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Asgard  作者: 橘花
6/32

6.怒りの日

 6.0 Wetter



「…………」



 ここ数日間の晴天とは打って変わって天気は崩れていた。


 アインザッツ城の周囲約3kmにも拡がる広大な草原地帯は、まるで大時化おおしけの海原の如く荒れている。

 強風で雨は横殴りに強く降り、点々とある樹木は軋みながら稲穂のようにその身を大きく揺らしていた。

 そして空は、まだ朝方だというのに夜のように暗黒に包まれ時折雷鳴が轟いていた。


 嵐。


 そう呼ぶのにこれほど相応しい天気はなかった。



「それで、人間側から連絡があったと?」



 カルシファーはベッドから上半身だけ起こし窓の外を見ながら、傍らにいる燕尾服の良く似合う初老の紳士に言った。

 滝のような雨が窓を強く打ち付けていた。


 カルシファーが上に座るベッドは一人で寝るにはあまりにも不釣合いなキングサイズ。

 何故この様な物を使用しているのかと言うと、実はこのベッドは疲労度回復効果20%UP付きの課金アイテムであった。

 ゲーム内では疲労度が数値化されていたのでその効果を実感出来たが、ゲームではなく現実となった今本当に恩恵を受けているのかよく判らなかった。

 敷いて言えば現実のベッドと相変わらずよく眠れる、という事実だけだ。

 このアイテムももしかすると転移の際、消滅する代わりに特殊効果が消えてしまい只のベッドになってしまったのかも知れない。


 結構出るまでガチャ回したのにな、と思い返すカルシファーだった。



「はい。なんでもヴェルディ領領主の使者だという話です。獣人の子供達を買い戻したので返したいと」


「領主が絡んでいたか……まあ当然か。それにしても随分都合の良い話だな」


「何か裏があるのはほぼ間違いないでしょう。どう致しますか?何なら此方で内密に処理して置きますが」



 処理をする、というのは文字通り皆殺して獣人の子供達を自力で探すという選択肢だろう。



 吸血鬼ヴァンパイアアガリアレプトは、カルシファーに獣人達から聞いた内容を報告していた。


 先日、人間に叛逆すると決めアインザッツに従属し忠誠を誓った獣人達。

 アガリアレプトはその獣人達に今は事を公けにせず、助けた子供達も隠しておけと伝えていた。

 だがその翌日にも早くも人間側から接触があったのだ。

 使者は、子供達が消えた事には一切触れず、手違いで売られた子供達を買い戻したので引き渡したいから日時を決めてくれと言った。

 当然、今更どの面下げて来たんだと獣人達は殺気立ったが、アガリアレプトの言葉を思い出しその場は何とか堪えた。

 集落のおさが一人で話しの場をもったこともあり、なんとか穏便にその話は終わったのだ。

 そしてその話を聞いたアガリアレプトはアインザッツの王であり、自らの主人であるカルシファーに判断を仰ぎにきていたのである。



 さてどうするか、カルシファーは考える。


 出来るだけ穏便に事を済ませたいのが本音だったが、最早そうはいかないだろう。

 獣人や虐げられている他種族に手を貸し、またその獣人が人間に対し反旗を翻すとなると人間と抗争になるのは必須。

 クエストでも似たような系統のものが幾つかあった。

 どちらか一方に味方すればもう片方が敵になる。

 ありがちな話だ。

 しかし、まだアインザッツという一勢力が目立ちたくないというのも事実であった。


 今だに他プレイヤーの存在を警戒しているカルシファーは、まだ情報が集まり切っていない今は目立つのは得策ではないと思っていた。


 だが、遅かれ早かれアインザッツは勢力を拡大し名を知らしめるだろう。



「よし、俺も引き取りの場に出る」



 結果、カルシファーの下した決断は獣人達にも挨拶の意味を込めて、子供達の引き取りに立ち会う事だった。

 その折に、人間達とも協議できればより良い。



「どうせあっちもタダでは返さないだろう。万が一に備え、何人か黒円卓から連れて行く」



 最悪、いや恐らくは人間側との衝突になるだろう。

 それは容易に予想出来た。

 そんなに高Lvの人間がいるとは到底思えないが、心配性なカルシファーは黒円卓議会から何人か連れて行く事にした。



「それが宜しいかと存じます」



 アガリアレプトはカルシファーに同調する。

 仮に人間側が領軍を出したとしても、我ら黒円卓議会の面々が二人もいれば充分過ぎると確信していたからだ。


 先日、高Lvの人間ヒューマン——アレックスを屠ったアガリアレプトからすれば、アレ程度が幾ら束になろうと自らの主人であるカルシファーを護り通せる事は判っていた。

 それほどにまで人間は脆い。

 300年という時間を経て尚、人間はまるで進歩していないとアガリアレプトの中では結論づけられていた。


 黒円卓議会の面々が最も優先すべき事項。

 それは獣人達を人間から解放する訳でも人間と戦争し蹂躙する訳でも、この世に『アインザッツ』の名を知らしめる訳でもなく、自らの産みの親たるカルシファー=アインザッツを護る事である。

 彼らは主人の命を守り、主人の目となり耳となり手足となって忠実に行動する事に存在意義を持っている。

 それぞれ個性があり忠誠を示す方法は違えど、黒円卓誰もがカルシファーの為に行動している事に違いはなかった。



「じゃあ手配しといてくれ。行く者と日時は勝手に指定してくれて構わない」



 それを聞いてアガリアレプトは、承知しました、と一礼した。

 だが、聞いていたのはアガリアレプトだけではなかった。

 不意に、予期せぬ第三者の声がカルシファーの耳に入ったのだ。



「ご主人様〜私も一緒にいきますー!」



 何やら近くでくぐもった少女の声が聞こえてきたのである。


 ——おや?とカルシファーは首を傾げた。


 アガリアレプトの他にこの部屋に誰か居たのか?

 声の聞こえた方に視線を向けると自分の足下あしもとの布団がもぞもぞと動いていた。



「角?」



 最初にヒョコッと角が布団から飛び出した。

 そしてそれはゆっくりと全体をあらわにしていった。



「留守番ばっかりあきたから連れてってご主人様〜」



 微かに甘い香りと共に、先ほどの布団の中からのくぐもった声とはまるで別の、鈴の音の様に透き通った声が聞こえた。


 まるで雪の様に白く艶かしい肌、まだ幼いその華奢な肢体は触れれば壊れてしまいそうなほど繊細で美しかった。

 そして白銀の滑らかなロングヘアーから伸びる美しい角。

 それが彼女たる証、『オニ』という種である事を主張していた。

 彼女もまた、黒円卓議会第12席に名を連ねる者の内の一人、メフィストフェレス。

 だが、そんな彼女が何故此処にいるのか?


 しかも一糸纏わず産まれたままの状態で。



「……そこで何をしているんだメフィストフェレス」


「え?ご主人様と一緒に寝てただけだよ」



 カルシファーと同じようにベッドの上に上体だけ起こしたメフィストフェレスは、目を擦りながらさも当然の事の様に言った。

 こしこしと眠そうに目を擦っている様子はまるで遊び疲れた子供のようである。



「……お気付きでなかったので?」



 アガリアレプトが若干眉間に皺を寄せながら問い掛けた。



「ああ。今知ったよ」



 カルシファーにとってこの城は家みたいなものであり、寝室に一々鍵を掛けるなんて事はしていなかった。

 それの所為で今のような状況を引き起こしたのだが、アガリアレプトはてっきりメフィストフェレスが許可を取って同衾どうきんして居たのかとばかり思っていたので、眉間に皺を寄せるのも当然だった。

 主人の許可なく勝手に閨を共にする事は、幾ら仲間だからと言って見過ごせる筈は無かったからだ。



「メフィストフェレス。今直ぐベッドから降りなさい。御主人様を困らせるのは宜しく有りませんね」



 若干の怒気を孕み、アガリアレプトは告げた。

 部屋の気温が少し下がったかに思える程冷たい空気がその場に流れた。



「まあ、取り敢えず服着てからで良いから」



 悪くなった部屋の雰囲気を払拭しようとカルシファーは口を挟んだ。

 取り敢えず早く服を着てくれ、カルシファーの真摯な願いはどうやら受け入れられたようだ。

 メフィストフェレスは少し落ち込み気味の声色で返事をすると、ベッドの傍に脱ぎ散らかされた衣服に向かいのそのそと移動を開始した。

 嵐の所為で薄暗い室内でも彼女の白く艶のある肌はよく映えた。


 アガリアレプトは訝しげな目でそれを確認するとカルシファーに向かって謝罪した。



「大変申し訳有りませんでした御主人様。後でキツく言って置きます故、何卒御容赦を」


「別に構わないが今後は許可を取ってからという事で」



 此処はゲーム内の2Dのグラフィックではなく、3Dの質感も匂いもある現実リアルだ。

 添い寝するという行為は彼女なりの愛情表現なのかも知れないが、カルシファーにとっては色々と身体に悪いのであまりやられては困る。

 ただのゲームの頃は普通に一緒に寝ていたりしたものだが、現実に置き換えるとこれ程インパクトのあることだとは思ってもいなかった。

 特に、黒円卓の中でも幼い容姿の彼女の場合、傍から見ればどう見ても犯罪者待った無しだ。

 かといって昔は普通だった彼女の行為を今更無為にすることも出来ないので、今後は最低限服を着る事を条件としよう、そう心に決めたカルシファーだった。



「ああ、それと、メフィストフェレスは最近警衛ばかりだったから引き取りの際随行するメンバーに加えて置いてくれ」



 確かに彼女の性格上あまり動かない警衛などの任務は向いていないかもしれない。

 ここは彼女の希望通りに一緒に行ってもらう事としよう。



「畏まりました」


「やった!ありがとうご主人様〜」



 カルシファーは喜ぶメフィストフェレスを見ながらふと思った。


 その普段身に着けている、大きな鉄の首輪とか手に結んだ鎖のアクセサリーは全部取り外し可能だったのか、と。



 ▼▼▼



 5日後。


 獣人達と人間側との話し合いも進み、遂に引き渡しの日がやってきた。


 連日降り続いていた雨はもう完全に姿を消し、空には雲一つ無い晴天が広がっている。

 ジルあたりに聞けば、絶好のお昼寝日和だと答えるぐらいに天候は良好。



 ——だが、この日はアインザッツにとって決して忘れる事の出来ない一日となった。


 そして、この日は後にこう呼ばれた。



 Dies Irae(怒りの日)と。



 ………

 ……

 …



 6.Diesirae



「いやいや何だよこのマント。もっと地味なのでいいから」



 カルシファーに手渡されたのは自分の身長の2倍にも迫る袖を持つ豪華なマント。

 至る所に装飾が散りばめられており、赤を基調としたそのマントは多分1km先で見えるんじゃないかと思うほど派手だった。



(こんなもん着てたら引っ掛かって転けるだろうし、なんかよく見たら成金みたいで逆にダサくないか?)


「いえ、ご主人様。これは歩行の邪魔にならない仕様になっている物です。それにアインザッツの主であり何れは世界を手中にする御方にこれ程相応しい衣装は有りません」



 カルシファーの内心を見透かす様にリリスはそう告げた。


 美しいブロンドのロングヘアーを靡かせ、背中から虹色の翼を生やした彼女は悪魔デーモン

 彼女はカルシファーの衣装選びに必死だった。



「 残念ながら消滅してしまった数多のアインザッツのたからの中にはもっと相応しい物も有ったのですが……現状はこれが最高の品です。ご主人様」



 そう言って胸を張るリリス。


 実は彼女は今日は御留守番だ。

 メフィストフェレスがついて行くと聞いた時には血の涙を流しそうな勢いで震えていたが、カルシファーが変わりと言っては何だが今日着て行く服を選んでくれ、と言うと簡単に復活した。

 余程メフィストフェレスに先を越された事がショックだったのだろう、何故か彼女らはあまり仲が宜しくなかった。

 しかし、彼女のセンスは自分にそぐわない様で、いや、もしかしたら本当にこの服が一番良いのかも知れないが、些か恥ずかしい。



「高々市井の人間如きにはその服は勿体無いと思わないか?だからもう少し地味なやつに……」



 苦しい言い訳だが理由を付けて服を変えようと試みる。

 一度彼女に頼んだ手前今更自分で選ぶなど言い出せなかった。



「言われてみればそうですね。ご主人様の姿を見る事ですら光栄な事なのに、晴れ姿を見るなんて以ての外。では此方はどうでしょうか?やはり先程の物よりは劣りますが、機能性はより高いかと」


「おお、これで良い」



 そう言って手渡されたのは身の丈にあった質素な黒のマント。

 何の材質か判らないが怪しげに黒光りするそのマントは、見た目程重量感はなく対魔法防御のオプション付き。

 これなら問題なさそうだ。



「お気に召しました様で何よりです。ご主人様お気をつけて行ってらっしゃいませ」



 リリスはそう言いながらカルシファーの手をそっと握りしめた。

 仄かに暖かく柔らかい小さな手は、久しぶりに異性に、それも超がつくほど美少女に手を握られたカルシファーを緊張させた。



「助かったよ有難う。そろそろ準備してくる」



 なんだか新婚夫婦みたいで恥ずかしくなったカルシファーはそっと手を離し、リリスに別れを告げ馬車へと向かった。



 ▼▼▼



 やはり、予想出来ていた事だがこうも想像通りだと面白くない。



「……クソッ」


「…………」



 腕を組み堂々と静観するカルシファー達と少し離れた位置で悪態をついたのは、獣人の青年バルサムだった。


 彼にしても大凡この状況に成るのは予想できていたが、目の前にしてみると悪態の一つでも吐かねばやってられなかった。

 それは集まった獣人の集落の他の大人達も一緒で眼前の光景に息を飲んでいた。



 何一つ、普段と相変わらず自然体でこの場にいるのはカルシファーを含め僅か4人。

 そのいずれもがアインザッツより黒円卓議会第12席の面々とは言うまでもなく、それは当たり前の事実。

 彼らは目の前に広がる光景に何の脅威も感じていない。

 何の心配も無く、万が一は起こらない。

 幾ら雑魚が集まろうと所詮は烏合の衆なのだから当然だった。



 目には見えない一本の長いラインを隔て相対するのは二つの勢力。


 一方は獣人の集落の闘える大人達とカルシファー以下4名、アインザッツの面々の計約100名。

 対する一方は集落を取り囲むように布陣する『ヴェルディ領領軍』約500騎。

 どうやら領主様は完全にこの集落を無かった事にするつもりの様だ。



「”主人”」



 どうなることやら、と何処か他人事のように傍観していたカルシファーに語り掛ける男がいた。

 後ろを振り返らず、前を見据えた侭カルシファーは応えた。



「なんだ?……”オルトロス”」


「殺しても?」



 ”オルトロス”は何の感情も込めない声でそう言うと、ゆっくりと腰に差した刀の鍔に手を掛けた。


 カルシファー同様、人間に非常に近い外見を持つ彼も黒円卓議会第12席に席を置く一人。

 彼は珍しくもAsgardアスガルドにおいて、他のプレイヤー間でこう呼ばれていた。


『魔人オルトロス』


 普通なら一プレイヤーが創造したNPCに渾名などつかない。

 だが、彼はNPCとしては余りにも有名に成りすぎたのだ。

 カルシファーが彼を創造する際、盛り込んだ設定は「戦闘狂」。

 恐ろしくも強いオルトロスの対人戦闘能力は、並のプレイヤーキャラクターでさえ畏れる程だった。

 圧倒的な暴力でPC、NPC問わず殺戮を繰り返し、いつしか彼はその強さ故敬意を込めて『魔人』と呼ばれるに至る。

 その装いはまるで浪人だ。

 黄土色の着物に下駄を履き脇には一振りの日本刀。

 魔法を一切使えない代償と引き換えに極限まで高められた戦闘能力。

 オルトロスの真骨頂はこれにある。

 彼の持つ日本刀は伝説レジェンド級の武器、名刀『鉋切長光』。その名の由来通りかんなすら易く切れる至高の一振りである。

 細い刀身とは裏腹に強固な耐久性と恐ろしい斬れ味を持つ鉋切長光を一度ひとたび抜けば、ものの数分でこの場を血の海に変える事が出来るだろう。



「いや待て、まだ早い」


「御意」



 カルシファーはオルトロスを一瞥し少し嗜める。

 今は向こうが何か言うのを待つ。

 このまま睨み合いを続けても互いに無益なのだから何かしらアクションはあるだろう。



「しっかし人間アイツラも頭悪いなー。実力の差がまるでわかってない。獣人達でも大体理解できてるのにほんと馬鹿だな」



 心底呆れた物言いで、口を開いたのはジルだった。



「力量が離れすぎてたらわかんないって言うしねー。所詮人間ヒューマンだからね」



 それに追随する様に、頭の後ろに手を組みながらメフィストフェレスが辛辣な意見を言う。

 ともあれ彼女らの言う事はまた事実。

 獣人達がカルシファーらの実力に薄々勘付いているのは、生まれ持った天性の直感のお陰と言っても差し支えない。

 あまりにもLvの離れ過ぎた次元の違う者とはその実力差すら感じられないのである。


 カルシファー=アインザッツ以下4名。

 メフィストフェレス、ジル、そしてオルトロス。

 人間から彼らに向けられる視線は畏怖や恐怖ではなく、明らかに場違いな者を見る様な嘲笑と嘲りを含んだ侮蔑であった。

 だがその余りにも不遜な視線に彼らは別に腹を立てたりしない。

 なんせ彼らにとって人間ヒューマンなど道端の小石くらいにしか思っていないから当然だった。



「ふぁ……」


「お?やっと動いたか」



 ジルが暇を持て余し心地良い陽気にうつらうつらしだした頃、人間側に動きがあった。

 騎乗した一人の男が此方側に近づいてきたのだ。

 そしてその後方には一台の大きな馬車が追従していた。



「獣人の諸君!今回の事は此方の手違いで誠に申し訳ない事をしたと思っている」



 男と馬車は声がギリギリ聞き取れる位置で止まり、此方に向かい大音声だいおんじょうで言葉を発する。

 観衆の予想に反したいきなりの人間の謝罪。

 それに獣人達は多少困惑したが直ぐにそれは本心から言っていないと判った。

 表情を見れば直ぐに判る。

 所詮は言葉だけの薄っぺらい口上なのだ。



「領主様も大変気を揉んでおり、直ぐに子供達は取り戻して下さった」



 そして男は蓄えた髭を少し触り言葉を続ける。



「……しかしながら先日。一部の子供達が宿泊していた施設が何者かに襲撃され子供達は姿を消してしまった。現在調査中であるが、安心したまえ。残りの子供達も直ぐに連れ戻すと約束しよう!」



 男は白々しく言葉を並べた。

 カルシファーはそれを聞きながら一言「茶番だな」と呟いた。



「取り敢えずこの場で今居る子供達をお返ししよう。迷惑料に若干の金子を持たせるので自由に使ってくれて構わない」



 先程まで馬上で口上を垂れていた男は馬から降りると、馬車に近付き従者に何やら話し掛けた。

 従者はそれを聞くとゆっくりと馬車の後ろへ回った。

 そして馬車の扉を開いた。



 ——一体何を企んでいる?



 その場にいる誰もが疑問に思った。

 領軍もただ距離をおいて此方を見ているだけ。

 一体何が狙いなのか?

 だが、次の瞬間獣人達のその思考は頭の片隅に追いやられる事となる。



「……バルログ!!」



 バルサムが叫んだ。

 開け放たれた馬車から最初に飛び出してきたのは彼の弟だった。

 もう会えないかも知れないと一時は諦め掛けていた弟の姿が、バルサムの目に映った。

 それを皮切りにして馬車の中から次々と子供達が降りてくる。

 大人達は口々に子供も名前を呼ぶ。

 そして子供達は親や兄弟の元へ勢い良く走り出した。



「バルログ!」



 バルサムはもう一度大きく叫び弟の名前を呼んだ。



「兄ちゃん!」



 弟もそれに答え叫び、愛おしい兄の元へ走る。

 一方、縮まる二人の距離を観察していたカルシファーは、「兄弟なのにあまり似てないな」など感動の再開に相応しくない事を一人思っていた。



 ——が、その時ふと、一瞬だけ何かにキラッと太陽光が反射したのがカルシファーの目に入った。



「ん?」



 ほんの僅か一瞬光っただけだが、バルサムの弟の腰辺りで反射したものをカルシファーは気になった。

 何か良くない胸騒ぎがした。



「なあ、何か今光らなかったか?……ほらあの子の腰あたりで」



 隣にいた猫人であるジルに確認する様にカルシファーは話し掛けた。

 彼女なら自分の数倍は眼が効く。

 ジルは目を凝らしながらカルシファーに言われた箇所を見る。



「んー……鏡?なんか赤い枠の小さな鏡みたいなものが……」



 ——それを聞いた瞬間、カルシファーは既に走り出していた。



 その行動が正しいかどうかは判らないが、頭より先に身体が動き出していた。



「親父!?」



 急に走り出したカルシファーに隣にいたジルが驚く。

 何事かとオルトロスも遅れて一秒腰の刀を抜き、メフィストフェレスも構える。

 前傾姿勢で地面を蹴り、凄まじい速度で走るカルシファー。


 速度を増すごとに彼の姿は徐々に変化していった。



(不味い!"アレ"は。……馬鹿な!何故こんな所にある!)


 普段の、『人間』と何一つ変わらない姿。


 それは断じて彼の本当の姿ではない。


 走り出してから僅か数秒の事であるが、彼の眼は紅く血が滾りその瞳孔は完全に開き、身体は爬虫類の鱗の様な独特の体表で覆われていく。

 筋肉が膨張し、歯は鋭利に尖り、暴力的なまでの脚力で一歩一歩進むごとに地面が抉り取られていた。

 その獰猛な姿はまるで克つての地上を述べた生態系の覇者、『恐竜』。



 ——『恐竜人間ドラコノイド


 正にその姿は太古より生態系の頂点に君臨せし"Rex(王)"の名を冠する暴君ティラノサウルス



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 ■Name―カルシファー=アインザッツ

 ■ベース暴君竜ティラノサウルス

 ■Level―60

 ■黒円卓議会席次—第13位、兼アインザッツ城主

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 人間から半分恐竜へと変態したカルシファーはバルログの元へ辿り着くやいなや、背中に付けられた3cm四方の小さな赤枠のガラスを毟り取った。

 それはよく見ると小刻みに点滅していた。



(不自然に距離を開けていたのはこの為かッ!)


 彼が走り出してから、その間僅か4秒足らず。

 人間達には砂煙が上がった程度にしか見えないくらい速辿り着いていた。


 その"異変"を察知したのはカルシファーだけではなかった。

 カルシファーがガラスを奪い取り、その手中に納めた丁度その瞬間、彼の回りの空間がグニャリと捻じ曲がった。



「創造主様!!」



 空間が裂け、亜空間からでて来たのは"ルシファー"。

 カルシファーが一番最初に創造した金髪碧眼の青年ルシファー。

 彼も並々ならぬカルシファーの行動に危機を察知し直ぐさま辺りに障壁を張った。

 カルシファーも同様に"ソレ"を手中に入れた瞬間、できる限りの防護壁を張った。

 そしてソレを思い切り空中に投げた。



 ——瞬間、圧倒的な爆熱と衝撃波がカルシファーらを襲った。



 "ソレ"は轟音とともに凝縮されたエネルギーを一瞬で拡散した。

 その余波は障壁で抑えられたとはいえ半径数10メートルにも渡り、辺り一面を爆風で薙ぎ払った。

 立ち込める熱風の余波の中、ルシファーが真っ先に探したのは自らの創造主たるカルシファーの姿だった。

 爆風の衝撃で爆心地にいたルシファーは吹き飛ばされ、その周囲の獣人を始め子供達も多数被害を受けていた。



「……ぐっ……ツッ!?創造主様!!」



 ルシファーを始め、その場にいた黒円卓議会の面々は自分の安否より先に、己の主人の安否を真っ先に考えた。

 100メートル以上離れていたとはいえその衝撃は凄まじく、地面の土は舞い視界すらままならぬ中、彼らは瞬時に駆け寄った。

 爆発の中心へと。



 カルシファーが危険を察知して防護壁を展開出来たのは最早奇跡だった。


 同時にルシファーも障壁を張ったお陰で被害は最小限に食い止められたと言えよう。

 カルシファーの咄嗟の防護壁は簡易的な物だったが、致命傷は避ける事が出来る代物。





 ——ただし、一人なら、の話だが。



「あああああああああああああああああああああああ!!!!!」



 爆心でルシファーが見た光景は所々火傷を負い、無数の生傷はあるものの意識がある獣人の少年。少年は痛みで呻いていた。



 それと、その少年をかばう形で覆い被さる変わり果てた自らの主だった。


 カルシファーの左腕は柘榴のように弾け飛び、顔の半分は焼け焦げ既に炭化していた。

 熱風の余波で肉が焼き切れているのか不思議と出血はなく、代わりに左腕の断面からは骨が歪な形で露出していた。

 顔面の皮膚は殆ど蒸発し、今も音を立てながら蒸気を上げている。

 超高温によって身体中の水分を急速に奪われたカルシファーの身体は老人の様に細くなり、熱による筋肉の収縮で皮膚が強張っていた。



 判別に困る程の人体の損壊。


 ——だが、まだ辛うじて呼吸はあった。


 生身の人間では無いが故の生命力。

 しかし、このままでは半刻と持たないのは明らかだった。



 数コンマ遅れてジル達が到着する。



「————————ッ!!?!」



 地面に横たわる自らの主を見た瞬間、声に成らぬ程の慟哭が木霊した。

 雄叫びとも呼べる咆哮がその場に響き渡った。

 三者三様眼前に広がる光景を信じる事が出来なかった。

 だが、そこにある光景は何の慈悲もなく、ただただ現実リアルだった。



 此処では処置出来ない。


 ルシファーは絶望から一瞬で立ち直り、最大限に思考を巡らす。考える。

 カルシファーを如何に助けるか。ただ、それ一点に集中して。



 時間がない。



「私は先に帰る。後始末はして置け」



 ルシファーは何の感情も込めずに口早にそう告げるや否や、返答も聞かずにカルシファーを抱き上げ、共に亜空間へ消え去った。


 彼らが消えた跡には弾け飛んだ左腕の肉片と、焼き切れたカルシファーのマントの断片だけが残っていた。



 ………

 ……

 …



「まさか此処までの威力とは……」



 先程まで口上を垂れていた男、ヴェルディ領軍指揮官は離れた場所で舞い上がる砂塵のを見ていた。


 先程の大爆発の"モノ"。

 指揮官は知らないが、ハスカールに渡されたソレはAsgardアスガルドの数あるアイテムの中でも稀にみる極悪アイテムだった。


 通称——『爆弾X』。


 爆弾X、安直な名前のアイテムだったがそれは、Asgard史で唯一ゲームバランスを崩壊させたとプレイヤーの中で言われているアイテムだった。

 そのあまりの威力にAsgardでは直ぐに生産中止アイテムとなり、その姿を瞬く間に消していった。


 ——そのアイテムが何故200年後の今この場所にあるのか?


 ほんの偶然だった。


 領主、ハスカールは流れの交易商人から高い金額で買った。

 売った交易商人は流れの冒険者から買い、その冒険者は偶々ダンジョンの宝箱から珍しい物が出たと売っただけだった。

 ダンジョンから古代のアイテムや未確認の武器類が出ることは珍しくはない。

 鑑定をし爆弾という用途は判ったものの、その威力までは判らず危険な物としてコレクター向けの商品で高値で取引されていたのだ。



 仮定、の話ではあるが仮にオンラインMMO『Asgard』の中でなら、カルシファーは獣人の子供を助けなかっただろう。

 キャラクターを蘇生するのには少なからず代償もあり、ペナルティがあるからだ。

 ゲームではなく現実であるが為にカルシファーの身体は反射的に動いたのだ。

 更に、カルシファーが『従者創造システム』で黒円卓議会の面々を創造していなかったら、己の強さは失われずに助かっただろう。

 もっと早く事態に気付いていても、被害は最小限で済んだ筈だ。


 全ての偶然が重なりこの結果を招いてしまったのだ。



「そろそろ土煙が晴れるぞ!」



 指揮官は片手を上げ後ろに待機している領軍に合図を送る。

 彼とてこの様な仕打ちは如何に獣人と言えど少し心苦しいが、領主様の命令だ致仕方ない。

 指揮官は、最期に子供達を親の前で爆散させてやれ、というカスハールの残忍な笑みを思い浮かべ震えた。

 命令に逆らえば明日は我が身だ。

 せめてもの慈悲だ、此処で全員殺してやろう。

 そう思い指揮官は再び合図した。



「よし!前進!!」



 男達の怒声と共に馬達の蹄の音と、歩兵の鎧の擦れる金属音が辺りを喧騒に包む。

 大地を踏み荒らしその地面を血で赤く染め上げる。

 阿鼻叫喚の混沌が其処に広がる。



 ——筈だった。



「ん?前進だ!進めぇ!!」



 指揮官は再び合図をするが辺りは予想に反し静まり返ったままだった。



「何を突っ立っている!!はやくぜ……ん??……え!?」



 一体何をしているんだ、命令を聞かない軍に痺れを切らし指揮官は振り向き叱責した。


 だが、そんな彼の目に入ったのは奇妙な光景だった。


 綺麗に整頓された兵士達の首が、端から順番に落ちていったのだ。

 まるでドミノ倒しの様に順々にゆっくりと落ちていく首と立ったままの兵士達。

 あまりの出来事に、そのあまりの芸術的な光景に彼の理解が追いついたのは振り返って数秒後だった。



「何ぃ————!!?」



 有り得ない。

 一体何がおきている。

 何だこれは?何故?

 俺は夢でも見ているのか?


 指揮官は混乱し、目の前の光景を必死に理解しようとしたが、彼の身にも有り得ない現象が起きた。



「え?」



 一瞬にして視線が50cm程度下がった。

 それと同時に押し寄せる形容し難い悪寒。


 息が出来ない。



「……判った。判ったぞ人間」



 不意に、指揮官の耳に男の声が聞こえた。

 と、同時に声を聞いた瞬間彼は気付いてしまった。


 自分が決して開けてはいけないパンドラの箱を開いてしまった事に。

 この化け物を世に解き放ってしまった事に。


 ——そして、自分の両脚がない事に。


 彼は無我夢中で叫んだが、その叫びは長くは続かなかった。



「ぎゃああああ!!!——……」



 ペチャ、と小気味の良い音がした。



「喜べ劣等……総て根絶やしだ」



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 ■Name―《魔人》オルトロス

 ■ベース蝦夷狼エゾオオカミ

 ■Level—160

 ■黒円卓議会席次―第4位

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