5.不穏な気配
5.Sequentia
獣人の集落の外れには小高い丘がある。
ここからの見晴らしは良く、秋になると沢山の木々の紅葉が見られ、ここ一帯で一番景色が良い場所だ。
自分も幼い頃よくここで遊んだ。
バルサムは思い返す。
「…………」
獣人の青年、バルサムには年の離れた弟がいる。
彼の父は先の戦争で死に、母も弟を産んですぐに病で亡くなった。
家族に先立たれた彼は、まだ幼いながらも兄として、赤ん坊だった弟を育てる為に集落の畑仕事を手伝いしつつ弟の世話もした。
まだ少年だったバルサムには負担が大きく辛い事もあったが、集落の皆の助けもありそして何よりこの世で唯一無二の幼い愛らしい家族を思う気持ちで耐えてきた。
どんなに辛い事があっても、彼は弟の笑顔を見ると耐える事が出来たのだ。
その弟も兄と苦楽を共に逞しく成長し、7年の歳月を過ぎた時の事、二人の生活に変化が訪れた。
ある日、一人の人間が集落にやって来たのである。
何をしにやって来たのか、税率の値上げか、それとも文句でもつけにきたのかと最初は皆訝しみ警戒した。
種族人間に対する感情なんて皆そんなものだ。
しかし、聞けば新しい領主に統治されるにあたり、政策の一環として子供に無償で教育を受けさせる事が出来ると言うのだ。
人間、獣人問わず領内に住む子供全てを対象にと。
人間の男は人当たりの良さそうな柔らかい笑みを浮かべ、丁寧に何度もそう説明をした。
人間にあまり良い感情を持たない獣人達だが、彼の真剣な態度と人間特有の高慢さを感じる事のない物腰の低い姿勢に緊張を解き、次第に話を聞いていった。
人間の男は何日も集落に通い詰め、獣人達の心象も日に日に良くなっていった。
これにバルサムを始め、子供を持つ大人達は喜んだ。
この世の中教育を受けるという事はそう簡単な事じゃない。
普通、多額の金と大きなコネクションがない限り教育を受ける事が出来ないのだ。
それこそ何処ぞの名士か貴族、はたまた御令嬢でないか限り難しい。
獣人なんぞ以ての外だった。
降って湧いた普通なら有りもしない幸運だったが、親達は子供に教育を受け為せられる事に舞い上がり疑いはしなかった。
——だが、今思えば人間に気を許したのが間違いだった。
気付いた時には、もう、遅かったのだ。
(弟もここが好きだったな…………ッ!!!)
ガン、とバルサムは地面を強く殴った。
このやり場のない後悔と、自分の無力さに対する怒りはそうそう治まるものではなかった。
拳を握る手は震え、自分の無力さを呪った。
「ここにいたのかバルサム」
「…………」
そんな中、不意に、項垂れるバルサムに後ろから声を掛けたのは丁度彼と歳背格好同じの金髪の青年だった。
「長が戻って来いだってよ。行くぞ」
そう手短に言い切った青年は直ぐに踵を返し、もと来た道へ帰ろうとする。
「何故……」
バルサムがその背中に向けて呟いた。
「アルヴィン……何故お前はそんなに冷静でいられるんだ?……妹の事が心配じゃないのか!!!!何故戦おうとしないッ!!!」
「…………」
バルサムは語尾を荒げて言い放った。
八つ当たりに思える程挑発的にも聞こえる彼の慟哭は、自分に対する苛立ちも含まれていた。
彼だって、自由なき囚われた弟の為に戦いたかった。
だが判っていた。
そしてアルヴィンもまた、判っていた。
「俺だって……妹を助けたいよ」
振り返らず立ち止まったアルヴィンの手は震えていた。
固く、固く握られた拳からは血が流れていた。
仮に、自分達が人間に牙を剥けば拉致された子供達はどうなるか?
——答えは明白だ。
一人残らず殺され、同時に集落の獣人達も人間達に瞬く間に轢き殺されるだろう。
適当に理由を丁稚上げて。
今の人間にとって獣人の扱いなんてそんな物だ。
道端の脇に転がっている石ころと同じ、人権もクソもないただ同じ生物というカテゴリーに存在する霊長類なだけ。
力が足りない。
自分達には弟達を救う力も人間達に刃向かう力も全て足りなかったのだ。
力無き弱者はただ一生搾り取られるだけの人生。
「誰か、助けてくれ……」
呻くように震えながら呟いたアルヴィンはどんな心境だったのか。
神に祈り媚び諂う様に言ったのか、それとも神を呪い全てに絶望し吐き捨てるように言ったのか。
それは本人にしかわからない。
「……すまん。アルヴィン、帰ろ「お困りのようだねお二人さん。手貸してやろうか?高くつくけど」」
暫く、冷静になったバルサムはアルヴィンに謝罪し帰ろうと促そうとしたが、それは第三者の声に遮られる。
重苦しい雰囲気だった空気を諸共せず、明るい調子で掛けられた声は不思議とよく耳に馴染んだ。
まるで今から遠足でも行くかのような陽気な声に、警戒するより先に呆気を取られた二人だったが我にかえる。
直ぐに後ろを振り返り、その声の主を見止める。
「いやいやそんなに警戒しなくても。話しは聞いたからさあ。ちょっと助けてやろうかと思った訳だ。同じ獣人のよしみとしてね」
最後のは冗談だけど、と女は続けた。
(……猫の獣人か?)
バルサムとアルヴィンは突如目の前に現れた得体の知れない女を睨む。
幾ら疲弊しようが油断をしようが二人は犬の獣人。
故に、気配や物音に非常に敏感であり、ここまで接近されて声を掛けられるまで気付かぬ事などまずない。
それに会った事すら無い初対面の奴にいきなり手を貸そうなんざ言われても、信用できないし警戒するのは当たり前だった。
軽弾みな無責任な言葉。二人が怒るのも当然だった。
「お前はいきなり何なんだ?第一何故ここにいる!!いつから居た!?」
バルサムはいきり立ち声を荒げる。
「失礼な犬だな。あたしには親父からもらったジルという名前がある」
「だから——「面倒くさいな。おーい。出て来ていいよ」」
バルサムが猫の獣人——ジルに話し掛けるも再び遮られる。
しかし次の光景に思わずバルサムとアルヴィンは驚愕した。
「え?——タロス!!?」
信じられなかった。
木の木陰からジルの呼び掛けで出て来たのは集落の子らと同様、人間に監禁されているはずの長の孫だった。
まだ十くらいの年齢の男の子は痩せ細っており、バルサムとアルヴィンの姿を見留めると涙ながらに走り出した。
「タロス!無事だったのか!?怪我はないか?」
バルサムはタロスをしっかりと受け止めその腕に掻き抱く。
タロスはまだ幼い少年ではあるが、その細い腕を見れば明らかに栄養が足りていないのだろう骨は浮き出ていた。
辛かったろうに。だが、確かに生きている。
良かった。
その暖かさを感じバルサムは静かに涙を流した。
「良かった……無事で良かった……」
アルヴィンもタロスを抱き締める輪に加わり無事に安堵した。
その光景を木にもたれ掛かりながら遠目に見ていたジルは欠伸を噛み殺していた。
(ねむい……)
今日はすこぶる天気が良い。絶好の昼寝日和だ。
それに丘の上だと太陽も近く感じ余計に眠くなる。
猫の獣人が故の、睡眠欲という幸せな悩みを抱え、ジルは今日も元気に生きていた。
「他の子供達は無事なのか!?」
長い間、抱き合い再会を噛み締めたバルサムは、タロスをアルヴィンに預けると木陰で腕組み目を瞑っているジルに尋ねる。
「へ?ああ、いやたまたまその子が売られる直前に見つける事が出来たから連れて来ただけ」
一旦切って、目を擦りながらジルは続ける。
「あの様子だともう既に売られてる子はいるだろうなー。今、もう一人の仲間が他の子の場所探してるから多分見つかるんじゃないかな」
ジルは淡々と事実のみを告げた。
ジルがタロスを見つけたのは本当に偶然だった。
ここに来る途中たまたま街道の外れで取引の受け渡し現場を目撃したのだ。
だから連れて来ただけだった。
無論、人間は皆殺しにして。
ジルのもう売られてる、その言葉を聞いたバルサムとアルヴィンは絶句した。
——まさか人間がこれ程にまで畜生だとは。
いや、今はいい。
必ず見つけ出す。
そう心に決めたバルサムはジルに話し掛ける。
「……それで俺達は何を為ればいい?」
最早どう転んでもバルサム達は目の前の妖しい女を頼る他に方法は無かった。
現に一人、長の孫を助け出してくれている。
しかし、物事には必ず対価と言う物が存在する。
労働力の代わりに金銭という対価を、親切心といえるものにも好印象という対価が植え付けられる。
では果たしてこの女が欲する『対価』は何か?
金か?労働力か?それとも土地か?何にせよ自分達が払えるものなら何でもいい。
払えなければ奴隷にでも何でもなろう。
そう決意していたバルサムだったがジルの次の言葉を聞いて困惑した。
「なに簡単だ。寧ろ光栄なことさ。『アインザッツ』への従属だ」
そう言ってジルはニヤリと八重歯を見せた。
▼▼▼
「なにぃ!?ガキ共が全員攫われただと?」
「申し訳ありません!!何者かに襲撃され見張りは全滅……応援に駆け付けた時にはもう既に逃げた後で……」
「黙れッ!この無能共がッ!一体貴様らに幾ら払ってると思ってる!!」
ヴェルディ領領主館執政室に男の怒号が鳴り響いた。
豪華な彩飾の施されたロングテーブルには所狭しと美味しそうな料理が並べられている。
肥えた中年の男は手に持っていたフォークを置き、唾を飛び散らせながらも更に男を怒鳴りつけた。
「クソッ!折角の金蔓達が!ええいどうせあの獣人共が雇った傭兵か何かだろう!家畜の分際で人間様に楯突くとは……絶対に許さんぞ」
「お言葉ですが、この辺りで奴らから手を引いた方がいいかと」
「貴様は黙っておけ!!」
ドンッ、とテーブルを握りこぶしで叩きつけると同時にワイングラスが倒れた。
この怒りでブルブルと震えている中年こそヴェルディ領三代目領主、ハスカール=ヴェルディ。
獣人に楯突かれた事で相当頭に来ているらしく、腹心の男の忠告にも耳を貸さなかった。
腹心の男が懸念した点は二つ。
まず、獣人達がかなり強い傭兵を雇っているんじゃないかと言うことだ。
奴らはそんな資金もコネもないはずなので杞憂かもしれないが、監禁場所の警備の死体は全て一太刀のもと頸を飛ばされていた。
他に争った形跡はなく一瞬の犯行ととれる程鮮やかな手並みだった。
殺された中には手練れも居たはずだ。
それ故懸念していたが後者の理由と比べると、本の些細な心配事に過ぎない。
二つ目の理由、それは今回の一件が公けになり、領民の耳に入れば問題になる事は明らかだった。
幾ら地位が最底辺にある獣人とてこの畜生にも勝る仕打ちは流石に領民も納得しないだろう。
王の耳にも入ればそれこそ大変なことになる。
今代の王は誰にも分け隔て無く接し、慈悲深く寛容であることで民に慕われている。
今は森の民エルフや獣人とも関係を修復しようと必死に努力していると聞く。
だが優しいだけでなく王としての政務はきっちりこなし悪は裁く。
良く言えば有能。悪く言えば綺麗すぎる。
そんな王の耳に今回の一件が届けば追放される事は間違いなかった。
いや、追放されるだけでは済まないかも知れない、最悪打ち首まである。
だが、領主様はそんなことも判らぬらしい。
如何せんこの男頭に血が昇ると冷静な判断が出来ないのだ。
長年の付き合いの腹心の男は諦めため息を吐いた。
その最中、ハスカールの中にはドス黒い感情が蠢いていた。
(クソ……仕方ない。勿体無いが獣人共め皆殺しにしてやる。……そうだ)
「おい。"アレ"を使うぞ。それともう売ったガキ共を全部買い戻してこい」
ハスカールはさっきまでの怒りで染まった表情を消し、能面のような無表情で腹心の男に指示した。
生まれついての貴族という生き物は、厄介な事に随分とプライドが高い。
彼にとって自分以下の平民は税を納める道具ぐらいにしか思っていなく、それ以下の獣人など家畜同然の存在だった。
家畜に反抗される領主。
それだけでハスカールのプライドはズタズタになっていた。
「高かったがまあいい……反抗的な家畜への見せしめだ」
「ハスカール様!!それはさすがに」
腹心の男は目の前の領主様がやろうとしている事に気づき顔を青ざめた。
非人道的であまりにも残酷。
決してやってはならない事だ。
——だが、この男には選択肢というものは存在しない。
選択肢というものは選ばれた裕福な者にしか存在しない貴重な物なのである。
「はやくいけ。お前もまだ死にたくないだろう」
「……判りました」
ああ、この男と私は必ず地獄に堕ちるだろう、と腹心の男は悟った。
例え歯向かえば自分だけでなく家族にも不幸が降りかかる。
男に選択肢などなかった。
そしてハスカールは、あの忌々しい獣人達の顔がどう歪むのか愉しみで仕方なかった。
「くっくっくっく」
最早ハスカールの狂行を止められる者は誰もいなかった。
——ヴェルディ領三代目領主ハスカール=ヴェルディ。
彼が獣人に対しこれ程までに憎悪を抱いているのには理由があった。
それはとても些細な事だが、彼にとっては重要な事だったのだ。
ハスカールが幼少の頃より好いていた幼馴染の女の子を獣人の男に取られたのだ。
ただそれだけの理由。
もっともそれはハスカールの一方的な片想いだったのだが。
▼▼▼
「『アインザッツ』とは何だ?」
バルサムがジルに問い掛けるとジルはため息を吐いた。
「はー最近の獣人はそんな事も知らないのか」
心底飽きれたかのようにジルが言ったものだからまさか常識か何かなのか?とバルサムはアルヴィンを見た。
だがどうやらアルヴィンも初耳らしく、目を伏せると頭を横に振った。
「アインザッツとは何か教えて欲しいのだが」
バルサムはもう一度聞き直した。
「仕方ないなー。特別に教えてやるけどあたしの仲間の前でそんな事言ったら殺されるかもしれないから気をつけろよ」
ジルはとんでもないことをサラッと言うが、あながちそれは間違いではないかもしれない。
黒円卓議会第12席のメンバーは基本的に御主人様かそれ以下かの判断に基づき行動する。
狂骨あたりなら本当にただそれだけの理由で殺しそうだな、とジルは改めて思い、いやでもそれも愛ゆえか、とも思った。
まぁ今はそれは於いといて、取り敢えず目の前の男に面倒くさいけど簡単に説明するかとジルは口を開いた。
「アインザッツはなぁ。敬愛する親父が造った……んー……言わば……国だ国」
どうもジルには説明は難しかったようだ。
「国?そんな国聞いたことない……」
「あーうるせえ黙ってアインザッツの庇護下に入ればいいんだ。判ったか?」
バルサムも正論である。
アインザッツという国はこの世に存在しない。
あるにしてもまだ当分先の予定だった。
ジルの説明下手が招いた誤解だったが、バルサムはアインザッツというものが何か巨大なコミュニティだと言うこと自体は感じ取っていた。
そしてそれが大きな力を有するということも。
「それは何処にあるんだ?いつからできた?」
二人の会話を静観していたアルヴィンが初めて口を開いた。
「場所か?ここから北に真っ直ぐ行ったとこの大草原に城があるんだ。いつからって……昔からに決まってるだろ!いや、先週こっちにきたことになるのか……?」
ごにょごにょとジルは考え込む。
「ええいもういいだろ!それで『アインザッツ』に従うのかどうかはっきりしろ!」
本来あまり考えることを好まない彼女は痺れを切らした。
これ以上目の前の獣人と話していても何のメリットもないし面倒なだけだった。
だが、バルサムとアルヴィンにとってこの問題は集落全体の問題であり二人でどうするか決める事は出来ない。
「でも俺たち二人で決めることは出来ない。これは集落全体の問題だ」
一度集落に戻って話を、と続けようとしたバルサムだったがその言葉を飲み込み後方を見た。
遠目に確認できたのは見覚えのあるシルエットだった。
「長……それにお前達」
丘を登ってきたのは集落の長と親達と見知らぬ男。
それに監禁されていたはずの子供達だった。
夢にまで見た光景が目の前にあり、茫然とする二人をよそに長がゆっくりと口を開いた。
「バルサムよ……このお方が子供達を助けて下さったのだ」
長は恭しく横にいた燕尾服の男性を示した。
「アガリアレプトと申します。因みに人間ではないので御安心を。今後とも宜しく願います」
礼儀正しく一礼をしたアガリアレプトにバルサムもまた反射的に頭を下げた。
状況はよく判らず今だに混乱しているが、この男性が子供達を助けてくれたことに違いないと不思議と確信出来たのだ。
人間によく似た見た目の老紳士だが、人間でないと口にした。
バルサムにはそれは確認するまでもなく事実だと判っていた。
人間の匂いがしないのである。
微かな血の匂いとコロンの匂いがアガリアレプトからするだけだ。
長の口振りからして集落はアインザッツに従属するのを決めたのだろう。
バルサムはそう解釈し、軽く会釈すると自分の弟を探した。
それを見守り穏やかで穏和そうな表情を浮かべるアガリアレプトをジルは一目する。
「もう来たのか!はやいな!」
「ええ。殆どメタトロンが動いてくれて私は引き渡して交渉しただけですがね」
「まあ確かにあの女人見知りの根暗だからなー」
交渉には向いてないわなとケタケタと一人で笑うジルだが、彼女も交渉には向いてないのは明らかだった。
そんな彼女にアガリアレプトは苦笑すると、バルサムとアルヴィンの方に首を静かに動かした。
彼らは自分の兄弟達を探している様だったがどうやらこの中にはいないらしい。
もう売られてしまったなかに居たのか、とアガリアレプトは少々残念そうに思った。
「バルサム、アルヴィンよ」
不意に長が口を開いた。
項垂れていた彼らは長の方に頭を向ける。
「私達はこの方達が属するアインザッツに従属する事に決めた」
長の声は一言一言噛み締めるように丁寧に響いた。
周囲にいた誰もがその言葉に耳を傾ける。
「もう暴慢な人間とはやっていけない。聞けば、他の虐げられている種族にも声を掛けて欲しいらしい。『アインザッツ』とは私達からすれば、対人間のコミュニティなのだ」
そこで長は一度言葉を切り、更に続ける。
「もう……人間の圧政に苦しむ時代は終わった。彼らと共に闘おう。そう決めたのだ」
その長の言葉に親達は神妙な面持ちで頷いた。
大きな決断の刻だった。
このまま一生人間に搾取され続ける家畜のような生活か、それに抗いチャンスを掴み取ろうとする希望を抱えた長い闘いの生活か。
選ぶ刻は来たのだ。
結果、最後のチャンスだ闘おう、そう大人達は決めアインザッツについた。
長かった。
バルサムにとって、集落の人にとって待ちに待った瞬間だった。
「それに安心しろバルサムやアルヴィン。まだ帰って来てない子供達もこの方達が探してくれるらしい」
それを聞いたバルサムは安心より先に素直に感謝の言葉がでた。
「有難う。本当に」
「お礼なら御主人様に言ってください。寛大な心で、人間の圧政に苦しんでいる種族に手を貸すと言ってくださったのですから。私達は御主人様の意思で行動しているだけなので」
アガリアレプトは一息で言い切った。
するとバルサムは疑問を問い掛けた。
「貴方方の御主人様とはアインザッツの主人なのか?」
「如何にも。私達の創造主であり近い将来この世の総てを手に入れるお方です。貴方達は非常に運が良い。約束された勝利をアインザッツと共にこれからを歩めるのだから」
アガリアレプトのその言葉には何の誇張も謙遜も一切なく、ただ事実のみが込められていた。
当たり前かのように世界全てを手に入れると言い切ったアガリアレプトの余りのスケールの大きい話に、長を初めこの場にいる者は驚いたが不思議とそれが可能な気がしたのだ。
「……一つ忠告して置きますと、長生きしたければ御主人様の前で無礼な態度を取らない事ですね」
この忠告もまた事実だろう。
生唾を呑み、獣人達は肝に銘じたのであった。