第1話
このお話で冬の寒さと暖かさを感じられたら嬉しいです。
「おそとまっしろだー!白い白い!」
辺りを見渡し思うことはただ、白いと思うほどの一面雪景色だ。積もった雪のせいか音が吸い取られて少女の声以外聞こえない。淀んだ灰色の雲の合間から太陽が垣間見え、雪が時折りパラパラと降ってはいるがもうじき止むだろう。その中で白い耳当てをつけ茶色い外套を着た少女が自分の足跡に気付き、はしゃいで周りを駆けてゆく。
「シェリ様、足元にお気をつけください。雪が溶けてぬかるんだ場所もございますので」
僕は目の前にいる少女、シェルティカ様をたしなめました。
「わかってるわ、カズマ。でもすごいね!ほらこんなにわたしの歩いた跡が…あうっ」
彼女は近くにあった水たまりに足を取られ、膝から下がビショビショになってしまった。
手をおつなぎした方が良かったのだろうか。執事としてどのような態度が許されるのかまだ分かっていない今、無難に行動しようとしてこのような結果になってしまった。
立ち上がらせるようと歩み寄り、しゃがみ込んでお声をかけた。
「お怪我は無いですか、シェリ様?」
目の前で泣きそうになっていた少女であったが、袖で顔を拭うとたいそう気持ち悪そうな様子だった。袖も先ほど地面に手をつけたとき汚れ、さらに顔が泥まみれになったのだ。
「なんかとてもばっちくて、ぬれてびちょびちょ。シェリ、もうおうちにかえりたいよぅ…」
「では帰るといたしましょう。わたしの背中にお乗りください。それまで辛抱して下さいね」
「ありがと。カズマ」
そして僕は汚れたお顔を拭いて綺麗にしてやり、前に歩いてきた足跡を辿ってゆっくりと歩く。
「きもちわるい!はやくおふろ~!」
「まだなの?カズマ~」
駄々をこねている雇い主の娘さんには気分を変える何かが必要だ。これならどうだろう?
「もう少しの辛抱ですので。ほら、あんなところに兎がいますよ」
「え?どこどこ?」
雪原に目を向け、どこだどこだとせわしなく動いているのが背中に伝わってくる。
「ほら、あそこです」
彼がそう言うと、レンガで固められた用水路沿いの街道だというのに、雪の中から一匹の兎がこちらに近寄ってくるではないか。
兎は一定の距離を保ち、彼らの周囲を回り始めた。
「ほんもののウサギさん!かわいいね!」
「そうでございますね」
年齢と異なり落ち着き払った少年と少女は雪がまだ止まない空の下、兎を伴い帰路に着く。
――――止まない雪。
音が消えた道。
行く先で一粒ごとに降り積もっていく雪、雪、雪。
道を、世界を、白に染め上げていく―――
少し不安で、自分の足跡がたくさん残せると愉快だと考えたりもして。
ゆらゆら揺られ少女は夢でも見ているみたい、と思いつつ意識が遠のいていった。