1.転移
※処女作です。稚拙な文章が駄目な方にはあまりお勧めしません。
※人によっては不快と思われる表現が有るかと思います。
0.Requiem æternam
——この世の中にオンラインゲームが普及し始めて早一世紀が過ぎた。
日進月歩、毎月発表されていく無数の新作ゲームは確かにユーザー達を飽きさせはしなかったが、その殆どが長続きはせずサービス終了へと向かう底の浅いゲーム達だった。
幾百幾千も有るタイトルの中で、長期的な人気を誇るゲームは数える程しかなかった。
当時、数多くのゲーマーに渇望されていたVR技術_(つまりは脳波に直接刺激を与え、恰も現実世界のような実感覚を仮想空間で創り出す技術)_は今の所まだ実現されていなかった。
実現には最低後一世紀は必要だろうという研究者達の結論は、今を生きる多くのゲーマーを失望させた。
しかし、オンラインゲームも日々進化を遂げる。
長きに渡る試行錯誤、技術開発の末、とある開発会社がある一本ゲームを売りに出した。
そのゲームは日本中で社会現象を巻き起こす事になる。
その名はAsgard。
Asgardというタイトルで発表されたゲームは、今までのオンラインゲームにはない極めて高い自由度を売りに、瞬く間に日本中に浸透していった。
キャラメイクから領地経営、対人戦闘やダンジョン探索、貿易、海上戦闘まで様々な要素を取り入れる事は勿論、グラフィックスも当時の他のゲームとかけ離れた美しさを誇るAsgardは値段こそ高かったが、爆発的に売れた。
村人として畑を耕しても良し、冒険者としてダンジョン探索しても良し、魔王となって国を支配しても良し、医者として世界中を旅してもいい、下世話な話だが年齢認証さえすれば性交して子を宿す事も出来る。
そのあまりの自由度の高さにゲーマー達は時間を忘れて没頭し社会現象を巻き起こした。
結果、数多くの所謂廃人を生み出して一時は規制問題にまで発展したほどである。
(まさか、ゲームの世界に来るとはな……)
西洋風の豪華なベッドの上で、カルシファー=アインザッツは頭を抱えた。
1.Introitus
「リリス」
「はい。ご主人様」
リリス、と呼ばれた少女が間を置かずして応える。
金色の艶やかな髪を腰まで伸ばし、雪の様な純白の美しい顔を少し上気させた少女は今も尚、大理石の床に片膝を着き臣下の礼を取って居る。
その透き通る美声と完成された容姿も相まって、仮に、この少女が彼の傾国妖狐である、と言われても何人足りとも是と応えるだろう。
尤も、その露出の高い背中に虹色の対になった翼が生えていなければの話だが。
しかし、今はその完璧たる少女にも些か問題点があった。
「なあ、その格好寒くないのか?もっと着込んでもいいんだぞ?」
殆ど下着、いやもしかしたら普通の下着より露出度の高い衣装は色々と目のやり場に困ってしまう。
だがこの服装格好こそが彼女のアイデンティティと言えばそこで終わりだが、それは仮想空間上の所詮はドットで構成された、彼が生前プレイしていたオンラインゲームAsgardの世界での話であって、今のこの現実では非常に目の毒である。
「一兵卒である私の為に御気遣い誠に感謝致します。しかしながら種族の性質上百度程度の温度変化なら無いもの同然ですのでご安心下さい」
カルシファーの口から出た言葉が彼女にしては予想外だったのか、少し目を見開くも直ぐ様目を伏せ恭しく応える。
「そうか。ならいい」
自然と口から出たが、本心では全然よくなかった。
普通に服を着て欲しい。ガウンでもいいから羽織ってくれ。
だがこの城の主として部下を気遣いある程度の要望や我儘も聞いてやらねばならない。
そして、自身を一兵卒だと言うリリスだが決してそんな事はない。
例えばこの世界——Asgardを仮に『弱者』と『強者』というカテゴリーに二分するなら、間違いなく彼女は強者の側に含まれる。
獲物を狩る側だ。
その確固たる理由は、Asgardでは人口の大多数を脆弱な種族人間が占めるからである。
勿論、彼女は人間ではなく種族は上位種の悪魔だ。
「リリス。因みにLevelは幾つだったか」
「120、であります」
Asgardおける人間のNPC成人男性の平均Levelが20前後であることから、この数値が如何に高いか容易に想像出来るであろう。
この世界ではNPCである種族人間の限界到達Levelが100とされているので、覆す事の出来ない差が存在することが分かる。
だが、Levelというシステムも強さの一つの指標だ。魔法や特殊能力、技能技術といったものはLevelとはあまり関係ないのである。
即ちLevel20の人間5人が集まればLevel80の人間1人を必ず倒せるといった道理にはならないのだ。
そして彼女、リリスはこの巨城―—アインザッツ城の城主に継ぐ第二位の地位にあたる、『黒円卓議会第12席』の内の一人である。
黒円卓議会第12席とは、一人一人がプレイヤーであるカルシファー自らの手によってキャラクターメイクされた側近中の側近であり、その実力も他の雑兵、所謂モブ達と比べ物にならないぐらい高い。
今、この大理石が敷き詰められた豪華な大広間には城主であるカルシファーを含め、丁度7名いた。
黒円卓12席の内、半数の6名が中央にある巨大な円卓には座せず、揃えて片膝を着き臣下の礼を取り今か今かとカルシファーの言葉を待ちわびていた。
明らかに異形な者、人間と区別のつかない者、様々な者が今この場に居るが、共通して言える事は一つ。
誰もが自らの主である円卓の上座に座するカルシファー=アインザッツに忠誠を誓っている事である。
若干7名に対しては少々広い大広間に沈黙が木霊する。
城主であり元プレイヤーであるカルシファー=アインザッツは髑髏であしらわれた豪華な椅子に腰掛け今一度、空を仰いだ。
(何故こんな事になったのか)
もう吹っ切れた筈だったが考えれば今だに少し頭痛がした。
(先週までの俺なら自分が遊んでいたMMOのプレイヤーキャラになって、ゲームの中に入るなど聞いたら鼻で一蹴しただろうな。おまけに自分の名前も思い出せない始末。なにかの悪い夢であってくれ……)
だが、これが現実にしても夢にしても、どちらにせよ現在自分の置かれている状況は非常に厄介であった。
先ず死んだら帰れる、という保証は何処にもなく、寧ろこの妙な纏わりつくような現実感さがその考えを思考の奥へと押しやった。
更に本来ならこの城、アインザッツ城と周囲一帯の広大な土地と豊富な資源と膨大な兵力、これを持ってして所属するサーバ内でも最強の一角と名を知らしめた自分の領土だが、どうやら今は城だけ切り取られた形で知らない場所に移動して来てしまった。
城から見える範囲で周りは全て草原と樹林。
勿論見たこともないような場所である。
自分の腹心、最終兵器とも言える黒円卓第12席全員は無事だったが、現存兵力はたまたま城に常駐させていた約500のみ。
この500は無論人間ではなく魔物や魔族、魔獣、悪魔、使い魔、或いはゴーレムの類である。
種族人間としてロールプレイしていなかったから当たり前だ。
人間と魔族は基本的に敵対関係にあるのだ。
そしてこの兵力500という数字。
これは非常によろしく無い。
これがもし、オンラインゲームAsgardの世界ならば、他のプレイヤーに攻められたら確実に物量で負けてしまう次第である。
万単位の兵力が普通の世界であり、イベントの対抗戦の時など全盛期は百数十万の連合同士で闘う事もあった。
数万の兵士など当然城には入り切らないので、プレイヤーのその殆どが城下町を設けて其処に兵舎を建造し常駐させていた。
兵士すらも一人一人実在し、住む場所も給金も休息日をも与えなければならないというリアルさも、Asgardの売りの一つであったのだ。
現状は、見知らぬ土地でまだ見えぬ敵がいる、情報が全くない心落ち着かぬ状況ではあるが、それはここに集まってくれた自分の部下も一緒だ。
彼らは最早、NPCではなく、心を持った一つの生命体である。
オンラインMMO、Asgardの稼動から約4年半も一緒に行動して来たのだから、二次元から三次元になろうが根付いた愛着は変わらない。
寧ろ、彼らが立体化したおかげで親近感が増し、より思い入れが深くなったと言えるだろう。
手で触れれるし匂いも感じる。その事について純粋に嬉しかった。
そんな訳で仲間の為にも兵士達の為にも、城主である自分が方針を示し今後どうするか決定しなければいけないのである。
……うん。会議の時ぐらいは城主らしくするか。
カルシファーは普段の砕けた口調では締まるものも締まらないので、真面目な場ぐらいは真面目に堅苦しくなろうと思っていた。
「楽にしてもらって構わない」
その一声でこの場の全員が揃えて頭を上げた。
そして誰もがその言葉を一語一句足りとも逃すまいと耳を傾ける。
「態々集まって貰った諸君らには申し訳ないが、見ての通り現在、この我が領土アインザッツ領は窮地に立たされている」
その言葉に皆、沈痛な面持ちで耳を傾ける。
「わけのわからぬまま、右も左も解らぬ土地に転移し、更には領土の九割以上を失った。万居た兵も今では僅かだ」
転移した城の周りは草原、少し先に広大な森林が見えるだけだ。城外には全くの未知が溢れかえっていた。
「だが、如何なる金銭に変えられぬお前達を失わなかった事は誠に不幸中の幸いであった」
そう、彼らがいなければ今頃は不安に押し潰されていたに違いない。
「今はこの場に居ない黒円卓の同士達も既に別命を与え、この城を守護してもらっている。……次に、”アガリアレプト”と”メタトロン”」
「はっ!」
「はい」
黒の燕尾服を着こなし、白い髭を蓄えた姿で綺麗に会釈をしたのはアガリアレプト。
一見貴族に仕える老紳士や家老のようにも見えるその穏やかな佇まいは、人に温厚そうなイメージを与える。
実際、彼は渾沌や闘争をあまり好まず平穏や穏健を好む。そういう性分だ。
しかし、だからと言って決して無能な唯の置き物ではない。喰われる側の弱者でもない。
彼の指揮能力と情報収集能力は精強な黒円卓議会でも随一で、その能力は皆に大きくかわれている。
闘争は好まない、と言ったが無論人間程度では彼のいる高みには到底及ばないと言うことは分かるだろう。
彼、アガリアレプトは紛れも無く黒円卓議会第12席に一席を置く者なのだから。
「アガリアレプトにはアインザッツ城より外南西部の情報収集を任せる。範囲は……そうだな、一回明日の正午迄に戻って来てくれ。それまで出来る限りを調べて貰いたい。尚、敵対者が居た場合や負傷した、或いは緊急を要する場合はその限りでは無い。判断に任せる。だが可能な限り交戦は避けろ。以上何か質問は?」
「常駐していたインプを10体程お借りして宜しいでしょうか?」
インプとは蝙蝠型の小さな魔獣で主に隠匿や情報収集を得意とする使い魔である。
一応悪魔に分類されるので、寿命は永いが戦闘能力は殆どなく一般的な個体でLevelは10前後だ。
「構わない。許可する」
「はっ!有難う御座います。では早速掛かります」
アガリアレプトはそう言うと音もなく大広間から消え去った。
彼なら上手くやってくれる筈だ。
元々ゲーム内のキャラになにを言っているかと思うかも知れないが、彼の持つ雰囲気か、或いは自分が此方側に来た所為か、充分に信頼出来るだろうとカルシファーは直感していた。どの道今は彼に任せるしかないのだ。
「メタトロンにはアガリアレプトと同様に城外の情報収集を任ずる。範囲は北東部。条件は一緒。何か質問は?」
「ありません。では行って参ります」
メタトロン、と呼ばれた女性は返事を返し音もなく一瞬で消えた。
(まるで本物のくノ一だな)
カルシファーの感想は大方合っていた。
メタトロンは艶のある黒髪をポニーテールで纏め、口元は黒のマスクで覆っていた。黒髪に黒目に黒のイヤリング。
衣装も黒がベースときて殆ど全身黒づくめであった。
大人の女性、という言葉が良く似合う紛れもない美女であった。
そして彼女もまたその性質上、アガリアレプト同様諜報に長けている。
「そして”イフリート”は城内の残存兵力を掌握してくれ。新しく指揮系統を形成しても別に構わない」
「了解致しました。お任せ下さい」
イフリートと呼ばれた男性は身長2mはゆうに超える巨体の持ち主である。
身体全体が霞がかって見えるのは彼に纏わり付く獄炎の蜃気楼の所為だろう。
頭髪も眼と同じ真紅で、その瞳には確かな意思を宿して居る。
燃えるような情熱の男を自で体現する様な彼、イフリートの性格は実直、忠義、そして"凶暴"だ。
彫りが深い顔に鋭い目、声は雷鳴の如く鳴り響く。
気性は荒いが受けた恩は決して忘れない。
その性質を好むか好まざるかは人によるだろう。
「後、”メフィストフェレス”と”モロク”は裏門の警護の増援に、リリスは後で少しついて来てくれ。宝物庫の確認に行く。以上で会議を終える」
「はーい。わかりましたぁ」
「委細承知」
「分かりました」
軽い調子で返事を返したのはメフィストフェレス。
それを聞いたリリスから短い溜め息が聞こえてくる。
「メフィストフェレス……貴方ご主人様に対してその言葉使い失礼でなくて?その声も癪に障るわ」
少し眉間に皺を寄せ、リリスが言った。
「おばさんに言われたくないなー。別にいいでしょご主人様も気にしてないし」
ねー、とメフィストフェレスはカルシファーに満面の笑みを向ける。
その行為すらリリスには目に余る事であったが、それよりも彼女には聞き捨てならぬ言葉があった。
「よ、よく聞こえなかったけど……何か言ったかしら?」
「お・ば・さ・んって言ったけど耳が遠くなったの?」
空気が、凍った。
「なっ!?お、おば……貴様、死にたいのか?」
ピキッ、と空間がヒビ割れるかの様な音が聴こえた。
同時にリリスから殺気が漏れる。
確かにリリスは見た目こそ、それこそ美しい少女然としているが、実年齢は恐らくその性質上メフィストフェレスの何倍もあるだろう。
実力は互いに認めてはいるが、性格の不一致もあってリリスは若輩の小娘に良い様に言われるのが癪に触ったのだ。
事実メフィストフェレスよりも先にリリスが創られたのだから。
「うわぁーおばさんが怒った~ご主人様助けてー」
わざとらしく泣き真似をしながらカルシファーに擦り寄るメフィストフェレス。
火に油を注ぐ様な行為を見てより一層リリスの殺気が強くなる。
(あれ、この二人って仲悪い設定だったっけ……?)
腕に纏わり付く小鬼の娘を尻目にカルシファーは思い返した。
メフィストフェレス、彼女の型は"鬼"である。
美しい白銀の髪を幾らかの禍々しい呪符で束ね、体躯相応に細い首には蘇鉄で出来た太い首輪が巻かれている。
同様に両の手にも長い鎖のアクセサリーが手錠のように結ばれている。
これだけを見れば幼気な少女に犬のような首輪と、動きを抑制する囚人手錠がかけられていて可哀想にも思えるが断じてそれはない。
彼女は人成らざる者。
何より頭部から生える二本の角が彼女の存在を鬼だと主張していた。
幼い容姿、線の如く細く華奢な体躯とは裏腹にその膂力は凄まじい。
一対一の戦闘能力は黒円卓議会第12席の中でも高く、純粋な力比べなら他の追随を許さない程である。
鬼族の特徴として嘘を嫌う事と、自分の感情に素直な事が挙げられる。
良く言えば素直。悪く言えば我儘。
従って、その子供のような性質上リリスとは相入れないのかも知れない。
二人の睨み合いがますますヒートアップする頃——
「二人ともそろそろ止めろ。会議は終わったとは言え、御舘様の前だぞ」
底冷えのする程重く、暗い声が響いた。
二人の遣り取りに見るに見兼ねたのか沈黙を守っていた男が口を開いたのだ。
リリスとメフィストフェレスは同時に声の主を見た。
「そうですね。大人気ない事はやめましょう。"モロク"、感謝します。ご主人様、御見苦しい所を御見せしまして申し訳ありません」
「ごめんなさいご主人様」
「まあ……もう少し仲良くやってくれれば問題ない」
巨神モロク。
体長3m.体重280kg。
その余りにも大きな、鍛え抜かれた巨躯はまさに不沈艦。
攻撃よりも護りに重きを置いた彼は全身を鋼鉄の鎧で覆って居る。
逆に、その鎧で己の力を抑制しているとも言える。
何百kgにもなる鎧を着けても尚、動きが愚鈍になる事はない彼の姿は、見るものに畏怖と尊敬を与える。
「メフィストフェレス行くぞ」
「はいはい、いきますよっと」
モロクに促されカルシファーの腕に絡み付いていたメフィストフェレスは名残惜しそうに離れる。
そして二人連れ立って裏門へと向かって行った。
「じゃあ俺たちも行「はい。是非行きましょう」」
カルシファーが隣で大人しくしていたリリスに声を掛けると、言い切る前に返事が帰ってきた。
先程までの不機嫌な顏は既になく、今は傍目から見ても上機嫌だった。
因みにあまりの返事の早さに内心少しビビったのは内緒だ。
▼▼▼
カルシファーは宝物庫へと続く長い地下階段を進みながら考え事をしていた。
(さて、ここに来てからもう二日経つが……少し指示を出すのが遅かったかもしれないな。向こうが此方に気付き何かしらのアプローチを仕掛けてきてもおかしくない。用心せねばならない)
螺旋状に地下へと下る階段には等間隔で松明が置かれている。
ゲームの頃には見る事の出来なかった細部分までしっかりと丁寧に再現されており、カルシファーは少し感動していた。
だが同時に不自由であるとも感じていた。
この城を維持するのもタダではない。
掃除一つでもこの広大な城全てを綺麗にする事はそれ相応の人手がいるし、関連する施設全ての燃料を賄うのも到底魔力だけでは足りない。
あの頃同様に資源が必要なのだ。それも膨大な。
どちらにせよこれからの行動一つ一つは慎重に行わなければならない。
(なに、今度はリセットが効かないだけで前とやることは一緒だ。それに仲間もいるし城も在る)
不思議と元の世界に帰りたいという感情は湧かなかった。
それがこの世界に来た影響で心が変わってしまったのか或いは本心なのかは分からない。
だが、少なくとも余計な混乱を招く事無く素直にこの現実を受け入れる事が出来たのには感謝していた。
——一方カルシファーが考え事をしている頃、後方を歩くリリスは、
(ご主人様と二人きりなんて何年振りかしら。領土が無くなったのは残念だけど、ご主人様と逢える時間が増えたのには感謝しなくちゃいけないわね……ふふっ)
カルシファーのすぐ後ろで口元を手で抑えニヤけていた。
リリスは薬指に嵌めたシンプルな金の指輪を愛おしく撫でた。
この指輪はリリスにとってかけがえのない大切なものである。
自らの創造主であり敬愛するご主人様から頂いた大切な宝物なのである。
指輪自体は魔力を付与されたレアアイテムの一種だ。
カルシファーが課金ガチャで手に入れた指輪だったが、自分には必要ない為リリスに何となく装備させていた。
あげた本人は別に深い意味はなくただ装備させただけだったが、リリスにとってはその日から宝物になっていた。
そして毎日、自分の指にはめられた指輪を見るたび幸せな気分になるのだ。
本人は分かってないが、リリスがその指輪を見る度にニヤけている姿は同じ黒円卓の同僚達にも引かれている。
同時に羨ましがられてもいた。
(どんな所へ行こうとどんなに困難でもご主人様の障害は必ず私が取り除いて見せるわ)
新たな決意を胸にリリスはこの指輪に誓った。
それから少し歩くと思い出したかのようにリリスは問い掛ける。
「ご主人様」
「ん、何だ」
「宝物庫には何をされに行くのですか?」
もっともな疑問だった。リリスは宝物庫で何をするのか聞いていないからだ。
「ああ、確認だ」
「確認?ですか」
カルシファーの口から出た言葉はリリスにはよく分からないものだった。
宝物庫に眠る無数のアイテムの確認だろうか、それとも膨大な金銀財宝の山の確認だろうか、もしかしたら、 アイツが宝物庫でまた居眠りしてサボってないかを見に行く為なのか?
謎は深まるばかりだった。
「まあ見れば判る……っと着いたな」
アインザッツ城の本城の丁度中央地下に存在する宝物庫は重厚な鉄の扉に守られている。
普段は扉番が二人付いているが今は状況が状況なので出払っていた。
だが、扉番がいないからといって容易に侵入できることは決してない。
複雑な魔術式を解くか、特別にアクセス権限を付与されているカルシファー自身か、或いは黒円卓議会第12席の誰かでないとその扉は決して開かない。
実質、門番など対外的に見栄えがいいから置いているだけのただの飾りであった。
(まあでも宝物庫に門番はつきものだろう)
カルシファーが扉に手を触れると複雑な電気信号が扉の表面に広がっていった。
そして数秒もしない間に大きな音を立てて扉は開いた。
「なっ!?」
「予想はできていたが」
扉が開いた時、リリスは絶句した。
「なんで、何も……ない?」
宝物庫には何もなかったのだ。
しかし、この事態をカルシファーは大凡予想は付いていた。
なぜなら彼が目覚めた自室のアイテムボックスにも殆ど何も入っていなかったからである。
何が原因か分からないが、もしかしたらこの世界に飛ぶにあたって互換でもされたのかもしれない。
「こういう事だ。まあ大した事じゃない。また集めればいいさ」
カルシファーは気軽にそう言うが、リリスはこの宝物庫に保管されていた財宝やアイテムがどれだけの苦労と時間をかけて集めたのかを知っている。
アインザッツの"財"が此処に集結していたからだ。
故に彼女はカルシファーに何も声をかける事は出来ず、ただ拳を握り締める事しか出来なかった。
▼▼▼
「……おい相棒よ。今までこんな城あったか?」
「いや確かに無かったぜ。何よりこんなでけぇ城、王都でも見た事ねぇぞ」
その異変に最初に気付いたのは二人の冒険者だった。
つい先日、キメラの牙の納品依頼をこなしにこの場所に来た時にはなかったはずの物が今確かに在った。
有り得ない程巨大な城が。
魔獣の森を抜けた先にある大草原には昔からキメラが生息する。
一般的に新米冒険者にはキメラ討伐は困難な依頼だが、二人は両方ともCランクの冒険者だ。
冒険者が登録し依頼を受けたりダンジョンでの獲得品を売却するギルド、通称冒険者ギルドには上からS.A.B.C.D.Eの6つのランクが存在し、依頼達成率、実力、貢献度を基準にランクが上がっていく。
最寄りの小さな街のギルドでは実績もあってそれなりに有名な二人組で顔も広い。
普段であれば魔獣の森にも少ないがキメラが生息する。
知り合いの薬師の依頼で今回もキメラ関連の素材を目的に来た二人組だったが、しかし今日に限って大草原に行く道中魔獣の森はキメラだけでなく他の魔獣も発見できなかった。
おかしいとは思った。
だが、そんな日もあるだろうと二人は魔獣の森を抜け大草原へ向かった。
「一度街に戻ってギルドに報告するか?」
「いや、お宝の匂いがする。近くまで行ってみようぜ」
巨大な城を前にした二人は結局近くへ行って見る事にした。基本的にダンジョンや遺跡の宝は見つけた者勝ちなのだ。
「判った……が、油断するなよ」
「当然だ」
危険は承知の上の判断であった。冒険者たるもの危険は付きもので常に死と隣り合わせである。
――好奇心は猫をも殺す。
一瞬、そんな言葉が彼等の脳を過った。
だがそれでも彼等は冒険者である。
一攫千金を、途方もない強さと名声を望む一介の冒険者である。好奇心に殺される程度じゃ冒険などやっていけないのだ。
久方振りの緊張感に包まれた二人は、慎重に眼前にある巨大な城へと歩みを進めていた。
「流石にでけぇな」
「ああ、近くまで来ると想像以上だ」
「ソウだろウ!」
――突如、違和感を憶えぬほど余りにも自然に、相槌を打つ第三者の狂声が二人の耳に入った。
「スバラシイだろう!コの巨城ハ。我らガ創造主たるカルシファー様の最高傑作ダ。コの城ハアインザッツ城と言うノダ。ああ、聞いてナイ?聞かなくテ結構。所デ……君達はコんな所デ一体何をシていルのカナ?」
最初から巨城へ向かっていたのは二人組ではなく三人組だった、としか思えないほど自然に、ソレは二人と併歩していたのだ。
但し、ソレは"者"ではない。
「う、うわぁああ!!?」
「何ッ?」
二人が咄嗟に横を見れば"スケルトン"が居た。
「な、なんだ?コイツは?」
ただ、そのスケルトンは普通ではない。
頭蓋には王が如く金の冠を載せ、腰には一振りの剣を携えている。更に背中には古代文字で印字された濃緑色のマントを羽織っていた。
だが、この姿ならただ希少種モンスターかも知れない。
(キングスケルトンか?……いや、違う)
しかし、生憎二人は流暢に会話をするスケルトンなど今まで一度も見た事がなかった。
死者は言葉を話さない。
それが二人の、いや全ての冒険者の共通認識であった。
だが、隣のスケルトンは表情筋は疎か、完全に全身が骨で構成された死者にも関わらず、その頬は愚か者を嘲嗤っているようにさえ見えるのだ。
奈落より深く窪んだ空の眼窩は的確に此方側を見つめていた。
(これは……ヤバい)
まだ先立に比べて未熟とはいえ、一介の冒険者としての感が全力で脳内で警鐘を鳴らしていた。
逃げろ、と。
「クソッ!」
緊迫状態を打開したのは冒険者の片割れ、男が腰に差した長剣に手をかけたのは随意反応だった。
考えるより疾く剣を手に、不測の事態へ備えようとカチリ、と剣を鞘から抜き取り、正眼に構える。
未知なる者への最大限の警戒と惜しみなき賞賛が、その男の隙のない構えから観てとれる程に綺麗な構え。
しかし、スケルトンは頸を傾げる。
まるで何をしているのかと問い掛ける無邪気な子供のように。
「腕ガ無いのにドウやっテ剣ヲもつのダ?」
「……えっ?」
――コイツは一体何を言っているのか?
男は不思議に思ったが、次の思考に移る前にカラン、と地面に男の構えていた長剣が落ちた。
「えっ?あれ?」
だが落ちたのは剣だけではなかった。
同時に男の腕の肘から先も、ゆっくりと滑り落ちた。
「ぎぁあああああああ」
「ホラ、言っただロウ!!まさカ観測しテいなけレバ腕が無クとも剣ヲ振れルとでも言ウのカ……ソレはソレで非常に興味深イが……」
絶叫。そして腕を斬り落とされた男に訪れる意識を失いそうになるほどの激痛の波。
(なんだッ!?一体……いつの間に!!奴は、剣を抜いて……いないッ!!!)
慢心。
一言で言えばそうだろう。
だがいくら後悔してももう遅い。
彼等は城を発見した途端直ぐに引き返すべきだったのだ。
いや、既に魔獣の森からずっと監視されていたのかもしれない。
剣に手をかけるなんて馬鹿な事はやめて恥も外聞もかなぐり捨てて、地に額を擦り付け泣きながら許しを乞うべきだった。
(だ……が、言葉が通じる分……まだ……助かる、見込みはあ……る、殺すなら……最初、から……殺している、はずだ…)
一抹の希望。
恐らくだが男の予想では自分が剣を抜いたからその腕を斬り落とされただけであって、このスケルトンは今すぐ自分達を殺す事はない。
そう判断した男は、薄れゆく意識の中目の前でブツブツ独り言を言っているスケルトンに最後の望みを掛けて話しかけようとした。
――が、それはもう一人に仲間の雄叫びで遮られた。
「ウオオオオォォォォ!!!」
相棒は剣を抜き取り、スケルトンに向かって己を鼓舞しながら走っていく。
その表情は焦燥。
それもそのはず自分の相棒がモンスターに殺されそうになっているのに、落ちついていられるわけがなかった。
更に、目の前に存在する怪物も未知。
明らかに今まで見てきたモンスターとは決定的に違う、異質な雰囲気にのまれ正常な判断が出来なかったのだ。
「……よ……せ」
気付け。
気付いてくれ。
折角生き残る機会を腑にしようとするのか。
片腕を失った男が意識を失う寸前聞いたのは、まるで新しい玩具を与えられた子供のように嬉しそうに声を弾ませるスケルトンの声だった。
「人間ハ一匹いれバいいカ……ヨシ。コレは正当防衛と言ウ奴ダ!!ソウしよウ!デハ人間ヨ……三秒ダケ遊ンでアげよウ」
生ける屍は、確かに嗤った。
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■Name―《髑髏武者》狂骨
■型―上等骨兵
■Level―100
■黒円卓議会席次―第9位
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