉を開く音が聞こえたが、少しして扉が閉まった。ふぅ、やましいことをしていなくても隠れたくなる時ってあるものね。よし、もう一度お兄様の部屋に行こう。
扉に3回軽くノックをし、返事を聞いた後に中に入った。
「ジェド兄様、今お時間はよろしいですか?」
「あぁ、いいよ。そろそろシェリがこっちに来るかなと思っていたところだ」
「来ることが分かっていたのですか?」
ジェドは椅子に座ってこちらを見ていた。軍の服を着ているのはきっと別荘までの護衛をしてくださるからだろう。右手でベッドを指さし、座って構わないよ、と言われたので素直に従った。
「もちろんだとも。シェリは昔からせっかちで、することが無いと落ち着かない。性格というものはすぐには変わらないよ。長い間時間を作ってあげられなかったが、別荘に着いたらいつでも話し相手になってあげよう」
「別荘に着いたらではなく今も、ではないと困ります。暇で死んでしまいそうですわ。カズマも忙しくて傍におりませんし。軍であった面白い出来事をお話ししてくれませんか、ジェド兄様ー?」
「お安い御用だ、では何から話そうか。・・・・カズマ・・・例の少年か・・・」
私のお願いに快い返事をくれたお兄様が小さな声で何か仰っていたような。上手く聞き取れなかった。
軍での逸話や英雄譚を聞いているうちにいつの間にか時が過ぎて、もう出発の時間になってしまっていた。兄が私を飽きさせないように話し、向こうでもこんな風にお話しして皆を楽しませているのかしら、と少し羨ましい。ハイクの扉を叩く音がお開きの合図となった。
外には馬車が6台整列していた。馬の脚には真新しい蹄鉄が光り、屋根付き馬車は近頃流行っているバネ仕掛けのサスペンション付きでお尻が痛くないのだとか。私とカズマ、あとはメイドと侍女等が一緒になってそのうちの一台に乗り込む。
別荘の周りの治安がどうなっているか分からないので、お兄様と屋敷の警備の者たちで盗賊に襲われないよう馬に乗って警備されるとお話しの最後に仰っていたけど、本当みたい。いつもは門の警備をしている騎士さんが馬と共に整列して控えているもの。頑張ってね!
全員が乗って動き出した時には昼を少し過ぎたころで、メイドが作ってくれていたサンドイッチを配ってくれる。レタスと卵にハム、チーズが挟まり美味しすぎてすぐに無くなってしまった。手づかみで食べれるお手軽なこの料理を考えた人は天才ね。で、おかわりはどこ。おかわりしたーい!
あら、まだ一つ残ってるじゃない。それちょーだい?
サンドイッチを見つめた先でバスケットを持っているメイドが言う。
「しかしシェリお嬢様、馬車の中で待機している男性にはいざというとき動けるよう2つご用意して・・・」
「いえ、お嬢様が望まれているならば半分お譲りしましょう」
「ホントにいいの?」
「飯の恨みは恐ろしい、と昔の人も語っております。
2つとも食べたらシェリ様はお怒りになるでしょうから」
べ、別に怒ったりなんか・・・しな・・・するわ。多分。
そこまで言うならもらってあげる。好意は素直に受け取るのが一番よね。
「ありがと。でも半分にするのは私がやるわ。それでいいわね?」
「はい。お好きなように」
包丁で切ったように上手に半分には出来なかったけど、これでいい。大きめのをカズマに、小さめのを私は食べた。もうすぐ山の麓に着きそうだし、しっかり働いてもらわないと!