第2話
ここは一年のほとんどが雪で覆われたスィルタイト共和国。人々は家の土台を高くし、屋根は頑丈に作られ、暖炉で子供たちが暖まっている姿が想像できる。首都リンクリースでは新しい一年を迎える前に盛大なお祭りが催されようとしている。いつもは寒くて外を出歩かない人々も、こぞって光で彩られた街並みを楽しそうに歩いていた。
街の中で一際立派な豪邸がそびえ立っていた。要塞を連想すさせる四方を風を防ぐためか高い黒塗りの塀、中央に存在する分厚い門に住民たちの目が行く。
「シェリお嬢様。ウェントワース邸に到着しました。邸内に入られましたら急いでお風呂にお入りください」
「うん、そうする。・・・でもカズマのせなかの上だとさむくないのはなんでだろー?」
「わたしの体温が高いせいかもしれません」
体温が高いせいだと聞いてシェリはあまり納得ができていない。
だって、外から吹く寒風が一向に彼女の体を叩きつけず、おぶられてから突然無風になった。風が止んだのだとしても微風程度は頬を撫でていくものだろう。逆にカズマから暖かな風を受けているように感じる。
「そうなの。んー?」
皆が見つめている先に2人の男女が向かっていく。彼らは誰なのか。そう思った人もいたが、この家に住まう者だと察し目線を下に向け頭を垂れる。首都内部でも名高いウェントワース家はこの国で最も信頼を気づいている家柄なのだった。だが王族なのではなく、王に仕える貴族の一つに過ぎない。この家には昔国民の盾となり剣となった歴史があるのだが年を経ても風化せず依然として高い支持を得ている。
「では門を開けますので、背中から降りて後ろに下がってくださいますか?」
「うん。さむいからはやく終わらせてまたおんぶして!せなかの上ポカポカしてあったかいの!」
「はい。しばしお待ちを」
毅然と少年は門の前に立ち左の門扉に手をかけ、なんとあの分厚い扉を動かし始めた。
ズズズッっと異様な音を響かせて彼は扉を開けていく。扉の周りの雪は扉を動かすとその場で積もったままのはずだが、雪自体が扉を押しているように沿って動いていた。だが周りの人にはそこまで目の良い者はおらず気づかないのであった。
「あの子、分厚い扉を一人で・・・!すごいわねぇ」
「ウェントワース家の者は門を手で開けられるのか?かないっこねえよ!」
「ただのお金持ちというわけではないんじゃのう」
口々にさえずり合い、この日酒場ではこの話題が酒の肴になり、たいそう盛り上がったそうな。
それはともかくとして、”カズマ”と呼ばれた少年は後ろに立っていた少女を背負い、邸内に入っていった。門を閉めていくことも忘れない。
「「「おかえりなさいませ、シェルティカお嬢様」」」
メイド長を中心として数十人のメイド・執事たちが彼らを出迎えた。
屋敷の中は中央に10人が手をつないで横一列に並んでも余裕があるくらい幅のある階段が目立ち、玄関はメイド達が扇型になるよう位置している。
カズマはメイド長へ一歩前に出て一礼して言った。
「お嬢様は水たまりで転んでしまわれました。風邪をひいてしまうかもしれませんので、早くお風呂へご案内を」
「なるほど。ニーナ、エリス、暖かいスープのご用意を。アリサは着替えを用意なさい。ではお嬢様、こちらへ」
「はーい・・・くちゅん。またあとでね、カズマー」
メイド長に連れられ、シェリはお風呂場へ進んで行った。
するとカズマへ最年長の執事であるハイクが目をやり語りかけた。
「シェリ様のお相手ご苦労であった、カズマよ。お前も外は寒かったろう。ニーナとエリスにお前の分のスープも用意してもらうよう頼んでおいた。体を冷やさぬうちに飲みなさい」
「ありがとうございます、ハイク様」
カズマはハイクに一礼し、食堂へスープを貰いに行く。
その後ろ姿を見て彼は、
「あやつもまだ子供だというのに。少しは我が儘を言ってくれた方が安心出来るというものだ。仕事を探している、とこの屋敷を尋ねてきたときは少し驚いたものだが」
ハイクは髭をいじりながら眉間に皺を寄せ考え込んだ。苦労性である自分を自覚しているのだが、治る見込みはなさそうだと彼はふと思うのだった。
独り言めいたことを呟いたのに答えるように、若い執事のアルフレッドが溜息をついた。
「ですね。あいつ屋敷の人には常に敬語だし、同じ身分のおれが声をかけてもダメですし。おれが何度休暇が欲しいってメイド長にお願いしていることか」
すかさずハイクはダメな部下の頭を叩く。ちょっと強めに拳を固めて。
ベコッっと出てはいけない音な気がした。
「お前も仕事の姿勢は見習え!」
「っっ!!いってーなくそー!…了解しました~」
「アルフレッド!言葉使いに気をつけろとあれほど!」
厳しい一括を自分が言った台詞から察知したのか、アルフレッドはすたこらさっさと逃げ出した後だった。
だったら言わなければいいのでは?と思うが、全く懲りた様子はない。
このことに対してもさらに頭を悩ませる。
「しかし、どうしたものやら。どこから来たかと問うても答えぬまま。何ともままならぬものよ」
―――食堂にて
「あー!カズマいたー!わたしもスープたべるー」
彼目がけて大声を上げながら食堂内をひた走る小さな人影。
「……」
声の発生源に気づかず黙々とスープを飲む手を止めないカズマ。
「うー!わたしを無視するほどおいしいのね、それは!2はいめ残ってる?」
「ちゃんとありますから心配はいりませんよ」
「お嬢様、頭を乾かすのでこちらにいらしてくださいな」
後ろから侍女達の声がする。
だがカズマの耳には入らない。黙々とスープを飲み続けている。1口ずつ、また1口と飲んでは目がうつろな様子。
たったった・・・がばっ
「・・・うわっ、お嬢様、いかがされましたか」
「もう、カズマ。気づくのおそい!こんなによんでるのに~!」
「すいませんでした。少々考え事をしていたもので」
「だったら”ばつ”として、わたしの頭をかわかしてよー」
「かしこまりました」
侍女からタオルを手渡され、ブロンドの枝毛ひとつない美しい髪についた水気を丁寧に拭きとっていく。
はたから見れば兄妹が仲睦まじくしているのだと錯覚してしまいそうだ。だがそこには身分の差があり二人を隔てている。シェリとしては構って欲しさに命令という形で。カズマはそれに応えて。
どうして私はカズマに『ばつ』を与えるということでしか頼みごとができないんだろ?
お父様に聞いても、それがこの家の者として『あたりまえ』のことだからだとか。お母様に聞くと、お家の『ほうしん』だからだとか。よく分からないけど、大人になれば分かると思う。シェリはそう信じてる。
第1、2話の時点でカズマは12歳、シェリは7歳です。
ちょっとカズマ大人びすぎてない?というのは設定ですのでご勘弁を;
童話ってこんな感じ?な偏見が多少混じります。